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プリンセス・スクランブル ④

極限までボケに特化したキャラは極めて書きやすい。今回の話でよく分かった。

 いくら僕でも、出会ったばかりの人を相手にここまで痛烈なツッコミを入れることなんてない。

 僕とイオタ王女の出会い――その、ある意味運命的で、けれど途方もなく馬鹿馬鹿しい初対面(ファーストコンタクト)により、僕はこのルーンガルド第一王女様に対して一切の遠慮をしないと決めたのだ。

 遡ること1ヶ月前。桜舞い散る坂道の途中。

 それは、黄聖大学の入学式のこと。


「僕も今日から大学生か。頑張らないと……」


 長年暮らした実家を後にし、念願のひとり暮らし――この次の日には妹が住み着いていたので、儚い夢ではあったけど――を始め、心機一転清々しい気持ちで、僕は大学へ続く緩い上り坂を上っていた。

 道の左右には満開の桜が花開き、色鮮やかな花びらの絨毯(じゅうたん)の美しさに心を弾ませながら一歩一歩を踏みしめる。

 異世界の知識を学べること、1年前に先に入学した晴流(はる)先輩にもう一度会えること。僕は未知への不安よりも、この先にある嬉しいこと、楽しいことへの期待で胸がいっぱいだった。

 そして、春は出会いの季節でもある。

 彼女いない歴=年齢な僕にとっては、この大学生活(キャンパスライフ)を通してあわよくば……という願望を抱いていたことも否定しない。

 そんな願いを天が聞き届けたのか、


「あうあう……いったいどこにいってしまったのでしょう」


 入学早々、新しい出会いに巡り合ったのだ。

 しかし目の前の人……僕の感想を一言で述べるのであれば、怪しい(、、、)

 道路の脇にある木々の間からずぼっと頭をすっぽ抜いて、きょろきょろと何かを探している様子のこの人。もう春だと言うのに、厚手のトレンチコートのボタンを首元まで留めて、昔の野球チームのマークが入ったキャップを目深に被り、極め付けには真っ黒なサングラスとマスク。……無意識に携帯電話を取り出し、110番を押そうとした僕の判断を誰が笑えようか。

 帽子の後ろからちらりと見えた、お団子状にまとめた金色の髪と、マスク越しではあるがトーンの高い声で、ぎりぎり女性だと判別できた。

 木々の隙間や地面を見渡していることから、彼女は何かを探しているようだ。全身のところどころに葉っぱや土が付いていることから、どれだけ一生懸命に探していたかが(うかが)える。

 どうしよう……いくら「おまわりさんこっちです」な外見の人だとしても、困っているところを見てしまっては無視もできない。道行く人も見て見ぬフリをしているみたいだし(それはそれできっと正しい判断だ)、まぁ話を聞くくらいならできるだろう。

 僕は困った様子で頭を抱える女性の背中にそっと声をかけた。


「あの、どうかされたんですか?」


「ひにゃあああああっ!?」


 声をかけられるとは思ってもいなかったのか、彼女は予想以上の超反応で悲鳴を上げながらぴょーんと飛び上がってしまった。ううむ、驚かせるつもりはなかったんだけど。


「何か、お探しなんでしょうか? よろしければお手伝いしますけど……」


 我ながらお節介が過ぎるかとも思ったが、これも何かの縁だと考えることにした。

 見知らぬ人にいきなり手伝うなんて言われて、警戒されてしまったのだろうか。彼女は僕の顔をじっと見つめたまましばらく動かずにいた。

 が、彼女の反応は僕の予想の斜め上を行っていた。


「ああ、いや、やっぱり忘れてください。急にこんなこと言われても困っちゃ「うっ、ううっ、ふえええええ」ってなんで泣いてるんですか!?」


 肩を震わせてサングラスの奥からぽろぽろと大粒の雫を落とす彼女に、僕はもう大慌てである。

 いかん! このままだと通報されるのは僕の方じゃないか!!

 泣き出した理由も定かではないから、どういう言葉を返したらいいのかも分からない。

 どうする――とりあえず土下座するか?


「ご……ごめんなさい。まさかお声掛けいただいただけでなく、ご助力までいただけるだなんて思ってもみなくて……その、ありがとうございます」


 わたわたと両手を振って悪い意味の涙ではないことを伝えてくる怪しい女性に、僕はほっと胸を撫で下ろす。通報されなくてよかった。

 ともあれ誤解も解けたところで、彼女の話を聞いてみる。

 どうやら彼女も大学に行くつもりだったようだが(その格好で行くつもりだったのだろうか……)、途中で大事なものを落としてしまったことに気付いたそうだ。

 それは亡くなったお母さんの形見だそうで、肌身離さず持っている思い出の品らしい。


「小さなペンダントなのですが、我が家の家紋でもある金色の(ドラゴン)をあしらったものなのです。あれがないと、わたくしは……」


「よーし、それじゃあ探しましょうか。落とした場所はこの付近で間違いないんですか?」


「は、はい。……あの、本当にお手伝いいただけるのですか? 見ず知らずの、こんな怪しい見た目をした者のために」


「怪しいって自覚はあったんですね。……別に、知らない人を助けちゃダメなんてルールはないでしょう? 他人だろうが怪しかろうか何だろうが、誰かを助けたいって気持ちに変わりはありませんから」


 そう言い切った後に、我ながらきざったらしい台詞を吐いてしまったことに気付いてしまった。恥ずかしさを誤魔化すように女性に背を向け、僕も草むらに顔を突っ込んで失せ物探しを始めることにした。

 そこからしばらく声をかけられることがなかったのは、彼女なりの気遣いだったと思いたい。



 小一時間ほど探し回ってはみたが、結果は空振り。

 目に見えて焦り始めた彼女が気になったので、確認で尋ねてみた。


「その、大学に用があるんでしたよね。もしかして、もう時間がないとか……?」


「は、はい。その、今日の入学式には必ず出席しなくてはならなくて」


 それを言えば僕も同じなのだが、ここではあえて口には出さなかった。

 はっきり言って、大学の入学式なんてものは自由参加だ。一生の記念だし出ておくべきだとは思っていたが、必ず、というほど切羽詰まって考えるほどの事柄でもない。

 だが、彼女にとってはきっと違うのだろう。きっと、僕なんかよりもずっと強い想いでこの大学生活を夢見ていたんだ。


「だったら、あなたは早く大学に行ってください。あとは僕が探しておきますから」


「そんなこと! 見たところ、あなたこそ(、、)大学の新入生の方なのでしょう? これはすべてわたくしの責任ですし、そのお気持ちだけで充分過ぎますから!!」


 彼女のそのちょっとした言葉の違和感に気付いていれば、違う結末にもなっていたかもしれないが――僕は、一切を無視して我を押し通した。


「僕は単なる通りすがりですし、ただの暇な人です。だから暇潰しに探し物を探しているだけですので。だからさっさと行ってください。というか僕の暇潰しを邪魔しないでください」


「っ!? か、畏まりました! 用が終われば必ずすぐに戻ってまいりますから! だから……!!」


 こんな見え透いた嘘を真に受けたのか、それとも僕の意思を察してくれたのかは分からない。有無を言わさぬ僕の態度に彼女はしばらくうつむいていたが……腰を大きく曲げて勢いよくおじぎをし、目を見張るようなスピードで地面の花びらを蹴散らしながら走り去っていった。

 これでよかったのだと思いたい。馬鹿なお節介でも誰かの役に立てたのであれば、それはきっと尊いことだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「み、見つけたあ……」


 完全に時間を忘れ、ようやくペンダントを見つけたころには、既に空は茜色に染まっていた。

 おおう、と思わず息を呑んでしまう。まさか丸一日かかってしまったとは。

 いや、見つかったところを考えれば、おそらく彼女ひとりで発見することはできなかっただろう。僕はこの必死の探索を妨害した忌々しき敵――街路樹の上に留まってカァカァとうるさいカラスに向かって、この苦労と苛立ちを込めて小石をぶん投げた。

 ペンダントが光り物であることに閃いたのはほぼ奇跡だった。まさか、と思い近場にいたカラスのあとを追って、道路の脇に広がる獣道の途中にあった巣の中からペンダントを見つけたのがついさっきのこと。

 蜘蛛の子を散らすようにぱっと逃げ去っていった黒い怪鳥どもにあっかんべーしてやったところで……割と致命的なことを思い出した。


「そういえばあの人、名前も聞いてないよ……」


 このペンダント、どうやって渡せばいいのだ。

 あの奇妙な全身装備のせいで、外見的特徴もないに等しかったし。かろうじて、金髪だったというくらいか。

 トレンチコート姿の彼女が戻ってくる気配もなし。もしかして忘れられちゃったかな? だとしたら流石に泣きそうである。

 取り敢えず大学に行って、落し物として預かってもらうのが無難だろうか。


「ともあれ無事に見つかってめでたしめでたし、かな? あとはちゃんと持ち主のところに届けばいいんだけど」


 栄えある大学生活の第一歩が随分と泥臭いものになってしまったが、これはこれで悪くないと思えた。

 よいしょ、と疲れの溜まった両脚に力を入れて歩き出そうとすると、


「どうして、ですか……」


 ふと、聞き覚えのある声が背中越しに聞こえてきた。今朝はマスクのせいで声が曇っていたが、こうしてちゃんと聞くと綺麗な声じゃないか。


「ああ、よかった。ほら見てください、見つけましたよ――――」


 戦利品(ペンダント)を高く掲げて、笑顔で振り向いた僕は絶句することになる。

 そこにいたのは、不気味な格好をした謎の怪人なんかじゃなくて、純白のドレスに身を包んだ、絵本から飛び出してきたような見目麗しいお姫様。


「なんで、そこまで……どうしてあなたは、そこまで酷い目にあって、笑っていられるのですか」


 夕日の光を受けて、お姫様の金色の髪がきらきらと輝く。綺麗だなあと思ったが、そのお姫様が怒りと悲しみを半々にしたような表情で目尻を潤ませているのを見て、慌ててことを紡ぐ。


「そりゃあ嬉しいでしょ。大事なものが見つかって、それでこうして無事に返すことができるんですから……はい、もう失くさないでくださいね」


 そう言ってペンダントを手渡そうとしたが、ここで僕の手が泥だらけで真っ黒になってしまっていることに気付いた。ひとまず手を洗ってから、と思い水道を探そうとしたところで、僕の手はお姫様の白くて細い手で包み込まれた。


「ありがとう……ありがとう、ございます……!!」


 土と泥で汚れるのも気にせず、金髪の姫君は僕の手を何度も撫でて労わってくれた。

 さて、こうやって無事にペンダントも渡せたことだ。少しだけ気になったことを聞いてみる。


「ええっと。ペンダントの文様を見てぴんと来たんですが、あれは《クリステラ》のルーンガルド王国の王紋? ですよね。それじゃああなたは」


「申し遅れました。ルーンガルド王国第一王女、イオタ=セイル=ルーンガルドと申します。この度は、数々のご無礼誠に申し訳ございませんでした」


 やはりだった。

 今朝の言動を思い起こしてみれば、彼女は自分が新入生だなんて一言も言っていなかった。おそらくは来賓の、かなり重要な立場の人間だろうとは推測できた。そこにダメ押しでこのペンダントだ。

 うーむ、まさか大学に入って初めて話をした人が異世界のお姫様とは。変わったご縁もあるものだ。


「あなた様に、心よりの感謝と謝罪を。あなた様の栄えある大学生活の第一歩を、このような形で無碍(むげ)にしてしまう形となり、重ねてお詫び申し上げます」


「え? い、いやいやいやいや!? そんな僕が勝手にやったことですし、頭を上げてください! いやホント上げてください、王女様に頭下げさせてるとか僕の命が危ういんで!!」


 金属で固めたみたいに90度に腰を曲げたまま動かないイオタ王女に必死で懇願し、しばし――


「そっか、入学式のゲストとして招かれてたんですね。だからあんなに急いで」


「はい。……本当に、本当にっ! あなた様のご出席を妨げた挙句、わたくしひとりがのうのうと参加していたなどと! この大罪、わたくしの素っ首などで(あがな)えるものではございませんが、いかようにもなさってくださいませ!!」


「もう分かりましたからいちいち刃物を取り出さんでください。別に怒ってもなければ恨む理由もないんですから」


 道路脇のベンチにふたりで腰かけた状態から、王女様はとんでもないことを言い出した。

懐から短刀を取り出し、捧げ持つように僕の前に差し出してくるイオタ王女の態度に耐えかねた僕は、不敬罪覚悟でツッコミを入れることにした。

 しかし、彼女が素っ頓狂な変装をしていたことは理解できるが、どうしてお付きの人もなしにたったひとりでこんなところにいたんだろう?


「普段は公務やメディアへの露出で日がな拘束されてしまいますので。せめて移動の時くらいは、ということでこっそり抜け出してきたのです」


 あはは、と苦笑混じりで答えてくる王女様への評価を少し改めるべきだろうか。

 テレビや新聞で何度も目にしてきた異世界一の有名人。僕なんかとは立っている場所がまるで違う天上人。そういうイメージを持ってはいたが、彼女自身はちょっとばかりお転婆で、それでいて涙もろい、どこにでもいる素敵な女の子だった。

 もうしばらくこうして話をしていたい衝動にかられるが、彼女の立場というものを考えるとそうもいかない。


「それじゃあ、僕はこれで。今回のこと、本当に気にしなくて結構ですからね?」


「ま、待って……待ってください! せめてお礼だけでも」


 立ち上がる僕の手を掴んでくるイオタ王女に、僕はなるべく優しくを意識して笑いかけた。


「お礼目当てでやったんじゃないですし、そこまで感謝してもらえただけでお腹いっぱいですから」


「そんな……! それではわたくしの気が収まりません!!」


 うーん、ここまで言われると断る方が失礼になっちゃうのかな。お姫様の気が済むのであれば、受け取るだけでもしておくべきだろうか。


「言葉だけで充分なんですけどねぇ……それじゃあ、いいんですか?」


「はい、ありがとうございます! それでは、これを――」


 そう言って差し出されたのは、楕円状の黒い石にペンダントと同じ金色の龍の文様が刻まれたブローチだった。とてもではないが、僕が来ている安物の洋服には合いそうにないほど、強烈なオーラを放っていた。


「これはただのブローチではございません。これは、ルーンガルド王国の誰もが求めてやまない最大級の名誉が込められております。それを、わたくしからの御礼としてぜひお受け取りいただきたく」


「最大級の、名誉――?」


 イオタ王女は、頬をほのかに赤らめて僕の方を見つめてきた。

 緊張で胸が高鳴る。透き通った蒼い双眸で見つめられて、心臓が破裂しそうなほどに脈動していた。

 ま、まさか。その顔が意味するのは……最大級の名誉って言ってたし、そんな、まだ僕らは出会ったばかりなのに、これはもしかしてプロポ――





「わたくしのお世話係(、、、、)になる名誉を、あなた様に授けますわ!!」





 ――ず、え、はい?

 カー、と頭上でカラスの群れが僕を嘲笑(あざわら)っていた。

 両目をぎゅっと閉じ、物凄く勇気を出して言ってます的な様子を見せるイオタ王女を前に、僕の心の熱は一瞬にして氷点下まで下降した。

 えーと、うん。理解が追い付いてないから取り敢えず聞いてみよう。

 しゃちほこ張ったイオタ王女の肩をちょいちょいと突っつき、さっきの言葉の意味を問いただしてみた。


「え? その……第一王女たるわたくしの身の回りの世話を任されるということは、即ち王族からの絶大な信頼を得た証。我が王国の民にとっては最も名誉ある職業として称賛されていますわ」


 なるほどなるほど。そいつは凄いんだね。

 でも色々履き違えてるよね? それで喜ぶのは自国民であって、他の国……っていうか他の世界の人にとっても同じ理屈が適用されるとは限らないよね。

 むしろ……ちょっとイラッとした。


「なるほどー。つまりお姫様は、自分のお世話をすることが僕にとって一番幸せなことなんだと、勝手に(、、、)決めつけたわけなんだね?」


「え、その……違うの、ですか……?」


 心底理解できない(、、、、、、、、)、といった感じで顔を青くする王女様が少しだけ気の毒だったが、僕は勢い任せに言いたいことを言い切ることにした。


「うん、違う。まったくもって違う。僕のやりたいことは僕にしか分からないし、ましてや他人から一方的に与えられたものに涎を垂らしてかぶりつくほど、僕の道は安っぽくはないよ」


 ケツの青いガキが偉そうなことをほざいている自覚はあった。だが、この世間知らずなお嬢様相手にはこれくらいがちょうどいい気がした。


「お礼の言葉はありがたく受け取るよ。でもそのブローチだけは絶対に受け取れない。今の王女様からは(、、、、、、、、)、絶対に受け取らない」


「あ、あ……そんな……」


 感謝、という気持ちを形にするのがどういうことなのか。

 それが根本から分かっていない限り、僕はこのお姫様の手を取ることはできそうにない。後になって思えば、僕の今の発言こそが最も致命的だったのだが――今は知る由もなく。


「それじゃあ、さようなら王女様。もうお会いすることもないでしょうけれど、どうかお元気で」


「…………」


 くるりと背を向けて歩き出した僕に、再び声がかけられることはなかった。

 自分の名前を名乗なくてよかったと思う。

 完全に怒りに身を任せた、相手の好意を踏みにじるような言い草だったけど、もう二度と会うこともないだろうしと思ってつい突き放すような言い方をしてしまったのだ。

 この時、僕は一度でも振り返って彼女の様子を確認するべきだったのだ。

 うつむいた彼女がぶつぶつと何を口走っていたのかをちゃんと聞き取って、きちんとツッコミを入れるべきだったのだと。僕は途方もなく後悔することになる。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あの時、わたくしはすべてを理解しました。これは試練なのだと(、、、、、、、、、)


 百貨店の真ん中で、完全武装の姫騎士さまはいきなり意味不明なことを口走った。

 イオタ王女は中途半端なところで言葉を切り、何か期待するかのような眼差しでこちらを見つめてくる。え、合いの手入れろって言ってんの!?


「えーと。し、試練ってなんのことですかー?」


 超棒読みである。

 だって嫌な予感しかしなかったんだもの。


「すべてを知るにこれほどの時間を要した愚昧(ぐまい)なわたくしをお許しください。あなた様があえてわたくしを突き放した行動の真意、ついにその答えを得ましたわ!!」


「……聞きましょうか」


 聞きたくはなかった。

 でも衆人環視のさらし者にされ、できの悪い舞台に無理矢理出演させられているような状況の僕には、ここで背を向け逃げ出すという選択肢はなかった。

 誰かが緊張のあまり生唾を飲み込む音が聞こえた。違いますよー、そんな切迫したシーンじゃありませんよー。

 人ごみの中(舞台の中心)で、イオタ王女は堂々と胸を張り――まるで誓いを立てる騎士のような荘厳さを纏いながら、こう言い切った。





「あの時、あなた様が仰りたかったのは、即ち――俺が仕えるに相応しい(、、、、、、、、、、)女であることを証明して見せよと! このブローチを手にするだけの価値がある王女であることを見せつけよと! そういうことだったのですね!!」


「ちっがあああああああああああああああああああああうっ!!」





 ほら案の定だよ!!

 てかなんなのその俺様キャラは! いつから僕はそんな上から目線満載のオラオラな野郎になっちゃったの!?


「ツバキ、そなたなかなかに豪快な男だったのだのう……」


「わ、ワイルドつっきーだ…………あれ、それはそれで悪くないかも?」


「やだ、にーさん……妹を押し倒してどうするつもりなの……?」


 後ろの女性陣も変な反応してきてるし!!

 そして楓さんは何を全身くねくねさせながら妄想トリップしてるのさ! 押し倒して、ってなに!? 君の頭の中で越えちゃならない一線越えようとしてないかな!?

 そして満足げに鼻を鳴らすこのおバカプリンセスの頭を今すぐ引っぱたきたい! 暴力はダメだからやりゃしないけども!!


「そういうわけで、こうして椿さまの危機をお救いするべく、こうして戦装束にて参上仕ったのですわ」


「さぁてどこからツッコめばいいのやら……てかなんで僕の名前知ってるんですか。あの時名乗ってなかったですよね?」


 そう、おかしいのだ。

 あの時僕は名前を言ってもいなければ、個人情報に関わる物も何も出していなかったはず。確かに黄聖大学の新入生であることは分かっていただろうけど、まさかそれだけで部外者が生徒の情報を特定するなどと――


「そこはその、内々の手の者がありましたので、そこから……」


「そうだねいたね超絶身内のエトワルド教授(お兄様)がね!!」


 あの外道ティーチャー、生徒の情報横流ししやがった! 道理で昨日イオタ王女の脱走に関して思わせぶりな態度だったわけだよ!!

 あと王女様、恥ずかしげに人差し指の先を合わせてもじもじするような場面じゃないからね。権力使って一般人のプライベートかっ(さら)うのに恥じらい覚える前に、まず罪悪感を覚えるべきだろうに!!


「ええい、異世界の王族とはどいつもこいつも!!」


「にーさん、言葉づかい言葉づかい!!」


 両手で髪をぐしゃぐしゃする僕を、慌てた様子の楓がたしなめてくれた。

 あ、危ない危ない……怒りのあまりつい我を忘れてしまうところだったよ。


「時に椿さま……ひとつ、気になったのですが。そちらの魔族の方なのですが……」


「え、フルールのこと?」


 急に真面目な口調になったイオタ王女に――じゃあ今まで真面目じゃなかったのか、と問われると判断に困る――面食らった僕だったが、ここで彼女の口からフルールに関する重要情報が出たことにより場の空気が一変した。


「その方、もしや……魔王ではありませんか?」


そう簡単に好いた惚れたの領域にまでは持っていきません。

まだまだ、ここは恋愛シミュレーションゲームでいう共通パートですから。


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