プリンセス・スクランブル ③
今回でヒロイン格が全員出揃います。
こう言ってしまってはなんだが、黄聖市は割と田舎の都市である。
若者が集まる繁華街と呼べるような地域はごくごく僅かで、自然とその足は一ヵ所に集中することになる。
「煌びやかな照明、床や壁や天井がすべて真っ白、立ち並ぶ金銀財宝……な、なんなのだここは!? まさか秘密の宝物庫か!!」
「ただの百貨店だからいちいち騒がないの。他のお客さんに迷惑でしょ」
「す、すまぬー」
この街の玄関口である黄聖駅の隣に位置した百貨店に入るや否や、フルールがいきなり盛大な勘違いをしながら叫び出した。
とりあえずその勘違いを正してあげながら、でも初めて来たのであればそう思う気持ちも分からなくはないかな、とも思ってしまった。
10階建てのビルの中央は吹き抜けになっており、そこを取り囲むように有名ブランドの洋服やアクセサリ店が軒を連ねている。なるほど、『宝物庫』という表現もあながち間違いではないのかもしれない。
「ユウリィも初めて来た時、呆気にとられてたもんね」
「そりゃそうだよ。こんなにおっきくて高いお家なんて見たことなかったし、あっちもこっちもキラキラしたものばっかりだったもん。王様のお城かと思ったくらいだし!!」
カルチャーショック、というよりは文明レベルの格差に驚いているのかな。
フルールやユウリィにとって、この世界に当たり前のようにあるものは、どれもが未知の技術で作られた未知の存在。自分たちの世界にいた限りは決して見ることのできなかった、遥か未来の光景なのだから。
気分は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公だろうか。
通り過ぎた過去の光景に驚くことはないだろうけど、未だ知らぬ未来の街並みは想像もつかない。僕だって、空飛ぶスケートボードやタイムマシンができたらそりゃあびっくりするとも。
よくよく考えると結構面白いテーマかもしれない。エトワルド教授に提出するレポートの議題にしようかな。
「にーさん、これからどうするの?」
おっと、そうだった。今日はフルールのお買い物に来ていたことをすっかり忘れていた。
ええと……ベッドや机などの家具一式は備え付けの物があるから必要ないだろうし、あとは衣類とか消耗品だね。ずっと楓のお古を貸してあげるわけにもいかないだろうし。
「それでは、二手に別れるとしましょう。ユウリィさんとフルールさんで服を選んで、私とにーさんで消耗品の買い出しということで」
「意義あり! 意義あーり!!」
「そーだ、我もその組分けには納得いかぬぞ!!」
場を仕切ろうとした妹の決定に、フルールとユウリィから強烈な批難が入る。どうやらさっきのチーム決めが気にくわないようだ。
「我の服を、こんなちんちくりんに見繕わせるなど納得いかぬわ! 女は男に見られて輝くもの……ツバキ! そなたが我の服を選ぶのだ!!」
「ユウリィも新しいシャンプーとか歯ブラシとか欲しいから買い出し行きたい! たくさん買うだろうから、ここは男手のつっきーに手伝ってもらうよ!!」
誰一人として意見が揃わなかった。
さあ、なんとなく予想はしていたがこれは荒れそうである。
「居候とローストチキン風情がしゃしゃり出やがって……」
「楓、小声で毒吐かないの」
明後日の方向を向いてぼそっと刺激的な発言をする妹が心底怖かった。あとユウリィのことを本気で(そのままの意味で)料理しようとしやしないか、かなり心配になってきた。
3人の乙女たちは互いの額をガツッとぶつけ合いながら睨み合いの体勢に入った。
さて、これはまずい展開になってきた。なぜかって……
「ここは公平に第三者に決めてもらうとしましょうか」
「誰になっても恨みっこなしだよ」
「ふんっ! 結果は分かり切っておるが、まあよい。そなたらとの格の違いを見せてやろう」
ちょっと血走った3対の瞳が、一斉に僕の方へ向けられた。
ほら来たよ、この展開!
多くの人が行き交うデパートの中央広場のど真ん中で、僕たちはいったい何をやっているんだろう?
周りの視線がものすごく痛い。
3人とも押しも押されぬ美少女揃い。そんな子たちが一斉に、自分を選べと迫ってきているこの状況。
羨ましいと思うかい? 僕はストレスで胃に穴が開きそうだよ。
「ねぇ、みんなで一緒に片方ずつ回るっていうのは」
「「「ダメ」」」
「ですよねー。って、そんな時に限ってみんなぴったりと息が揃うのはどうしてだろう?」
ずいずいと僕の方へにじり寄ってくる少女たち。
どうしよう――きっと誰を選んでも結末は変わらないんだと思う。この場で破壊活動を始める人が変わるだけで。
やれ周りの野次馬からは「はっきりしろよ軟弱者!」「女の子を3人一緒に弄ぶだなんて……鬼畜よ鬼畜」「リア充爆ぜろ」などと無責任なヤジが飛んでくるが、そんなところに突っ立てていいのかい? もうすぐここが地獄絵図に変わるかもしれないんだよ? てか逃げて!!
「ツバキ!!」
「つっきー!!」
「にーさん!!」
もうこれ以上は先延ばしにできそうにない。
畜生、どうしろって言うんだよ! 誰か……誰か助けてえええええっ!!
「お待ちなさいっ!!」
突如、頭上から聞こえてきた女性の声に僕らは揃って動きを止めた。
まさか、僕の助けを求める心の叫びが届いたとでも言うのか!?
「そこな魔族と有翼人! 罪もない人の子をよってたかってなぶり者にしようなどと……天が許してもこのわたくしが――――」
思わずあれ? と首を傾げる。
なんだかすごく格好いい口上を述べているのは分かる、分かるのだが……僕らがいるのは建物の1階で、声の主は建物の最上階である10階から大声で啖呵を切っているようようで。
要するに、
「あのーっ! すいませーんっ! 声が遠すぎて後半からよく聞こえないんですけどーっ!!」
「ええっ!? も、申し訳ございませーんっ!!」
距離がありすぎてまともに聞き取れやしない!!
声の方に視線を向ける。10階のエスカレーター近くの手すりから身を乗り出している金髪の女性、というまでは何とか分かったが、遠すぎてほとんど豆粒にしか見えない。フルールたちも反応に困って、どうしたらいいのやら手持ち無沙汰になってしまっていた。
「あ、あなたは百貨店のスタッフ様でしょうか? ……まあ、こちらをお貸しいただけるのですか! おお、神よ。このお導きに感謝致します――」
上の階で女性と別の誰かが話しているようだけど……多分ここの店員さんだろうか。
あ、店員さんが離れていった。残った女性の手には何か黄色い物体が握られていた。
『きーーこーーえーーまーーすーーかーーーーっ!!』
「ぎいやあああああああああああああっ!?」
あ、あれはメガホンだ! しかも館内放送に繋がってるタイプと知らずに全力で叫んだものだから、店内中のスピーカーから大音響の酷い音割れがあああああっ!?
店の中にいるすべての人間が一斉に耳を押さえて蹲るという大層シュールな光景に、金髪の女性は両手をわたわたとさせて慌てている様子だった。
もういいからさっさと降りてこいよ――そらく、今この店内にいるすべての人間がそう思ったことだろう。女性もその無言のプレッシャーに気付いたのか、手すりから離れて姿を消していた。
「いったいなんだったのだ、今の奴は……」
「うう、まだ耳がキーンッてする……」
僕に襲い掛かってると勘違いされたフルールとユウリィは、未だにさっきの大音量のダメージが残っているようで、耳を押さえて渋い顔をしていた。
おそらく、しばらく待てばあの謎の女性がこっちにやってくるのだろう。いっそ彼女が来る前にこのまま帰ってやろうかとも思ったが、
「にーさん、今の女の人なんだけど」
「楓も気付いた? さっきの姿と声……どこかで覚えがあるんだよなぁ」
たぶん、僕はあの女性のことを知っている。
それに聞き覚えのあるあの声、それもほんの最近聞いたことがあったような――と、考えに耽っている間にやってきたようだ。
「ぜぇ、ぜぇ……お、お待たせいたしました」
観客をかき分け現れたその女性に対して、さて僕はなんと声をかければ……というか何てツッコミを入れればいいのか思い浮かばなかった。
まずはその格好だ。
遠目からでは上下ともに白い服にしか見えなかったが、どうやらそもそも服ですらなかった。その表面は、照明の光を反射して鏡のようにキラリと輝き、龍を象った金色の紋章が猛々しい印象を与えていた。というか鎧だった。
そして右手に引き摺っていた大きくて長い物体。
これまた見事な純白の鋼で構成された、全長は僕の身長と同じくらいあるであろう取っ手の付いた円錐状の――槍だ。馬上で騎士が使う突撃槍って分類だったっけ?
まさかの全身鋼鉄での着こなしという、ファッション通も裸足で逃げ出す佇まいに、誰もが唖然とした。
白馬にでも跨れば完璧な騎士様の完成だっただろう。
「あの、ここは遊園地のパレードでもなければヒーローショーの舞台でもありませんので、もうちょっとTPO(時と場所と場合)を考えていただきたいんですが……」
「そ、そんな!? このわたくしに騎士の誇りであるこの槍と鎧を手放せと仰るのですか!!」
「周囲から変人扱いされるような誇りなどドブに捨ててしまえ」
彼女の正体がはっきりと分かった時点で、僕は彼女に対して一片の容赦もない言葉の暴力を投げつけた。
あー、道理で声に聞き覚えがあったわけだよ。毎日のようにテレビで聞いてたんだから。
彼女の容姿は、百人いれば百人全員が間違いなく振り向くであろう。好奇の目で。
いや、首から下の完全武装を抜きにしてもそうなるかもしれない。
どんな宝石よりも煌びやかに輝く金の髪、吸い込まれるようで目が離せなくなる蒼の瞳。その微笑みはあらゆる男性を一撃で骨抜きにしてしまいかねないほどの、絶世の美女。
だが、そんな女神のような女性を前にして、僕の心は極限まで冷え切っていた。
「このイオタ=セイル=ルーンガルド――椿さまの窮地にただいま馳せ参じました!!」
「むしろ今あなたのせいで窮地に陥っているのですがどうしてくれるんですか?」
救世の女神。
2つの世界の繋ぎ手。
ルーンガルド王国第一王女。
おそらく《クリステラ》で最も有名な女性であろう彼女を指す言葉は、どれも称賛と羨望をもって彼女を彩るものだろう。
だが、僕にとってはまるで意味を為さない言葉ばかりだ。
「しょ、しょんなあっ!? せっかくお会いできましたのにあんまりなお言葉ですうっ!?」
「僕はこんなところで会いたくありませんでしたよ……ええい寄るな引っ付くな鎧が当たって痛い痛い痛い!!」
イオタ=セイル=ルーンガルド。
かつて地球と《クリステラ》の絆を紡いだ、美しき救世主は――ただのアホだった。
イオタ含め、タグにある通りヒロインは誰もがチート級の強さを持っていますが、もうひとつのタグ通りまともに戦うことはしません。むしろそのチートをすべてコメディ時空により台無しにするのが本作の醍醐味です。