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この子どこの子魔界の子 ③

《クリステラ》の世界観は、本当にテンプレな剣と魔法のファンタジー世界を想像してもらえれば大丈夫です。


「ふむ……この魔素(オド)の濃さといい、彼女はおそらく魔族(ディアボロ)だな。それもかなり高位に位置する存在のようだ」


「魔族、ですか」


 フルールの記憶を取り戻す手がかりを求めて僕たちが最初に訪ねたのは、この大学の中でも特に《クリステラ》独自の文化や技術に詳しい教授のもとだった。

 ひとりで輝いているかのような眩しい金の髪、吸い込まれそうな蒼の瞳、端正な甘い面構え(マスク)。高級そうな椅子に座り込み長い脚を組む佇まいがいちいち様になっていた。

 嫌みを通り越してもう諦めの感情しかでてこないほどのイケメン中のイケメン――俳優やアイドルの方がよっぽど向いてそうなエトワルド=セイル=ルーンガルド教授の見解を聞いて、僕は遠慮がちに手を挙げた。


「魔族の中でも高位のものって言うと……魔界貴族(ノーブルブラッド)のことでしょうか?」


「入学からまだひと月だというのに中々に博学だな、世良一回生。彼女から放出されている魔素の量を考えれば、半端な血統ではあるまい」


 魔界貴族(ノーブルブラッド)とは、《クリステラ》に暮らす魔族(ディアボロ)という種族の中でも、特に力の強い血筋の家系を指すのだそうだ。

 僕は、なぜか用意されたパイプ椅子には目もくれず、僕の膝の上にちょこんと腰を下ろしたフルールに視線を向けた。


「かりかりかりかりかりかり……」


 ねぇフルール。今君のことで大事な話をしているのに、当の本人が話そっちのけでお茶請けのクッキーを貪り食うのはどうかなって思うんだ。やっぱりさっきのお弁当では足りなかったんだね。


「“アストライアゲート”の税関に問い合わせてみたが、ここ最近でこちら側の世界にやってきた魔族は確認されていない。一応ゲートの開通から現在までの渡航者履歴をすべて洗わせるつもりだが……」


「お願いします。今は少しでもこの子に繋がる情報が欲しいんです」


 2つの世界を繋ぐ“アストライアゲート”の管理システムに物申せるエトワルド教授は、何を隠そう大国ルーンガルド王国の第一王子なのである。昨日テレビに出ていたイオタ王女のお兄さんなのだ。

 なんでそんなやんごとない身分の方が大学教授なんてやっているのかと疑問にも思うが、


「私は現場主義の人間でね。城の椅子にふんぞり返って無能な部下の報告を待つなど性に合わんのでな」


 つまり、市勢に溶け込んで自分の目で直接こちら側の世界のことを知りたかった、ということらしい。イオタ王女といいこの人といい、あちらの王族は皆アグレッシヴな人ばかりなのだろうか。

 話を戻そう。


「私も立場上、それなりに魔界貴族(ノーブルブラッド)のお歴々と顔を合わせてはきたが、彼女の顔に見覚えはないな。そのような真紅の髪は印象的だしな、一目見たら記憶の片隅くらいには残っていそうなものだ」


 エトワルド教授はデスクに頬杖をつき、未だクッキー天国から帰ってこないフルールの綺麗な赤髪を眺めながらそう言った。

 ってこらフルール! 人様の部屋で食べかすポロポロこぼすんじゃありません!!


「ふぁれふぉふぉふぁれひはひははふひはんは!!(我もお前みたいな奴知らんわ!!)」


「フルール、教授に向かってそんな口のきき方しちゃダメでしょ。君のために協力してくださってるんだから」


「彼女の正体より、どうやって君がさっきの声を聞き取れたかの方が気になるのだが……」


 なぜか教授から珍生物を見るような目で見られてしまった。

 そういえば、この部屋に入ってからフルールはやけに教授に敵意剥き出しな視線を浴びせ掛けているような気がする。

 ちょっと気になったので聞いてみると、


「ふぉふふぁふぁふぁんふぁ、ふぃへふふぉふぁんふぁふはふふふぉふぁ(よく分からんが、見てるとなんかムカつくのだ)」


「何となくで人を嫌いになるのはあまり褒められたことじゃないけど……なんだろう、相性みたいなものなのかな? あと僕から話を振っといて何だけど、食べるか喋るかどっちかにしてね」


「……むしゃむしゃむしゃむしゃ」


「あ、食べる方(そっち)に行っちゃうんだ」


 再びクッキーむしゃむしゃに集中し出した食いしん坊ガールは放っておいて、改めて教授の見解を聞いてみた。


「もしかすると、かつて世界を震撼させたという『魔王』に連なる者かもしれんな。私の一族も、元を正せば『勇者』などと揶揄(やゆ)された血統であるし、魔王が勇者を本能的に嫌うと考えれば納得できる」


「そんな無茶苦茶な……」


 論理的なのかこじつけなのかよく分からない教授の推測に、僕は反応に困ってしまう。苦笑しながらこちらを見ているところから、どうやら冗談だったようだ。

 ひとまず、ここで得られる情報はこれくらいか。フルールのこと、もう何人かには聞いてみたいし、そろそろお暇させてもらおうかな。


「そういえば世良一回生。最近うちの愚妹には会ったか?」


「イオタ王女とですか? いえ……ここの入学式の時にお会いしたきりですね。どうかされたんですか?」


 立ち上がろうとした矢先に、教授からまったく関係のない話が飛んできた。

 どうしてここでイオタ王女の話が出てくるんだろう? そんな疑問が顔に出ていたのか、教授は頭を押さえながら重い溜息を吐き出した。


「あれのことなんだがな…………逃げた」


「はい? 逃げた?」


「ぽりぽり……ん? おい、もうクッキーがないぞ! おかわりはどこだー!!」


 僕の膝の上で、更なる食べ物を求めて暴れ出そうとするフルールの肩を押さえ付けながら、どういうことかと聞いてみた。

 どうやらイオタ王女、テレビ撮影や数々の公務が控えているにも関わらず、誰にも言わずに姿を消したらしい。いなくなったのは今日の正午過ぎだそうだから――僕がフルールを見つけた時くらいか。


「これは私の勝手な憶測でしかないが……おそらく世良一回生、今回の脱走には君が関わっている可能性が高いと見ている」


「えええ!?」


 教授の人差し指がピッと僕の眉間に向けられた。人に指差すのはマナー違反だが、教授のこんな何気ない仕草でもいちいちキマってた(、、、、、)ものだから、ツッコむ言葉も出なかった。

 でもどうして僕なんかが?

 どこにでもいるただの一般人が、世界の救世主とも呼ばれるルーンガルドの王女様と紐付けられるなんて心当たりは――――いや、まさかね。

 まさか、あんな程度で(、、、、、、)お姫様に目を付けられるなんてことはないだろうし、ましてやそれが今回の脱走に繋がっているわけなんてないない。


「ひとまず忠告はしたぞ、あとは君次第だ。まあ……あれの不始末で何か被害を被ったなら私のところへ来るがいい。可能な限りの支援はしよう」


「あの……不始末とか被害とか、なんでそんな物騒な単語が出てくるんですか?」


 僕の呟きに答えることなく、教授はくるりと背を向けた。これ以上は何も答えるつもりはない、ということらしい。

 どうやら、僕は知らず知らずの内にフルール以外にも爆弾を抱えてしまったようだ。







「よく分からんがそんなにビクビクするものではないぞ! そのイオタとやらが襲い掛かってきたとしても、我が指先ひとつで蹴散らしてくれよう!!」


「指一本でどうやって蹴散らすのかとても興味があるし、別に襲ってくるわけでもないんだけど……ともかくありがとう、フルール」


 エトワルド教授の部屋を後にし、僕らは次の目的地に向かって構内の廊下を進んでいた。

 次に訪ねるのはこの大学の学長の所だ。

 実はフルールが外来のお客様で、ここに招待されて来ていた可能性を見越してのことだった。

 今は15時を周ったところで、第三講義(13:30~15:00)が終わって教室からぞろぞろと生徒達が出てきているところだった。

 と、正面の教室から出てきた中に見覚えのある背中、というか翼を見つけた。


「ユウリィ!!」


 昨日の晩ぶりに再会したフライドチキン――もとい、ユウリィさんだった。

 僕のかけ声に、翠色の髪の少女はぴくっと純白の翼を持ち上げながらこちらを振り向いた。


「つ、つっきー!? あわわわわ……まさか、今日こそユウリィをカラっと美味しく油で揚げるためにここまで追いかけてきたの!?」


「いつまで昨日の件を引き摺ってるのさ。というか僕は別に何もやってないでしょうに」


 いちいち食欲をそそるボケをかまして逃げ出そうとする手羽先少女に、僕は淡々とツッコミを入れながらその手を捕まえた。

 食べたりしないから大丈夫。僕はどちらかというと魚介類の方が好き。そんな説得を懇々と続けて――ようやく納得してくれたようだった。


「しばらくは、つっきーが食事当番お願いね。しばらくかえちゃんが台所立つところは見たくないの……」


「まさかそこまでトラウマになろうとは。……まあ、目の前で嬉々として包丁砥いでる姿見せられたらそうもなるか」


 涙ながらのユウリィの懇願を承諾したところで、僕の背中をちょんちょんと突っついてきたフルールの存在をようやく思い出した。

 せっかくだ、ここはユウリィにも手伝ってもらうことにしよう。彼女に簡単に経緯を説明した結果、


「ふんっ! 鳥類ごときの手を借りるほど我は落ちぶれてなどおらんわ!!」


「クケーッ! こんの偉そうに、迷子のくせにいったい何様だーっ!!」


 子供の喧嘩が勃発した。

 何が2人を駆り立てたのか、目が合うなり罵詈雑言の浴びせあいで、いつ取っ組み合いの殴り合いになるのか予想できなかった。


「鳥類が嫌ならまな板だーっ! やーい、ぺたんこの幼児体型~」


「ペタッ!? くそー、人が気にしているところをこうもグサグサと突き刺してくるだなんて……お、おたんこなすー! まぬけー!!」


 やだユウリィさん、悪口が可愛らしすぎる……!!

 今まで人の悪口なんて言ったことがなかったんだろう、彼女の純粋さがよく表れた瞬間だった。

 さて、いい加減に止めに入ろう。

 フルールと会ってからこっち、まるで小学生の面倒を見る先生のような気分だった。


「はいはいふたりともそこまで。周りの迷惑になるからこれ以上騒がないの」


「いーや止めてくれるなツバキ! このような輩には最初の時点でしっかりと力の差というものを見せつけておかねばならぬ!!」


「そうだよ、このまま引き下がれるわけないじゃない! こんな我が儘放題のガキンチョにはきっついお灸を据えてあげないと!!」


 間に入って手で制しようとしたのだが、フルールもユウリィも一歩も退くつもりはないようだ。

 意味も分からず騒ぎ出して、周囲にいる人の迷惑も顧みず暴れようとしている――うん、これはいけない。


「もう一回だけ言うね? やめなさい」


「断る! 我の中にある何かが叫んでいるのだ、力を見せるは今この時だと!!」


「有翼人の誇りにかけて、受けた屈辱は晴らさなきゃならないの!!」


 まったく、本当に聞き分けのない子達なんだから。





やめろ(、、、)





 ちょっぴり(、、、、、)強めの口調で言ったら、ようやく騒ぐのをやめてくれた。

 最初からこれくらい聞き分けがよかったら何も言わないんだけどなぁ。

 あれ、ふたりともどうしたの? そんな血の気が失せたような顔でこっち見て。


「な、なんじゃ今の……心臓が握り潰されたかと思うたぞ……」


「ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる」


 ユウリィに至っては途端に全身を小刻みに震わせ始めたし。もうすぐ夏だっていうのに、風邪かな?

 気付けば、辺りを囲んでいた観客(ギャラリー)達も軒並み黙り込んでいた。いきなり空間から音が消えちゃった感じになって今更ながらに驚いた。


「それじゃあ気を取り直して行くよ。ふたりとも、もう喧嘩しないようにね」


「だ、大丈夫だぞ! さっきのはじゃれ合いみたいなものだったから! 我ら、とっても仲良しだから!!」


「ね、ねー! ほら肩だって組んじゃうよ!!」


 いきなりスクラムを組んで仲良しアピールし出したところを見ると、お互いに打ち解けられたようだ。

 うんうん、仲良きことは美しきかな。

話を一区切りさせたらアルクリアの方も再開しますんで!


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