1.プロローグ
気が付くと、目の前には空が広がっていた。
見渡す限り鮮やかな朱色の空に、薄い雲が一つ二つ浮いている。かなり低い位置に大きな太陽。それと反対側の空は地平線に近付くにつれて紫色、そして紺へと変化し、間もなく宵の闇へ沈んでゆきそうに見える。それともこれは、日が昇り始めたばかりの朝焼けなのだろうか?
朱色の光に照らされた世界。それは美しく、そして空恐ろしいほどの静けさで満たされていた。
「ここは……」
そう呟いた声さえも、虚空に吸い込まれるように消える。
心を支配するのはこの空間に対する恐ろしさか、孤独の心細さか、はたまた別の何かか。それに押しつぶされる前に、彼らは現れる。
「こんにちは。」
鈴の音のような声に振り向けば、先程までは何も存在しなかったその場に、男の子と女の子がいた。
そっくり同じ顔をして、同じ髪型、揃いの服を着た二人の子供。あどけない顔に浮かぶ子供らしい笑顔は、この朱色の空間とは妙に不釣り合いだ。仲良さそうに寄り添う二人は、その笑顔を真っ直ぐに目の前の人物へと向ける。初対面であるはずなのに、良く見知った相手に向けるような親しげな笑みを。
そして、その子供たちの背には、大きな白い翼。
「君たちは……天使?」
尋ねると、二人の子供は頷く。
「そうだよ。ぼくたちは人間に、天使って呼ばれてる。」
二人は同時にそう告げる。そしてそれは、相手の人間に「何故ここへ来たのか」を思い出させるには充分すぎる宣告である。生きている人間が天使に出会うことなど、まず無いのだから。
「自分は、死んだのか。」
「そうだよ。思い出した? ……良かった、記憶も意識もはっきりしているみたいだね。」
声を揃えて話す二人の、外見にそぐわない話し方も、彼らが天使であると信ずる理由になるだろう。
「ここは、一体どこなんだ? 天国?」
「ううん、違うよ。」
小さな天使たちは、少しだけ寂しそうな表情になって首を横に振る。
「じゃあ、地獄?」
「ううん、違う。」
静かな世界に、鈴のような高く愛らしい声は二つ揃ってよく響く。どこか虚しい響きでもあった。音は、風にさらわれることもなければ、反響することもなく、ただ消える。まるで、天国でも地獄でもないこの世界そのものを表しているよう。
「あなたは、天国にも地獄にも行かない。犯した罪をここで償わなくてはならないから。」
子供の声で発される言葉は、意味が余計にずっしりと重くのしかかるように思われる。
「だってあなたは、自分の命を捨てたのだから。」
子供たちの澄んだ目が、咎人の顔を真っ直ぐに見つめる。
「とても重くて、とても哀しい罪。哀しみが癒えるまで、あなたの時は止まったまま。この『夕凪』のように。」
先程から少しも変化しない空模様。そよとも風が吹かぬ為か、空気までも止まっているように感じる。
天使たちのそっくり同じ二つの声が重なり、不思議に響き合う。
「ようこそ、時が止まった世界へ。」