この世を滅ぼす鳥
うちの一族は本当に長い間、人間との接触を禁止されていた。
まあ、数年に一羽二羽が人里に行ったり、一人二人は山に紛れ込んだりもしてたけど。
おいらは人間の世界に興味津々だった。
だって人間は、きらきらぴかぴか作るのが、うまいんだもの。生まれて初めて、とんぼ玉を見た時、おいら、ほんっとーに感動したね。
あの怪物くそばばあ……じゃなくて、巫女ばば様から、人間との交流解禁が伝えられた時は本当に嬉しかった――んだけどねえ。
◇ ◇ ◇
強く、大地を蹴る。
地熱は、温かな空気を生んで、風となる。
その風をとらえて、おおとり族と呼ばれる獣人は滑空飛行をする。
以前より、高くとべたかねえと、コノリは独りごちる。
去年、おととしは、さんざんだ。
地熱が低いため、仲間の多くが空を飛べなくなり、おかげで狩りもさっぱりで、餓死と衰弱で、おおとり族の数は半減した。
「新しい幼帝さんてのは、どんな御仁かねえ」
太陽の光を背に、地上へ目をやる。
二之旗本領の山中も、自然の恵みは少なくなっていたが、首都周辺は百倍ひどい。
「……ぺんぺん草も生えてるかどうか」
荒野のそこかこに赤茶けたかけらが転がっている。
目の利く獣人にはわかる、あれは人骨だ。
獣の特徴を多く残すおおとり族やよつあし族に、同族殺しはあるにはあった。が、人間――猿の子孫である、ましら族に比べたら、微々たるものだ。ついでに自分殺し、自殺は、ましら族のお家芸といってもいい。
思いふける間に、高度が下がってきた。
背の翼を使って、着地衝撃を緩和させると、コノリはまた大地を蹴った。
垂直に、およそ二百米。走るための足ではないが、跳躍はお手の物。
すぐによい風をとらえて、西への滑空を続行する。
人骨の次に、生きている牛と馬と人間を発見した。
首都へのおんぽろ街道を行くのは、特徴からみて二之旗本の人間であった。牛のひく客車には、旗ふたつが交差した家紋が描かれている。
武者が七人、護衛についているのを見るに、元老の家人の誰かだろう。
「牛車……。ちょうどいいや、乗せてもらおっと」
コノリは息を吸い、一声、けえええんと鳴いた。
すばやく二之旗本の武者が反応した。
弓をかまえ、矢をはなとうとするので、コノリは慌てた。
人間の目に、こちらはただの大きな鳥にしか見えなかったのかもしれない。
もう一度、けえんと鳴いて着地すると、次に人語で叫ぶ。
「こんちゃー! おいら、コノリです! ほらっ、あんたんとこの山のなか、境鳥とか グリンカムイとかいわれてる! あそこの、おおとり族! ほら、弓しまってしまって! おいら、見てのとおりの臆病者なんだからさあー!」
氏素性をわめくコノリに、護衛の武者たちは弓を下ろした。が、抜刀したもの、槍をかまえたものは、まだ、こちらをにらみつけてくる。
「急に声かけて、すまんね! おいら、巫女ばばぁにいわれて、首都へおつかいの途中なんすけど、お侍さんたちは? 旅は道連れ、世は情けというっでしょ。おいら、いい加減に疲れたんで、牛車の屋根にとまらせてくれませんかね?」
飄々とした物言いに裏がないと思われたのか、ようやく納刀はなされた。槍だけは、そのままであったが。
「――境鳥の、おおとり族か。聞いたことはあるな」
「神隠しの原因だろう? いいのか?」
「返されたおなごが、鳥の子を産んだとか」
「あ、あー。うん、たまに二之旗本の人たちには、お世話になってます。あ、ちゃんと合意の上っすよ。おんなじ一族内だけで契ると、怪物じみてくんで。異文化交流って素敵ですねえ」
一息にまくしたて、揉み手しつつ、へこへこと頭を下げる。
「このたびは、うちの巫女ばば様のおつかいで、首都白宮殿にあらせ…おわさ…おわさる? えい、めんどくさい。幼帝どのに葉書とどけにきたんすよ。我ら一族、国軍に加わる意志ありってね。その伝言です」
用件の一部をぶちまけながら、コノリが牛車に近づくと、槍の穂先が眼前に突きだされた。
「こちらリョウ元老の御血胤、五の姫様の牛車だ。近づくな、けだもの。おおとり族は、その声で、女子供をたぶらかすという。なれば、」
「えーっ。あわれな小鳥ちゃんに、愛の止まり木を! 恵んでちょうだい!」
「その図体で、小鳥はなかろう!」
「ぼく、じゅっさい」
「嘘つけ!」
嘘ではない。コノリは生まれて十年だ。外見は羽毛と翼をはやした半裸の成人男性だが。
一般的な獣人は、人間の二倍の速さで成長し、老化する。
真面目で頑固な武士との押し問答中に、牛車の御簾から、ひょいと白い顔が覗いた。
「まあ、おもしろいこと」
甲高い、愛らしい声の女児だ。
十歳くらいの少女が手招きをする。
彼女の命令で、女官が御簾を完全に上げた。
「わたくし、スズカと申します」
「やあ、かわいい声の姫さんだ。おいら、じゃねえ、私はコノリです」
「動く止まり木が欲しいとか」
「はい、そです、そうです! 首都に近づくほど、とびづらくってねえ。しんどいです」
「気温に関係あるの?」
「はいです。風は、地熱で、できるもの。いくら高く跳んでも、よい風がなきゃあ、滑空して飛べません」
ただの鳥から、鳥人間ともいうべき形に進化した時点で、自力飛行は困難になった。
はばたいて飛ぶのは、至難のわざだ。下手をうてば、翼を傷め、滑空もできなくなる。
「……そうですわね。マルセル様のお土産に、九官鳥をくわえましょうか」
「はは。おいら、土産もんですかい。まあ、いいでしょう」
「ところで、あなた、種族病もちじゃあ、ないですわよね」
「三日前に、巫女ばば様に、虫下しをつっこまれましたよ。二日間、上から下から、にょろんにょろん……。死ぬかと思ったわ、あれ」
ならば結構と小さな姫は、牛車の上を指さした。
「でしたら、止まり木へどうぞ。代わりに、遠目の見張り番でもしてちょうだい。ただし、落とし物は厳禁」
「なんか緊張しますね。女の子の頭の上にまたがるなんて……って、うわ! 槍で突かないで! おいら、衆道は興味ないですぅっ」
牛車という動く止まり木を得てからの旅程は、実に気楽だった。
コノリの軽口に最初は青すじ立てていた武士達も、三日後には半分ほど聞き流している。
「……話に聞いちゃあいましたが、人の世界は、ずいぶん変わりましたねえ」
あいかわらず街道は殺風景なものだった。
話すこと、歌うこと以外の娯楽がない。
「――でね。ハンガクねえさま、トモエねえさまは婿をもらいましたの。シズカねえさまは嫁いで、ヤマブキねえさまは病持ちの尼僧。残る私に、白羽の矢がたちました」
「しかし、お姫さん。親や周囲の期待で結婚なんて、めんどくさいですねえ。あんた、自分の考えってのは、いいんですかい」
「……あら。獣人は、ちがうの?」
「すくなくとも、うちはね。
声が綺麗、羽の色が美しい、誰より高く飛べる。雄は、この三点で雌の気をひくんです。雌も好みで、雄を選ぶ。まあ、おいら、声だけだから、こうして話しかけるしか、雌の気をひけないんですけど」
「そうねえ、あなた、美声だわ」
「おや、逆軟派ですかぁ。おいら、初めてです、女の子から口説かれたの!」
いきなり右斜め下から武者の槍が突きだされたので、さっと横によける。
「姫を愚弄するなら、そのまま焼き鳥にしてやるぞ」
「だああ、もう! 冗談ですから、聞き流してくださいよっ。姫さんだって、笑ってるじゃないですかあ」
「あなた、本当に声と話術だけですものねえ」
スズカがころころと笑った。
「マルセル様は、我が国の皇帝陛下。そして、わたくしは元老の末娘。政略結婚としては、おたがい、これ以上にない優良物件でしてよ」
「……っへー」
「わたくしの兄が。今はもう、従兄ですけど。あの朴念仁が、こころより慕って、わんわん鳴きながら、尽くしているほど誠実な殿方で、」
「猿なのに犬! 姫さんの従兄、あたま、だいじょうぶっすかー?」
「だめかもしれませんわ、ねじ三本分くらい飛んでます」
人間のいう、生まれつきの身分というものは、ややこしくて理解しがたい。こういう時は、話をそらすに限る。
「ところで干し栗、食います?」
「だーかーらー! その種類、人間は食べられませんの!」
「えー、うまいのに……。ああ、こっちの干しみみずは?」
「食べないっていってんでしょ!」
「蜂の子と、いなご食えて、みみず食えないって、おかしくないっすか?」
「おかしくないですわよっ、なんにも!」
「……うまいのに」
会話しながら、コノリは、ようやく見えてきた首都を見やった。
ふと、しわだらけの顔、はげた翼、下肢にはえた蛇の尾――巫女ばばと呼ばれる怪物じみた老獣人を思い出して、小さく息を吐く。
(『コノリや。間もなく、この世は滅ぶぞえ』なんて言うから、幼帝さんてのは、どんな危険人物かと思えば……話聞く限り、そんな怖い御仁でも、なさそーっていうか)
まもなく間近で見ることになった首都外壁には、簡易な関所が設置されており、その手続きは非常に煩雑なものだった。
つくづく、人間一行についてきて良かったと、コノリは思う。
門から内側に入ると、かん、こん、きんと鎚をふるう音が、そこしこで響いている。
急ごしらえの小屋を建てているようだ。
首都とは名ばかりの、寒村の様相に、軽口は自重した。
屋根の上で揺られていると、痩せた子供たちがこちら目がけて、駆けてくる。
牛車のあるじが、女官や武士の手を通して、飴やまんじゅう、ようかんを配った。
子供の関心が、菓子にむいた隙に、牛車はまた動き出す。
「――ここらで、マルセル様へのお土産は半減ですわ。でも、マルセル様にそのまま持って行っても、あの方、配って回るでしょうから。わたくし、一手間はぶいてさしあげるのよ」
「へえ」
「首都圏がしっかり再興できれば、こちらを向いて下さるわ。……あら」
見晴らしのよい通りの、ひとつむこうで、騎馬の行列が通り過ぎた。
「皇帝家の旗。慰問かしら」
「どうなさいますか?」
「ご公務の邪魔をしてはいけませんわね。かといって、ご挨拶しないのも――ウズメ、変装衣装をちょうだいな!」
「は…?」
「ハツセ、カサギ、ともを」
「姫、あのう、もしや、」
「お忍びですわー!」
牛車のなかで、ばさばさと賑やかな衣擦れの音がする。
指名された武士がため息をついて、馬を下りた。総髪、短髪をぐしゃぐしゃにかき乱し、襟元をくつろげている。
「ウズメ、そこの九官鳥にも、適当なものを。おおとり族は目立っていけない」
「えっ、おいらもおとも確定なの?」
武士に屋根から引きずり下ろされ、問答無用で、外套を着せかけられる。二重回しとかいう外套だ。
スズカは着物に袴、長靴をはき、無造作に髪を結って、客車を飛び降りる。背に風呂敷、手に棒杖の旅人めいた変装である。
「他は上屋敷に行っててちょうだい。
さあ、遠目に拝顔ですわ、九官鳥さん。いざって時にへませずにね」
スズカは男二人、九官鳥ことコノリを一羽つれ、元気に歩き出した。
「姫、道が不浄です。ハツセがお抱えいたしましょう」
短髪のほうが、スズカを腕にかかえ、地面から足を離させた。
「あらやだ赤痢かしら? もう収まったのではないの?」
「万が一。口と鼻を、てぬぐいで覆って下さい」
武士は、有無をいわせず、歩き出した。
「ねえ、あの白い箱は、なんすか?」
「赤痢の隔離施設だな。薬剤がまいてある。数日中に破棄して、取り壊すのだろう」
コノリの質問は、もう一人の武士が答えた。
「――医聖の異名を持つ女医のおかげでな。十分な薬が、食料配給と同時に行われた。塩の調達もできたから、人々の気力体力も少しずつ回復している」
話す間に騎馬の一団に追いついてしまった。町中を常歩で進んでいるからだろう。
コノリは途中、キョウレンコウ、ガッコウという言葉を聞いた。
「幼帝さん、ガッコウに行くのだって」
隣を歩くカサギに話しかけると、彼はそうかとつぶやいた。
「では慰問と視察だ。帰城なさってすぐ、陛下は国軍を整えるための学校をふたつ建てた。ひとつは一年程度で卒業できる軍事教練校。もうひとつは、正規の武官、職業軍人を作る士官学校だ。二年から四年程度、在籍する。
中央の武官は、この十二年でかなり失われた。国防、治安維持、徴税業務のため、はやく、優秀な武官を作る必要がある」
コノリは小首をかしげた。
「そういや、国軍と私兵は、なにがどう違うんで?」
「端的に言うと、給料の出所だな。国軍は中央の武官で、私兵は地方武官の軍隊。そして私兵隊の人数は国軍の数を越えてはいけない。……まあ、内乱時は無視されたがな」
カサギの声音が一段低くなる。
「ほー。武官てのは、戦のない時は、何してるんですか?」
「昔から、兵の仕事は八割が穴掘りだ。平時は土木感慨、災害救助、屯田開拓、各地の測量や地図製作の実働もやる。大型船の造船、遠洋漁業も軍の仕事に含まれるな」
「ほほー。魚取りは、漁師がやるもんだと思ってました」
「世界の仕組みを忘れたか? 国は海上を動き、領土は戦で拡大する。遠洋漁業は他国沿岸の偵察や、こちらへの侵犯者捕獲の任務も含んでいる」
その日暮らしが基本のおおとり族には、人間の考えることは複雑すぎて、ほうほうとふくろうのようにうなずくことしかできない。
間もなく、人だかりが見えた。
ざっくりとした柵に囲まれた場所に、大きな建物ふたつ並び、広い庭に人間がたくさんいる。
人々の中心に金色の光が輝いた。金髪の少年に向かって、周囲の大人たちは何度も頭を下げる。
庭の一角で、せいやあと木の棒を振る集団がいる。集団の大半が女子供だった。
「大の男が、えらく少ないっすねえ」
「子供は孤児だ。女は、」
カサギは一瞬、口をつぐむ。
「……陛下が手ずから救出したのだ。そのため、陛下の身近でつかえたいという女ばかりだ。
本来、軍事は男のものだが、陛下が特例を出した。女子供が護身術を学ぶ機会を得るのによいということで、下士官については、性別と年齢は制限はなくなった。亢龍軍師は反対したそうだが、」
「護身術ねえ。でも幼帝どのだって、男じゃないすか」
「そういったことに潔癖な方なのだ。女であることを武器にすると、かえって敬遠されるな。色仕掛けは、まずきかんぞ」
武士の言葉に、コノリはにやりとした。
「てことは、あれだ。お姫さんぐらいのおてんばが、ちょうどよいと」
「……姫は普通の女人より、少しばかり活発なだけであって……」
前を見れば、くだんの姫は、彼女を抱えるハツセの前髪をかきむしっている。
「んんまあ! わたくしだって、あんなふうに頭を撫でられたことありませんのに! ひどいっ」
訓練校の生徒が、幼帝と楽しげに談笑しているのが、かんに障ったらしい。
スズカの手でむしられ、月代にされそうなハツセの頭髪が実に哀れだ。
それらを遠目に見物していると、今度は、視界の一角に銀色の光がちらつく。
「んんん?」
「どうした?」
コノリは光源を探ろうと、首都を囲む外壁のほうを見る。
「なんか、ぴかぴかの気配が……って、あー! 矢です、矢ぁ!」
コノリの指さす方角を見て、カサギは同僚に叫んだ。
「ハツセ、上空右手、注視!」
禿げを気にしていた青年が、はっと背筋を伸ばし、抱えていたスズカを背後に隠す。
「コノリ、捕まえられるか!? 俺は、陛下のほうへ、」
「え? ……ええー? ちょっ、冗談! 鳥に弓矢って、天敵なんすけどぉ!?」
反論は無視された。カサギはすでに幼帝らに向かって、駆けている。
「あーっ! もうっ、おいら死んだら、どおすんだよぉ!」
蹴爪のついた両足で、ばたばたと不器用に走り、走りながら外套の紐をほどく。
「なんてぇんだっけ、これ? なんてぇんだっけ? ああ、南無三ってんだ!」
射手の死角に入った辺りで、石畳を蹴り、垂直方向に跳躍する。
外壁の天辺に跳び上がると、間近で射手のひげづらを拝んでしまった。
「…なっ」
「げえっ」
その凶悪な顔を間近で見て、反射的に外套を、ひっかぶせる。
勢い余って、射手を押し倒した。
あちらもあちらで、鳥の獣人が真下から顔を突き出してくるとは思わなかったのだろう。外套の網のなかで、ばたばた暴れている。
「んげーっ」
「ちょっ、矢ぁ振り回すなってば!」
悲鳴をあげつつ、それでも果敢に馬乗りになって、射手を封じている間に、兵士数人が右方向から駆けてきた。カサギもいる。
射手はすぐに捕縛され、猿ぐつわをかまされた。
「コノリ、手柄だ! 喜べ!」
「嬉しくないぃ、男を押し倒すなんて、おいら全然嬉しくないぃ」
「――これ見ろ、九靫の紋が刻まれてるぞ」
「まだ残党が残っていやがったか」
射手の身元確認をしていた衛兵が、コノリに目をやる。
「貴殿が、くだんのおおとり族か? 二之旗本に聞いた」
「う? ……ああ、はい、そです。おいら、幼帝陛下におめどーりしたくって」
「落ち着き次第、白宮殿にお越し下さい。陛下が、ぜひあなたをねぎらいたいと」
「は……はあ。ども……」
「どうした、コノリ?」
「お姫さんが八つ当たりで、おいらの羽根むしってきたら、どうしようかと思って」
――結局コノリの心配は杞憂に終わった。
合流し、子細を報告すると、スズカは手を叩いて喜ぶ。
「大した拾いものですわ! これからは九官鳥でなく、コノリと呼びましょう」
すぐさま白宮殿近くの、二之旗本の上屋敷に移動すると、スズカはコノリに身なりを整えるよう命じた。
玉砂利の中庭で、ぬるま湯をひっかけられ、手ぬぐいや櫛であちこち撫でつけられ、最後に香水をかけられて、くしゃみをする。
女官の手で、刺繍された腰巻きを巻かれ、石や硝子で出来た飾り物をどっさり載せられる。
「……ぴかぴか好きですけど、これちょっと重いすよお」
「九官鳥が青鸞に化けましたわね!」
「あのきざ鳥と一緒にすんの、やめてください」
「ふふっ。さて、晩餐会ですわ。マルセル様は寛容な方ですけど、だからってぺらぺら話しかけてはいけませんよ。まず聞かれたことに、きちんと答える。これが基本ですわ」
着飾った者同士、夕方の首都を歩くと、犬の遠吠えが輪唱のように響いている。
郷愁よりも、不気味さ、心細さをかき立てる音だ。
「山並みに、野良犬がいるなあ」
「首都圏に一千万いた民も、この十二年の処刑、私刑、虐殺、疫病、飢饉、自裁で三百万なくなったそうですわ。野ざらしの遺体全部回収するのは、無理でしょうね」
武士に囲まれて歩くスズカが、コノリの独り言にわざわざ答える。
「他国との戦争ならともかく、自国内で百万単位の死者。逆臣派は狂ってます」
「反乱の原因って、結局なんなんですか?」
「すべては藪の中。なにせ肝心の本人が九年前に死んでますもの」
少女は、ふっと笑った。
「今日で、内乱の最初と最後の元老家系は断絶でしょうね。それだけの理由をマルセル様に与えた」
「……今日、九靫が暗殺に失敗しただけで?」
「根業矢、九靫の元老はぼんくら続き。その領民は、首都圏や弓手司に逃げ込み、難民化している。あなたも見たでしょう?
ここで北方の二元老を廃し、皇帝直轄地つまり首都圏に組み込むことは、最悪中の最善。田畑を捨てて、逃げる農民はいなくなる。地元にいても、皇帝の加護が受けられるんですから」
新設の小屋や、空腹の子供たちを例に示され、コノリは納得した。
「根業矢と九靫の元老一族は、どうなるんです? 一族郎党、召しませ腹をってやつですか?」
まさか、とスズカが手を振った。
「マルセル様は、お優しいから。死刑の下、漂流刑あたりでしょうね」
「ヒョウリュウケイ?」
「船に食料と水を積んで、生きたまま、海にぽいですわ」
「……それ、海上で餓死じゃないっすか。遠回りな死刑ですねえ」
「運が良ければ、他の島国に漂着するでしょう。運が良ければ、ね?」
「ある意味、死刑よか残酷だなあ。死ぬ前に気ぃ狂っちまう」
「マルセル様は、お優しいから……それが時に残酷だってこと、まだおわかりでないのよ」
武士らが面倒な手続きを行い、そのまま白宮殿の門扉を抜ける。
宮殿内は、想像より粗末なしつらえだった。
なかを進むごとに護衛の数を減らされ、晩餐会の場のまえで、とうとうスズカ、コノリ、その二人分の護衛であるハツセとカサギだけになる。
急ごしらえのような木戸を開けて、やっと晩餐会の場に入った。
玉座というには小さい椅子から、幼帝が立ち上がり、歓迎の意を示すように、こちらに歩いてくる。
「こちらへ。どうぞ」
少年がスズカの手を引き、円卓のそばまで連れて行く。
コノリはその後をひょこひょことついていった。
「遠方から、わざわさ来てもらったのに、厄介ごとに巻き込まれたね。あなたに怪我がなくて、よかった」
「陛下をお守りできて、わたくしも侍衛どもも嬉しく思いますわ」
スズカが一段と高い声で答え、マルセルの誘いで椅子に座った。
「おおとり族のコノリだね。おかげで命拾いしました。ありがとう」
「いやあ、あんときはおいらも死ぬかと思いましたよー」
居合わせたほぼ全員が、コノリの言葉に目をむいた。
幼帝の背後に控えていた男は無表情のまま、刀の柄に指をかけている。
「いや、だって鳥にさ、射手に突撃しろって言うしさ」
「たしかに天敵だね。勇気あるひとだ、コノリは」
幼帝は相好を崩して、話し続ける。
「ぼく、獣人は、ベルゼルクルのよつあし族しか見たことがないんだ。よかったら、おおとり族についても、教えてもらえるかな」
「はいはい! 喋るのは得意なんで、なんでも答えますよー」
皿の上の食べ物を手づかみしながら、コノリは幼帝の質問に答え始めた。
聞き上手の幼帝がおもしろがるほどに、隣のスズカの顔が曇り、やがていらいらとした様子を見せる。
「そうか。コノリの住む山にも"発火鼠"の木があるんだね」
「はいです。まあ、味はそこそこ」
「僕も食べたことあるよ。次も食べたいというほどでは、なかったけどね」
芋と玉葱の焼き物を口にしながら、幼帝は微苦笑した。
そして憮然とするスズカに顔を向ける。
「二之旗本では、花火の原料のひとつになっているんだっけ」
「……え? ああ、はい! そうですわ! あの栗、ちょっと加熱しただけで、爆発しますから」
「うん。僕も昔、焼き栗を作ろうとして、暖炉に放りこんでしまってね。あれには驚いたなあ。下処理してからでないと、危ないんだよね」
流石にスズカも、国の最高権力者に対して、あれは人間の食べ物ではないとは言わなかった。
ところで、と幼帝が話題を変えた。
「二之旗本の奥深くで隠棲していた、あなたの一族が今になって、国軍に参加すると表明したのは?」
「巫女ばば様の気まぐれで。鶴の一声ちゅうか、鵺の一声? 怪物じみた、めんどりなんですよ。顔は人間のしわくちゃばーさん、翼はこうもりみたいにつるつる、蛇のしっぽが生えてて、しかもそいつ頭ついてん。歳も……たぶん何百歳くらい?」
「……みこ、ばば?」
「んー。まあ、元老みたいなもんですかね。
廃都からヨルムンガンドに、龍がやって来る。それだけの傑物がいるなら、わしらも参戦せねばなるまい、うんぬん」
「龍……この前の黄龍のこと?」
「コウリュウ……おいらにゃわかんないけど、思い当たるのがあるなら、それじゃないっすかねえ」
「――そっか。ああ、スズカ姫、炭酸水のお代わりは?」
「充分ですわ、お気遣い、ありがとうございます」
スズカはほほえみ、幼帝の背後を一瞥した。
「わたくしの義兄は、しっかりやっておりますか?」
「もちろん」
スズカの言動で、あの護衛が、彼女の従兄と知れた。たしかに真面目そうで、かつ犬のような雰囲気の男だ。
(お姫さんの従兄……これ、絶対、どこかで、よつあし混ざってんなあ……)
人外特有の気配が感じられるのは、幼帝からもだ。
ヨルムンガンド皇帝家は建国以来二千年前後、続いてきた家系。どこかで、獣人の血が混ざっている可能性は、あるだろう。人間という種族自体、猿の獣人ましら族から進化したのだから、そちらの獣の因子かもしれないが。
「……では。ごちそうさまでした」
幼帝が会食の終了を告げた。
スズカ、コノリもそれにならう。
「コノリ、もうしわけないが、先生が――ギルベルドというひとが、きみと直接会って、話をしたいのだって。この後、時間をもらいたい」
スズカがまた、ふてくされ始めた。
――周りが彼女をなだめ、退出したあとで、コノリは幼帝と護衛、二人のあとをひょこひょことついていった。
案内された先は、ひなびた小屋で、室内のあちこちに書物と書類が山のように積んである。
蝋燭の光が、硝子ごしに揺らめき、時々陰に濃淡をつける。
「先生、使者をお連れしました」
「ありがとう。じゃあ、そこに置いてってくれ。お客人、適当に座って」
書物の山の向こうから、老若知れない男の声がする。
「同席しても?」
「いや、あとで報告するよ」
「わかりました」
護衛が怒気を発しかけたが、幼帝に手を引かれ、おとなしく退室した。
コノリは、椅子がわりの箱に腰を下ろし、その後ろ姿を見送る。
「……ほんとに忠犬だなあ、お姫さんの従兄」
「なかなか鋭い」
やっと男が顔を出した。
二之旗本の書生のような服を着、眼鏡をかけ、ひょろひょろと長細い手足を動かして、近づいてくる。
その様子に、コノリは身震いした。なんだこれは、と目を見張り、硬直する。
見た目は人間だ、まちがいなく人間だ。が、心臓は警告の早鐘のように高鳴る。
どうやら帝都は人外めいた人間たちの巣窟らしい。
「怖がらなくていい。俺は、ビゾブニル……巫女ばば?の縁者だよ。彼女と一時期、師弟関係にあった」
「えんじゃ?」
男は、懐中から古銭を取り出し、宙に投げ、受け止めた後で、そこらの書類の一番上に並べた。
「火山旅、上爻。鳥、その巣を焼く。旅人、先に笑い、後に泣く。牛、たやすく喪う――てね。見覚え、ある?」
それは巫女ばばがよくやる占いのわざだ。たしかえに見覚えがある。
「きみ、まだ十歳程度だろう。俺と彼女が師弟関係にあったのは、きみが生まれるよりも、もっと前だ」
この男の見た目は人間でいえば、30歳から40歳というところだろうか。別に不自然ではない。
おそらく彼の異様な雰囲気や威圧感は、あの怪物めんどり由来だというなら納得する。
「じゃあ、あんたは――えっと、なんてんだっけ?」
「亢龍軍師、ギルベルド。それが今の呼び名」
「ギル……軍師さんのこと知ってて、うちの巫女ばば様が、国軍にって言ったのか」
「さてね。それより、」
彼は、ほいと手を差し出した。
「葉書か何かを預かってないか。軍師参謀あての」
「……ああ! そういやありました、葉書」
腰巻きのなかに突っ込んでおいた木の葉数枚を取り出し、軍師に手渡す。
眼鏡の奥の目が、葉脈に隠れた文字を眺める。
「温存したわりに、参戦可能な若鳥およそ六百? 実際、ものになるのは半分としても、独立大隊ひとつ程度か。まあ、どうにかしよう」
「はい?」
放置されていた古銭に手を伸ばしたコノリは、その手を止めた。
「おめでとう、コノリ。きみはヨルムンガンド史上初の、空軍歩兵隊、最初の一兵。偵察、監視、通信その他もろもろを実行する、独立大隊に配属決定だ。名誉なことだな」
軽口のあと肩をたたかれ、コノリは身震いした。
軍師の声音はおどけていたが、眼鏡の奥の目は、まったく笑っていなかった。
『火山旅、上爻。鳥、その巣を焼く。旅人、先に笑い、後に泣く。牛、たやすく喪う。』かざんりょ、じょうこう。とり、そのすをやく。たびびと、さきにわらい、あとになく。うし、たやすくうしなう。
六十四卦のひとつ。ここでは本来の意味とは、ちがう占いになっています。




