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Jigsaw2  作者: さより文庫(永井佐頼)
18/29

断章『心を殺した肉を殺した姉妹』

 世に、親殺しは大罪だという。

 では子殺しは?

 ……このズタズタに切り裂かれた心は、何処へ持って行けばいいのだ?


     ◇ ◇ ◇


 ラドゥーンの王将、女王アレズサ・ラドゥーンは、屋外謁見場にて、その集団を睥睨した。

 屋外用の玉座にて脚を組み替え、肘掛けに頬杖をつくその表情は、実に冷めている。白けている。

 陳情するは老若男女、およそ二十人。ラドゥーンの東端に漂着した、監獄めいた船に乗っていた者たち。

 ヨルムンガンド帝国の十大元老、根業矢の一族を自称しての謁見。

 もともと肥え太った者が多かったのか、漂流生活の二十数日を経ても、まるで衰弱していない。

かの幼帝は、この豚どもを哀れんで、食糧を多めに積んでやったのだろう。


「そもそも我が父祖、根業矢ヤンバンジが、十二年ほど前に不戦条約を交わしたのは、」

「――なあ、姉貴」


 女王は、左手側の肘掛けに横座りした姉姫に声をかけた。


「十年以上前のことなんざ、おぼえちゃいないんだが。そんなこと、あったかね?」

「たしかに、あったわ、アレズサ」


 半分盲目の姉が、声のほうへ顔を向けた。

 顔の左半分をおおう醜い爛れを見た集団はひっと息を飲み、声を失っている。

 隠しもしない嫌悪の態度に、アレズサ・ラドゥーンは舌打ちした。肥え太った豚の分際で、と。


 彼らの態度が、見えなかったのか、あるいは気にしなかったのか。姉ヘスペラは平静なまま、口を開いた。


「王将……ヨルムンガンドじゃ、皇帝、だったかしら? 皇帝ニコルを殺し、その罪を、終の盾とかいう元老になすりつけつつ、次に起った幼帝の摂政を自称したのが、そこの根業矢一族よ」

「っ、先帝は、悪逆非道の王将だった! 生きているだけで害なす虫けらでした! あのようなボンクラは国のためにならぬと、我が父は決起したのです!」

「それで? わざわざ、なんのために首都まできて、陳情を?」

「もちろん、女王陛下には、暗君マルセル・ヨルムンガンドを討っていただきたいと」

「大国相手に戦しろ、と? ずいぶん簡単に言うのね」


 ヘスペラが嘆息した。


「ったくさあ。自分の悪行を棚にあげて、ぎゃーぎゃー口汚くわめく男、あたしゃあ大っ嫌いなんだよ」


 アレズサは、勢いよく、片手をあげた。王のあかしである指輪が、陽光にきらりと輝く。


「面倒だ――射て」


 合図と同時、屋外の謁見場、その片側側面に控えていた弩兵が、いっせいに矢を放つ。

 瞬く間に、太った針鼠が十数匹、できあがる。

 運良く致死傷を避けた少女が、慈悲を乞おうと女王の玉座のもとへ身を投げ出してきた。

 女王は立ち上がると、姉が抱えていた剣を受け取り、鞘からそれを引き抜く。


「うちの姉貴は昔、亢龍軍師の直弟子だったんでねえ。その程度の虚言で、あたしらを動かそうなんて、百年早い。

 子豚ちゃん、あんたも同罪だよ。馬鹿な同族にのこのこついてきて、なんの考えもなく謁見場に入ったあんたが悪い」


 ――本日最後の政務は、かような血まみれで終了した。

 兵たちに、死体の片付けをまかせ、女王は、姉の手を引き、私室に戻る。


「はあ、やれやれ、やなこと思い出しちまった」


 うげー、と。うめきながら、女王は葡萄酒樽の柄杓を取り、二杯分の葡萄酒を杯に注いだ。

 うち一杯は、姉に手渡す。


「あいつら、うちのくそ親父そっくりじゃないか、ええ? 性格悪いったら、ありゃしない」


 一息に飲み干し、女王は、床に直接あぐらをかいた。

 そんな妹王を、見えないほうの目で、ヘスペラが見つめている。


「亢龍軍師が、幼帝についているというなら、そちらは、まず間違いなく品行方正な子だと思うわ。かれ、偽悪ぶっているけど、基本的に善人を好むから」

「ねーちゃん、あいかわらず亢龍びいきだねえ」

「あのひとから授かった知識で、国を守れているんだもの。それは感謝してる」

「最後には、病床の姉貴を振って、うちから出て行ったじゃないか」

「……あのひと、女を武器にする人間が嫌いだったのよ」


 アレズサは、ふたたび葡萄酒の樽の前に行き、二杯めを注ぐ。

 杯を満たすのは、血色の液体だ。見入るうちに、ふと血色の記憶を思い出す。


 あれは、十数年前のことだ。

 性別に関係なく、長子が王位を継承するラドゥーンにて、十五歳の姉は必死で帝王学を学び、跡取りの期待をされていない十歳の妹は放置されていた時代の話。


 父王は、それなりに政務をこなすものの、人間としての品性、性格は最低最悪の部類に入る男だった。

 酒を好み、色を好み、暴虐を好み、罵詈雑言を好む。

 他人の善行は、さも自分の行いであったかのように振る舞い、おのが悪行は、他人になすりつけ、それが事実であったように私刑を断行した。

 姉妹は、直接的な暴力こそ振るわれなかったが、日ごと夜ごと、聴くに耐えない侮蔑の言葉を投げかけられ、それに心をすり減らしていた。

 当時まだ存命していた母に、父のいやがらせはいやだ、あの暴言を、どうにかして欲しいと訴えても、返される言葉は、こうだった。


『おとうさまは、ああいう性格で、ある意味、子供なんだから。貴女たちが大人になって全部、我慢なさい』と。


 いっそ直接的な暴力であったなら、面と向かって、父に刃向かえただろう。反逆、復讐という行為を簡単に思いついただろう。

 しかし、言葉の暴力は、目に見えない。言葉の暴力は、応酬が難しい。復讐して、気を晴らすこともできず、癒えない心の傷だけが積み重なっていく。


 妹は、父との接触をさけるため、城外へ出て、戦闘訓練に明け暮れた。

 姉は、父との接触をさけるため、部屋にこもって、学問にのめり込む。

 噂に聞く亢龍軍師を軍師帝師として招聘したのは、ヘスペラ自身だ。

 礼を尽くして招いた男が、冷静で、品良く、知的とくれば、年頃の姉が惚れないわけがない。

 彼女らにとって、亢龍軍師だけが唯一まともに頼れる大人の男。

 彼の助言や仲裁で、少しだけ、家庭環境が改善したかに見えた。


 あやうい均衡、家族であって家族でない者たちの共同生活。

 それは姉の発病で、破局を迎えた。

 原因不明の病で視力が低下し、さらには顔の半分が爛れ、醜い女となってしまったとき、父王は吐き捨てた。


『王としても、女としても、だめだなこりゃ。おまえは本当に役立たずの娘だ。壊れた、ぽんこつ女だ。おまえなんか生まれてこなきゃ良かったのに』


 数多の罵詈雑言やいやがらせに耐えてきた姉の人生すべて。誕生にまでさかのぼって、実父は完全否定した。

 姉の精神は完全にすり潰された。

 先の人生すら光を見出せず、もはや部屋にこもって泣くより他ない姉。頼りの亢龍軍師は、すでに出奔して行く先知れず。

 突然、王位継承権が回ってきた妹とて怒り狂った。

 姉が、父からぶつけられる侮蔑の言葉を必死に聞き流し、それでも王位を継ぐために、奮闘していた姿を見ていたゆえ。

 そして、姉の部屋にどうにか忍び込み、ただれてしまった顔半分を撫でながら、囁いた。


『ねーちゃん。あいつ、殺そう。ぶっ殺そう。

 動けないように縛って、足の指関節から、上に向かって、ひとつずつ切り落としちゃおう。どこまで耐えられるか、見物だよね。

 ……さすがに、かわいそう? なに言ってんの?

 あいつ、今までだって、あたしたちの心、さんざん斬り殺してきたんだよ?

 そうだ! 今まで、あいつがいじめてきた官吏たちも誘ってこよう。あいつを恨んでるの、別に、あたしたちだけじゃないしさあ』


「…――アレズサ? アレズサ! ねえ、聞いている?」

「んあっ? あ、ごめん。聞いてなかった」


 実父最期の命乞いの様子を思い出し、にやついていたアレズサは、姉の呼びかけに頭を掻いた。


「ともかく、ヨルムンガンドは様子を見ましょう。たしかに大国だけど、貧国でもあるのよ。

 私たちの当面の敵は、イルルヤンカースだと思うわ。ヨルムンガンドと対戦する気なら、もう少し情報を集めてから。いいわね?」


 アレズサは、うん、と子供のようにうなずいた。


「姉貴……ねーちゃん」

「なあに?」


 ただれた頬、光のない瞳、激務で増えた額の皺。もう男など信用しないと着込んだ、地味な尼僧服。

 みな彼女を醜いというが、しかし、妹にとって、この世で一番大切で、大好きな"家族"。

 二人の他に家族は無い。父も母も、ただ血のつながっただけの"他人"だった。


「あたしは脳足りんだけど、ねーちゃんは頭がいい。ねーちゃんは目が見えないけど、あたしは見えるし、戦える。

 二人一緒に……一緒にさ、くそ親父、超えてやろう。あいつと同列の"王"じゃない、ずっとずっと偉い上帝(カミサマ)になうよ。いいね?」


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