5.母と娘
何年ぶりかの親子再会。だというのに、アリスは暫し何も言えなかった。メイファも少し俯いたまま黙っていた。静寂はとても長い時間続いたようにも感じられたが、実際は数分も無かっただろうか。
アリスが口を開いた。
「ママ。どうして、私を置いていったの。」
メイファが、ハッとしたように顔を上げた。
「どうして私を遺して死んじゃったの。私を一人ぼっちにしたの。私がどんな思いをしたか、ママに分からない筈ないよね。」
「……ごめんなさい、アリス。」
責めるアリスに、メイファは静かな声で言った。彼女は真っ直ぐに娘を見つめ、アリスも強く母親を見つめる。アリスは、何かを堪えるように歯を食い縛った。
「ちょっと待った!」
成り行きを見守っていたキミコが二人の間に飛び込んだ。
「こんな所で立ち話する内容じゃなさそうだし、お茶淹れましょお茶! ね、話はあとあと! アリスも一緒にお茶するんでしょ。ほら、お茶菓子もいっぱいあるよ。」
「あ……ああ、そうね。」
アリスも頷き、メイファは何か言いかけていた口を閉ざして黙々とお茶の準備を始めた。エルナとジンがもう一人の男性を伴って戻って来て、七つのカップに紅茶が注がれる。お茶会を前に和気あいあいとした雰囲気の中、一言も喋ろうとしないアリスとメイファの間だけは、何とも言えない重苦しい空気が流れる。
「やっと揃った! 早く食べようよ。」
はしゃいだ様子のラルフ。エルナはそれをにこにこして見つめながら、ジンと言葉を交わしている。キミコがアリスに席を勧め、もう一人の青年に声を掛けた。トモヤ、と呼ばれた彼は簡単な挨拶をしたきり口を閉ざすが、元が無口なタチらしくキミコや他の人々も特に気にした様子はない。
「そちらのティポットを取っていただけますか、メイファさん。……メイファさん?」
エルナに再三呼ばれて、何やら物思いに沈んでいたメイファはやっと我に返った。そのやり取りに気付いたジンが、心配そうに彼女に声を掛ける。
「メイファさん、どうかしたんですか。さっきから上の空ですが。」
「ええ……ちょっとね。」
ぎこちなく微笑んでティポットをエルナに渡し、彼女はふうと一つ溜め息をついた。
「皮肉なものね。生きてほしいと願った娘と、ここで再会するだなんて。」
そして、メイファは話し始めた。
彼女は異国の人を愛し、彼の国へ渡った。夫と生まれたばかりの娘との生活は幸せなものだったが、夫が急死してから事態は一変した。外国人である彼女はその国の誰にも受け入れられなかったのだ。生活も苦しく、理不尽な差別につらい日々が続き、追い詰められた彼女は自ら命を絶った。
「本当はあの時、あなたも連れていこうと思ったの。まだ幼いあなたを託す相手もいないのに、誰もいない場所に放り出すのは無責任だと。一緒に死んだ方がこの子の幸せなのではないかと。でも……いざその時が来たら、自分の都合であなたの命まで絶ってしまうなんて、出来なかった。」
「連れていってくれればよかったのに!」
気付いたら、アリスは叫んでいた。大声に驚いたメイファがびくりと顔を上げる。アリスは涙をにじませ、悲鳴のように叫んだ。
「その時、ママと一緒に死んでればよかった! あの人たちが受け入れてくれないのはママだけじゃない、外国人の子である私もなのよ!」