3.少女
どのくらい走っただろう、アリスは足を止めた。前方に人影が見えたからだ。
その辺りには、何の為にあるのかよく分からないが柱や壁や階段のようなものが疎らに存在した。そのうちの一つ、螺旋階段に腰かけている人がいる。まず目に入ったのはその人物の驚くほど黒く長い髪。後ろ姿なので確信はできないが、アリスと同い年くらいの少女であるようだ。やや下を向いて、手に持った何かをじっと見ている。さらに近付いてみて、彼女が手にしているのはやや古い型の携帯電話だと分かった。
「あの……。」
声を掛けようとして、アリスは言葉を切った。近くで見えた少女の横顔は明らかに「外国人」のものだったからだ。はたして言葉が通じるのだろうか。しかも、携帯電話の液晶の中にも、アリスにはひとつも読めない文字が並んでいる。
すると突然、少女が背後の気配に気付き、振り向きざまに立ち上がった。
「うわっ! ちょっと、何覗いてんのよ!」
「ひゃっ!? ご、ごめんなさい!」
驚いて飛び上がった。二人とも、しばしお互いを見つめる。
「……あんた、見ない顔ね。新入りさん?」
先に口を開いたのは黒髪の少女。
「自分にもよく分からない。ここは何なの? 新入りさんって、グループか何かあるの?」
アリスの言葉に、少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「天使ちゃんから聞いてないの? 大体のことは、あの子たちが教えてくれるはずだけど。」
「あっ……」
言葉に詰まった。少女が言うのは、先程アリスが逃げてきたあの小さな天使たちの事だろう。説明も何も聞かず、帰ろうと言われて思わず逃げ出してしまったのだ。何もわからない。
少女は首をかしげながらも話し始めた。
「ここは『夕凪』って呼ばれてる。天国でも地獄でもない、あの世とこの世の狭間。時の止まった世界。あんたやあたしみたいな死に方をした人間が来るところよ。」
「死に方……」
「そうよ。」
少女はどこか他人事のように淡々と告げる。アリスは、あまりに直接的な言葉に呆然としていた。
「改めて言葉にすると、ショック強かったかな。まあ落ち着くには時間かかるよね。」
少女は呟くと、ずっと手に持っていた携帯電話をポケットに仕舞い、アリスの顔を覗き込むようにして優しく言った。
「とりあえず、一緒においでよ。あたし、これからここの人たちとお茶するの。色んなことは落ち着いてから考えればいいよ。」
少女の笑顔は、今までの殺伐とした話題とは合わない、明るく穏やかなものだった。なんだか安心する。アリスの表情も緩む。
「ありがとう……あ、私、お名前も聞いてなかった。」
「あら本当。あたしも言ってなかったし、聞いてなかった。」
ふふっと笑う黒髪の少女につられて、アリスもいつの間にか笑顔になっていた。
人前で笑ったのはいつ以来だろう。
「私、アリスって言います。」
「あたしはキミコ。よろしくね、アリス。」
朱色の空の下、二人の少女は微笑みあい、互いの手を取った。