表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕凪  作者: 志茂 安芸子
1/10

1.プロローグ

 気が付くと、目の前には空が広がっていた。

 見渡す限り鮮やかな朱色の空に、薄い雲が一つ二つ浮いている。かなり低い位置に大きな太陽。それと反対側の空は地平線に近付くにつれて紫色、そして紺へと変化し、間もなく宵の闇へ沈んでゆきそうに見える。それともこれは、日が昇り始めたばかりの朝焼けなのだろうか?

 朱色の光に照らされた世界。それは美しく、そして空恐ろしいほどの静けさで満たされていた。

「ここは……」

 そう呟いた声さえも、虚空に吸い込まれるように消える。

 心を支配するのはこの空間に対する恐ろしさか、孤独の心細さか、はたまた別の何かか。それに押しつぶされる前に、()()は現れる。

「こんにちは。」

 鈴の音のような声に振り向けば、先程までは何も存在しなかったその場に、男の子と女の子がいた。

 そっくり同じ顔をして、同じ髪型、揃いの服を着た二人の子供。あどけない顔に浮かぶ子供らしい笑顔は、この朱色の空間とは妙に不釣り合いだ。仲良さそうに寄り添う二人は、その笑顔を真っ直ぐに目の前の人物へと向ける。初対面であるはずなのに、良く見知った相手に向けるような親しげな笑みを。

 そして、その子供たちの背には、大きな白い翼。

「君たちは……天使?」

 尋ねると、二人の子供は頷く。

「そうだよ。ぼくたちは人間に、天使って呼ばれてる。」

 二人は同時にそう告げる。そしてそれは、相手の人間に「何故ここへ来たのか」を思い出させるには充分すぎる宣告である。生きている人間が天使に出会うことなど、まず無いのだから。

「自分は、死んだのか。」

「そうだよ。思い出した? ……良かった、記憶も意識もはっきりしているみたいだね。」

 声を揃えて話す二人の、外見にそぐわない話し方も、彼らが天使であると信ずる理由になるだろう。

「ここは、一体どこなんだ? 天国?」

「ううん、違うよ。」

 小さな天使たちは、少しだけ寂しそうな表情になって首を横に振る。

「じゃあ、地獄?」

「ううん、違う。」

 静かな世界に、鈴のような高く愛らしい声は二つ揃ってよく響く。どこか虚しい響きでもあった。音は、風にさらわれることもなければ、反響することもなく、ただ消える。まるで、天国でも地獄でもないこの世界そのものを表しているよう。

「あなたは、天国にも地獄にも行かない。犯した罪をここで償わなくてはならないから。」

 子供の声で発される言葉は、意味が余計にずっしりと重くのしかかるように思われる。

「だってあなたは、自分の命を捨てたのだから。」

 子供たちの澄んだ目が、咎人の顔を真っ直ぐに見つめる。

「とても重くて、とても哀しい罪。哀しみが癒えるまで、あなたの時は止まったまま。この『夕凪』のように。」

 先程から少しも変化しない空模様。そよとも風が吹かぬ為か、空気までも止まっているように感じる。

 天使たちのそっくり同じ二つの声が重なり、不思議に響き合う。

「ようこそ、時が止まった世界へ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ