この子どこの子魔界の子 ②
ギャップ萌えってすばらしい文化だと思うの。
「ふぅ……急ぎ過ぎちゃったかな」
先程の騒動で遅れた分を取り戻そうと、ハイペースで走り続けてしまったせいで随分と早く大学に到着してしまった。
まだ1時限目の講義までかなり時間の余裕がある。どこかで時間を潰そうかと思っていると、まばらに行き交う学生たちの中に見知った姿を発見した。
黒のライダースジャケットに履き古したジーンズ、ヘルメットを右手に抱えている後ろ姿。バイク通学していることをありありと示すような粗野な格好だった。
ともすれば周りに威圧感を与えかねない格好の彼女に向かって、僕は一切の躊躇いなく大声で呼びかけた。
「せんぱーいっ! 晴流せんぱーい!!」
「あん? いきなり私を呼びつけるたぁどこのどいつ――――って椿か。び、びっくりさせないでよぉ……」
振り向いたライダー姿の女性は、知りあってから随分と経つ今でも思わず見惚れてしまうほどの絶世の美女だった。
僕の一個上、黄聖大学二回生である孔雀院晴流先輩だ。
腰まで伸びた長くて綺麗な黒髪。ぴっちりとしたサイズのライダースジャケットとジーンズをぐいぐいと押し上げるように、自己主張の激しい大層ご立派なボディラインが映し出されていた。
並の男ならこれだけでKO確実な姿だったが、割と耐性ができつつあった僕は特に表情に出すこともなく淡々とツッコミを入れた。
「先輩、地が出てます」
「っ!? げ、げふん、げふんげふん! ……な、なんだ椿か、びっくりさせんじゃねぇよ」
「別にやり直しを要求したわけではないのですが」
そんなクールでワイルド、『格好いい大人の女』な外見の彼女だが、実はちょっとした秘密がある。
秘密と言っても、さっきのやり取りで大よそお察しいただけたとは思うけど――僕の指摘にうっとたじろいだ先輩は、周りの視線をびくびくと気にしながら、僕の耳元に顔を近付けてきた。
「だ、だって……いきなり人前で声をかけられたら誰だってびっくりしちゃうじゃない。わたしも身構える準備ができてなかったんだもん」
「そんなこと言ったら先輩、あなた誰からも声かけられなくなっちゃいますよ。それじゃあ何ですか? 今から声かけますよーって予め申告しておけばいいんですか? 呼ばれたこと自体にびっくりしてるのに本末転倒でしょうが」
「ふええ……そんなに怒らないでよぉ……」
強面だけど、実はとっても気の弱いお人なのだ。まるで狼の皮を被ったチワワである。
しかしこの状況、色んな意味で人前で繰り広げるのはまずい。外から見たら先輩が僕に絡んでいるように見えるだろうが、実際は完全に僕が先輩を泣かそうとしているのだから、ややこしいことこの上ない。
クールなお顔をぐずぐずに崩し、今にも泣き出しそうな先輩の手を引いて、僕は人のいない静かな場所を探すことにした。
「落ち着きましたか?」
「うん、だいじょうぶ~。……じゃなくて、おう、助かったぜ」
「もういいですから普段通りにしてくださいよ」
まだ朝早くということもあり、構内の中庭は人もまばらだ。
手近なベンチに隣り合って座り、僕と先輩はようやく人心地つくことができた。
僕はいつも愛用している大きめのショルダーバッグから水筒を取り出し、手作りのお茶を注いで先輩に差し出した。
「わ、ありがとー。椿くんのお茶って美味しいから大好きなんだー」
お茶を注いだ水筒のコップを両手で捧げ持ちちびちびと飲み干す様は、やはりワイルドさからはかけ離れており、むしろ小動物っぽい印象しか与えない。かわいいから僕的には全然OKだが。
それにしても――先輩の誰の目から見ても明らかだが、先輩の『キャラ作り』は完全に座礁してしまっていた。
「やっぱり先輩には不良キャラなんて無理だったんですよ。何事も自然体の方がいいってことです」
「わ、わたしだって好きでこんなことやってるんじゃないんだもん。お父様から一人前って認められるには、ひとりで何でもできることを見せつけなきゃ」
「うーん……何だか色々履き違えているようにしか見えないんだよなぁ……」
長身のクール系美人が「だもん」口調という凄まじいギャップに頬をひくつかせながらも、僕は方向性を間違った先輩の意地を正そうと言葉を続けた。
「そんなにご実家が嫌なんですか? ひとりで飛び出してきちゃうくらいに」
「……嫌、というのはちょっと違うかも。ただ、今のままじゃいけないって思っただけなんだよ」
僕が孔雀院晴流という女性と出会ったのは、かれこれ3年ほど前。同じ高校の先輩だった彼女の第一印象は、いわば『籠の鳥』だった。
孔雀院財閥というもの凄い名家のご令嬢で、その柔らかな物腰と楚々とした佇まいは、まるで絵本や童話から現れたお姫様のようだった。
ひょんな縁があって僕は先輩と親しくなったのだけれど、当時の先輩は今の環境にどこか息苦しさを感じていたようで。
「わたしはね、『孔雀院晴流』って名前の人形に過ぎないんだよ。お父様から言われた通りのことをして、言われた通りに生きて。今まで一度たりとも、私は私自身の意志で何かを決めたことなんてなかった。だからきっと、今のわたしは、わたしじゃない」
そんなことを言い出したものだから、僕はちょっとしたアドバイスのつもりで――ええと、なんて言ったんだっけ。
あまり覚えていないが、ともかく僕の一言がきっかけになったらしく、先輩は高校卒業を期にひとり暮らし――というか家出を決意してしまったのだ。
「椿くん。わたし、頑張るよ。あの時、あなたが言ってくれた言葉が、わたしに勇気を与えてくれたから」
「そ、そう、ですか……」
小さく握りこぶしを作って頑張るアピールをする先輩に、僕はかける言葉が出てこなかった。
その勇気を与えるきっかけとなった言葉を、当の僕自身が忘れてしまっているという申し訳なさ。
そして、良くも悪くも彼女の人生を大きく変えてしまったであろう責任か。
そもそも僕がこの黄聖大学を受験した理由のひとつは、その責任も兼ねて彼女に付いていこうと考えたからなのである。
お茶を飲みきった先輩は、僕にコップを手渡すと同時に立ち上がり、手を伸ばしてきた。
「んんっ! ……よし、行こうぜ椿。早くしないと講義に遅れちまうぜ!!」
「やっぱり、何かが間違ってる気がするんだよなぁ……」
遅れてきた反抗期みたいな印象しか与えない口調に戻った先輩に思わず苦笑してしまった。
差し出された手を取り、僕も立ち上がる。繋いだ先輩の手は少しひんやりとして、柔らかかった。
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晴流先輩と別れ、僕は午前の講義に集中していた。
僕がこの大学を受験した本来の理由は、世界広しと言えどこの大学でしか学べないことがあったからだ。
「《クリステラ》に生まれた生命体には、等しく『聖接器官』という器官が存在している。人間であれば脳、植物であればおおよその場合は根っこの部分などにだ。ただ生命活動を維持するだけなら不要な器官なのだが、人々はこの『聖接器官』を用いて、世界に満ちた魔素を操る術を身に付けた。それが皆も知る『魔法』というものの正体だ」
それは異世界の知識や技術。
この黄聖大学は、地球と《クリステラ》双方の文化を共有することができる、現時点では世界唯一の学び舎なのだ。
あちら側の世界の文化水準は、地球でいうとおよそ中世ヨーロッパくらいのものらしい。そのため技術の発展という意味では、総じて地球の方が二歩も三歩も進んでいることになる。
だが、地球になくて《クリステラ》にあるもの――それが今の講義で語られている『魔法』の存在である。魔法工学とも呼ぶべき異世界独自の技術体系は、こちらの世界の科学者たちもどうにかして取り入れられないかと躍起になっているが、その実分析は遅々として進んでいないという。
空飛ぶ靴や、自分の姿を別人に変えられる不思議な鏡。
幻想の世界がそのまま現実となって飛び出してきたという、改めて思えばとんでもない環境に、我らが地球の人々は何から手を付けたらいいのか迷ってしまっているのだ。
かく言う僕もそのひとり。
オンラインRPGを始めたばかりで、どんな職業にしようか、どんな魔法を使おうか、どんな武器を買おうかと考えてばかりで決められない心境に似ていた。
(それでも、前に進まないとね……『あの子』に少しでも近付くためにも)
目指すべきゴールは明確でも、そこに至るまでの道程は真っ暗だ。けれど、進むべき道が分からないなら、手当たり次第に進んでいくしかない。
今はただ、がむしゃらに知識を吸収することだけに注力し、僕はボールペンを握る手に力を込めた。
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頭がくらくらする。どうやら過分な頭脳労働により、脳にエネルギーが足りなくなったようだ。
これは昼休みの内にしっかりエネルギーを補給し、午後の講義に挑まなければ。
今日はお弁当を作ってきているし、手近なところでさっと食べてしまおうと思ったが、
(と言ってもひとりは侘しいし。どうせならユウリィと先輩を誘おうかな)
移動時間も考慮すると普段はあまり食事に時間をかけられないが、今日の午後の講義はすぐ近くの講堂だ。ユウリィも先輩も次は僕と同じ講義を取っているので、昼食も合わせて一緒に行動するのもいいだろう。
2人とも目立つ外見だからすぐに見つかるだろう、と辺りを探しながら歩いていると、
「…………さて、これはどうしたものだろう」
道端に女の子が倒れていた。
どうして誰も声をかけないのかとも思ったが、ここまで清々しいくらいに、堂々と、構内のど真ん中の通路で倒れているのを見ると、何かのドッキリかのようにしか見えない。
きっとうつぶせに倒れている女の子が振り向いたら鬼のお面とか被ってて、びっくり仰天してひっくり返ったところで「ドッキリ大成功!!」なんてプラカードがどこからともなく出てくる展開に違いない。……誰だい発想が古いって言った人は。
「といっても、放ってはおけないよね……」
「きっと誰かが助けてくれる」という発想は、現代人の悪癖だと僕は思う。
ドッキリの可能性も捨てきれないけど、この子が今にも死にそうで助けを求めている可能性だってあるのだ。意を決して僕は少女の傍らにしゃがみ込む。
少女は変わった外見をしていた。
燃える炎を彩ったような赤い髪。遠巻きに見た時は全身黒の服なのかと思ったが、どうやら黒いマントだったようだ。
「あの……大丈夫ですか?」
あまり強い刺激を与えないよう配慮しながら、僕はほんの軽く少女の肩を揺らす。そのせいか、少女はころりと半回転し仰向けに転がった。
――少女の顔が露わになった瞬間、僕の心臓は鷲掴みにされてしまった。
意志の強さを象ったかのような切れ目の眉。
新雪を思わせる純白の肌。
紅宝玉を溶かして作ったかのような、灼熱色に輝く長い髪。
「ん……うぅん……」
小さな呻き声をあげて形を変える桜色の薄い唇が、何とも艶めかしかった。
歳は15.6くらいだろうか。少女と大人の中間のような、可愛さと美しさが同居した奇跡的なバランスだった。
(……って見惚れてる場合じゃないよ。怪我はないようだけど、いったいなにが)
白地のシャツとチェックのミニスカート、黒のニーソックスと頭から足下までざっと見渡すが(怪我を確認しただけ。他意はない。ホントにないよ!)外傷は見当たらない。
だが苦しげな表情を消さない赤髪の少女を見る限り、原因は別にありそうだ。
「しっかりしてください! 救急車呼びましょうか!!」
病気なのか、一時的な体調不良なのか。原因が分からないことには迂闊に騒ぎを広げるのも憚られた。
あと何度か声をかけ、反応が無ければ保健室に連れて行こうとしたと僕が判断した時、
――ぐぎゅうううううううううううっ。
「お……お腹、すいた……」
「百年の恋も冷める」だなんて言葉を聞いたことがあるけれど、今の僕の心境がまさにそれだ。
ミステリアスな魅力を秘めた、僕の心を掴んで離さない赤髪の美女は。
「僕のお弁当、食べる?」
「まことかっ!!??」
僕のこの一言で弾かれたように、涎を垂らしながら起き上がったその少女は。
この瞬間、僕の中でただの餌付け対象と成り下がった。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐっ! うむ、美味いっ!!」
今日のお昼ご飯は諦めることに決定した。
中庭にあるベンチに座り、掃除機みたいな勢いでご飯をかきこんでいく姿を見ていたら、絶対に僕の分など残りはしないと確信できた。
僕もそれなりに食べる方なので、お弁当は割と多めの量を作っていたのだけれど……この子、ものの5分でほとんど平らげてしまった。
楓にも同じものを渡しているが、今回のお弁当は割と自信作だったのだ。
今彼女が一口でぱっくんしたのは、冷めても美味しいと(世良家では)もっぱらの評判である、しっとり衣のエビフライだ。
「ああもう、口の周りにソース付いてる。じっとしててね」
「ふむ、ほひひはははへ(うむ、よきにはからえ)」
慌ててがっついていたものだから、少女の口元は食べかすやら黒いソースやらでベッタベタだった。僕は持っていたハンカチで優しく口を拭ってやる。
お礼もそこそこに、再びご飯の海へと突入していく腹ペコ少女。お行儀はあまり良くないかもしれないが、ここまで美味しそうに食べてくれるのであれば、作り手としては嬉しいものだ。
がっつがっつと豪快に咀嚼し、まるごと飲み込んだところを見計らって、僕は隣からそっと水筒のお茶を出してやった。
「くぴくぴくぴ……ぷっはあ!!」
少女は勢いよくお茶を飲み干して、大層心地よさそうに唸った。そして米の一粒も残さず、驚くほど綺麗に中身を平らげた弁当箱を返してくるのと一緒に深々と頭を下げてきた。
「いやぁ、大変美味であったぞ。素晴らしき恵みを与えてくれたことに感謝する! どこの誰かは知らぬが、そなたは我の命の恩人だっ!!」
「どういたしまして。お口に合ったようでよかったよ」
僕の昼食抜きという哀れな犠牲はあったものの、こうも満面の笑みで感謝されると、そんなことなど些細なことに思えてくる。
さて、彼女も落ち着いたことだろうし、次の講義に行かなくちゃ。
「次は倒れる前にしっかり食べるんだよ? それじゃあ僕はこれで――」
「む、待て待て待て! そなた、我を放ってどこへ行くつもりかー!!」
赤髪の少女はベンチから立ち上ろうとした僕の服の裾を思い切り引っ張って、無理矢理にまた座らせた。
なんだいなんだい、これ以上はもう食べるものは持ってないよ?
「悪いけど食べるものはこれきりなんだ。足りないなら今度は自分で買ってきなさいね」
「違わい! いくら我でも命の恩人にそこまでたかる気などないわ! というかその、お母さんが小さな子供に言い聞かせるような口振りをやめんか!!」
どうやらそこまで食い意地が張っていたわけではないようだ。猫みたいに髪を逆立てて、わたし怒ってますアピールをしてくる少女の言い分は、
「この一飯の恩義、返す前に立ち去ろうとはなにごとか! 我を恩知らずの冷血女に仕立て上げたいのか!!」
「え、ええと……」
つまり、ご飯をくれた恩返しをしたいそうだ。今時珍しい、義理堅い性格の持ち主だった。
しかしお弁当のひとつくらいでそこまで大袈裟にならなくても、とも思う。そもそも僕が勝手に助けて勝手に餌付け――もとい、ご飯を分けてあげたのだし、別に感謝や見返りを求めていたわけでもない。
というより、このままだと講義に遅れてしまいそうなので、恩返しどうこうよりむしろこの手を離してくれた方がよっぽど嬉しいのだけれど。
「だったら次の講義が終わったあとにでも聞くよ。君だって受けなきゃならない講義があるんじゃないの? それとも今日はもう終わりなのかな?」
「ん? なんだその、コーギ、というものは?」
……いや、待て。
今の今まで完全に失念していたのだが、この子は誰だ?
大学生にしては少々子供っぽさが強い気がするし、講義というものをまるで知らない発言。少なくともこの時点で、ここの学生でないことははっきりしていた。
外見からして日本人とも思えない。おそらく《クリステラ》側の住人なのだろうけど……
「もしかして……迷子?」
「はっ、この我を迷子扱いとはなかなかに肝が据わった男だ…………って、あれ、ええと、ここは?」
ふんぞり返って偉そうな態度から一転、異様な量の冷や汗を顔からダラダラと流し始めた謎の少女。
これは迷子コース確定だろうか。
「ここって……いや、そもそも……我は誰なのだ?」
「――――――――――――――――――――――――――ちょっと、まさか」
少女は顔面を蒼白にし、冷や汗を流し、行き場のない手が中空を彷徨い、あうあうあーと意味不明な鳴き声をもらす。どうやら僕は、ちょっとした人助けのつもりがとんでもない大事件に巻き込まれてしまったのではないだろうか。
「記憶、喪失……?」
「そ、そのようだのう。あ、あはははははははははは」
もしこの場で、この子のことなど知らぬ存ぜぬと手を振り払えば、僕の日常はこれからもつつがなく進んでいったのだろう。
でも、そんなことできるわけがないし、僕はこの子に関わった『責任』がある。
僕の作ったお弁当をあんなに幸せそうに食べてくれたこの子のために、なにか少しでも力になってあげたいと思ったから。
次の講義はサボることに決めた。何事も優先順位というものがある。
僕は頭を真っ白にして呆然とする記憶喪失の少女の肩にぽんと手を置く。
「ほら、そんな絶望した顔しないの。ちょっとしたことですぐ思い出すかもしれないでしょ? 名前が分かるものとか持ってないの?」
「な、名前か? ううむ……」
僕の指示を受けて、少女はシャツやスカートのポケット内をまさぐり始めた。お、という声とともに出てきたのは、一枚の紙切れだった。
メモの切れ端かとも思ったが、厚手で柔らかい質感からして羊皮紙だろうか。《クリステラ》ではまだ製紙技術が発展しておらず、こういった羊皮紙は主にお金持ちの人や貴族、商人などが使っているらしい。
しかし、書かれていたのは《クリステラ》の文字ではなくアルファベット――つまり、地球の文字だった。その文字も大半がかすれてしまっていたり変色したりして、まるで読み取れない。
かろうじて読み取れるのは、
「Dear F……あとは、rule……か。親愛なる、に続くということは少なくともこれは手紙で、宛名の人の名前はFから始まるってことだね。それにrule。これは文字通り『規則』とか『法則』って意味だけど……」
「これだけでは、何も分からんのお……この紙にも見覚えはないぞ」
たったこれだけ。彼女に繋がる唯一の手がかりがこんな紙切れだけでは、当てずっぽうの推測すらできない。
だが、これで諦めるわけにもいかない。
不安げにこちらを見上げてくる赤髪の少女の前で、僕が自信なさげにしていてはいけないだろう。
「このままじっとしていても始まらない。情報は足で探すのが基本だよね」
「て、手伝ってくれるのか……?」
「乗りかかった船って言うしね。それじゃあ……」
分からなければ人に聞く、三人寄れば文殊の知恵。
幸いにも、ここは両世界の知識の殿堂である黄聖大学だ。教授たちに片っ端から聞きこんでいけば何か分かるかもしれない。それまでに彼女の家族か、あるいは知り合いに出会えれば言うことなしだ。
方針も決まったことで、僕はすっくと立ち上がる。そして少女に声をかけようとして――ふと思い出した。
「まだ自己紹介してなかったね。僕は世良椿、椿でいいよ。君は……仮でも名前がないと呼ぶのに不便だよね。何かあるかな?」
「せっかくなら、そなたに決めてほしい。この出会いも何かの縁であろうしな」
本人の承諾も得たところで、目を閉じ黙孝する。適当に決めるのもなんだろうし、僅かばかりの手がかりを元にして考えてみた。
「それなら……フルールっていうのはどうだろう? さっきの手紙のFとruleを繋げてみたんだけど」
「フルール、フルールか……うむ、気に入った! ならば我が名はこれよりフルールだっ!!」
オーバーサイズの黒マントをばっさーとはためかせ、少女――フルールは嬉しそうに声を上げた。気に入ってもらえたようで良かった。
「決まりだね。それじゃあ行くよ、フルール」
「あい分かった! よろしく頼むぞツバキ!!」
僕が差し出した手を、フルールの小さな手が握り返す。
これが僕と、フルールと名付けた少女との出会いであり。
家族や友達、たくさんの人を巻き込んで繰り広げられる、2つの世界を股にかけた大騒動の始まりだったのだ。
一応これでヒロイン格は5人出揃っています。
フルール、ユウリィ、楓、晴流、もうひとりは……