表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕凪  作者: 志茂 安芸子
2/10

2.逃亡

 少女が気付くと、目の前には空が広がっていた。

 見渡す限り鮮やかな朱色の空に、薄い雲が一つ二つ浮いている。横たわっていた場所から身を起こすと、かなり低い位置に大きな太陽が見えた。それと反対側の空は地平線に近付くにつれて紫色、そして紺へと変化し、間もなく宵の闇へ沈んでゆきそうに見える。それともこれは、日が昇り始めたばかりの朝焼けなのだろうか?

 朱色の光に照らされた世界。それは美しく、そして空恐ろしいほどの静けさで満たされていた。

「ここは……」

 思わずそう呟いた声さえも、虚空に吸い込まれるように消えた。

 心を支配するのはこの空間に対する恐ろしさか、孤独の心細さか、はたまた別の何かか。彼女はパニックを起こしかけて飛び上がるように立ち、必死で周りを見回した。

 と、視線の先、つい先程までは何も存在しなかった場に、男の子と女の子がいた。

「あなたたちは、天使?」

 子供たちの背には、大きな白い翼があった。そっくり同じ顔をして、同じ髪型、揃いの服を着た二人の子供。あどけない顔に浮かんでいた笑顔は、彼女の顔をはっきりと見た瞬間さっと消え去った。

「この人は……()()の人だ。まだ、ここの人じゃない。」

 かわりに浮かぶのは、驚愕の表情。

「どうしたの、アリス? 何故ここにいるの。」

 二人は少女の名を親しげに呼びながら、そう言った。

「ぼくたちは人間に、天使って呼ばれてる。生きている人間がぼくたちに出会うことは無いんだ。」

 小さな天使たちに告げられ、アリスと呼ばれた少女はふっと息をつく。

「じゃあ……私、死んだの?」

 しかし、天使たちは首を横に振った。

「あなたは、まだここに来るべき人ではないよ。」

 戸惑うアリスに、天使たちは語りかける。鈴の音のような愛らしい声、あどけない顔。それに似合わぬ、大人のような言葉。

「ここは『夕凪』、時の止まった世界。時を止めてしまった人たちが来る世界。だけど、あなたの時はまだ止まっていない。」

「どういうこと?」

 天使たちはその小さな手をアリスに差し伸べた。

「帰ろう、アリス。あなたはあなたの世界へ帰らなきゃ。あなたは、生きているんだから。」

 アリスは見つめた。自分に向けて差し出された小さな手を。手を差し延べる小さな天使たちを。

 そして彼女は叫んだ。

「嫌!」

 天使たちから逃げるように数歩あとずさる。彼女は自分にも分からぬ何かに怯え、泣きそうに顔を歪めていた。

「私、あんな所になんて帰らない!」

「アリス!」

 天使たちが止める間もなく、アリスはくるりと背を向けて駆け出した。何処へという宛もなく、彼女はただがむしゃらに走る。

「アリス、待って! このままじゃ、あなたは……!」

 背後から聞こえる幼い声に耳を塞ぎ、少女は逃げ続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ