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―プロローグ― 

本作には異世界要素を多分に含んでおりますが、バトル要素、転生トリップ要素は一切入っておりません。

地球と異世界を舞台にした、ただのラブコメです。

――家出します。探さないでください。




 ミミズがのたくったような文字でそう簡潔に綴られた紙切れを、日雇いのメイドが雇い主の部屋を掃除している際に発見したのが、すべての始まりだった。

 この緊急事態に、この屋敷のすべての業務を牛耳るメイド長のアヴリル=アルターグレイスは、この家に働く全従業員を招集、家出した主を捜索すべく行動を開始した。


「あのお方はいったい何を考えておられるのか! ご自分の立場を理解しておきながらこんな勝手な……ああもう!!」


 メイド長アヴリルは銀に近い灰色の髪をヒステリックに振り乱しながら、ここにはいない主への糾弾の叫びを空へと溶かしていた。

 この家出騒動、実は今回に始まったことではない。

 好奇心に手足が付いたようなあの主人の奇行を、アヴリルはこれまで何度も水面下で食い止めてきた。

 他国の重役との会談をドタキャンしたかと思えば近所の子供達と鬼ごっこをして遊んでいたり、重要な会議資料の紙を庭で燃やしていたかと思ったら「お腹が空いたので焼き芋を作ろうとしていた」などと抜かす始末。

 まあ、その程度であればまだ許容範囲内――笑って許せるかどうかではなく、アヴリルの堪忍袋の緒が切れるどうかの範疇だが――であったのだが、流石に今回ばかりは何が何でも見過ごせない。

国の頂点に立つ者が責任を放棄して失踪するなど、決してあってはならないことなのだから。


「絶対に見つけ出して、首輪を付けてでも戻ってきてもらいますからね…………魔王様(、、、)



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『それでは、今日のゲストは《クリステラ》のルーンガルド公国よりお越しいただきました、イオタ=セイル=ルーンガルド第一王女でーす!!』


『ルーンガルド王国を代表して参りました、イオタ=セイル=ルーンガルドでございます。どうぞよしなに』


 絵本から飛び出してきたような金銀宝石をあしらった豪奢なドレス姿の姫君が、お昼のワイドショーにゲスト出演しているのにもいい加減慣れてきた。

 大学の食堂でかけそばを(すす)りながら僕――世良椿(せらつばき)はひとり、年代物のテレビに映ったスーツ姿のアナウンサーと金髪の王女様というへんてこな組み合わせを眺めていた。

 特に会話の内容に興味があるわけでもあの王女様に一目惚れしたわけでもない。ただ、この1年で随分と世の中は様変わりしたものだなぁ、とよく分からない感慨にふけっていただけだ。


『ルーンガルド王国といえば、今から1年前に現れた2つの世界を繋ぐ門――“アストライアゲート”を渡り、初めて地球にやってきた異世界からのお客様です。イオタ王女はその先駆けとして、国会議事堂で日本の首脳陣と会談なされたことは記憶に新しいですね』


『この国は――いえ、この世界の方々はみな親切な人ばかりでしたので、とても感激致しましたわ。世界の壁を越えても、人は手と手を携えて共に歩むことができるのだと……その時確信できたのです』


 それなりに事態が落ち着いた現在でも、まだまだこの話題は世界中の関心を一手に集めている。

 遡ること1年前――2030年のこと。

 日本海上に現れた大きな虫食い穴(ワームホール)により、この地球と、こことはまったく別の世界とが繋がった事件。いかにも中高生が好きそうな(当時の僕も高校生だったけれども)ファンタジー世界の住人達が、突如としてこの現代日本に現れたのである。

 不法入国とか、もうそういうレベルの騒ぎではなかった。鋼鉄の鎧に身を包み、軍馬に跨り来訪した、世界史の教科書で見たような軍隊がぞろぞろと街中に押し寄せてきて、よくもまあ戦争にならずに済んだものである。


『イオタ王女らの尽力により、早々に異世界間の講和・友好条約が結ばれたことによって、今ではたくさんの人や物がお互いの世界を行き来できるようになりました。私も一度あちらの世界にお邪魔したことがあるのですが、もう驚きの連続でしたよ!!』


『ふふ、私もです。空飛ぶ鋼鉄の鳥や、道を埋め尽くす奇怪な姿をした馬車など……本当に、世界は広いということを身を以て感じましたもの』


 最初に“アストライアゲート”を渡ってきたのが彼女達であったことが、互いの世界にとって最大級の幸運であったことは間違いない。

 安易な武力行使に踏み切ることなく、一滴の血も流さずに対話の道を模索してくれた王女様は、2つの世界を繋げた救世主といっても過言ではないだろう。

 と、そんなことを考えていたら随分と時間が経ってしまっていた。

 僕は食べ終えたかけそばの器を戻し、教科書やレポート資料でパンパンになったショルダーバッグを引っ掴んで足早に食堂を後にした。





「ええと、次の講義はどこだったっけ……」


 この黄聖(おうせい)大学の敷地は無駄に広い。

 なにせ小さな山をまるごと使って建てられた学び舎なものだから、場合によっては講義間の移動がそのまま軽い登山になってしまうことだってあるのだ。

 僕はそれなりに身体づくりをしているから、これくらいの距離で息切れするようなことはないけれど……ほとんどの生徒達は教室に着くころには全身汗だくのグロッキー状態。とても講義を聞けるような状態ではなくなっている。

 腹ごなしのジョギングくらいのペースで次の講義の場所まで走っていると、ふと僕の頭上から大きな影が差した。


「つっきいいいいいいいいいいいっっ!!」


 僕のことを「つっきー」なんて呼ぶ子は、僕の知る限りひとりしか該当しない。

 声の方を見上げる前に、立ち止まって両脚を踏ん張り、両手を正面に出して待ち構えた。


「おっ!――――――っと」


 ずしん、と腕が痺れるほどの衝撃。受け止めた落下物は想定していたよりもちょっとだけ重かったが、男の意地で足をもたつかせるような真似はしなかった。


「おー、つっきーナイスキャッチ! 流石は男の子、頼りになるう♪」


「お褒めにあずかり光栄ですお姫様。でも、重いから早く降りてくれないかなユウリィ?」


 いわゆるお姫様だっこの体勢で抱き留めるのは、なかなかに腰にクる(、、)のである。

 あえて直球で言葉をぶつけた僕の手からぴょいっと飛び降りて、少女はぶうぶうと文句を言い始めた。

 世にも珍しい若草色(ライトグリーン)の髪を風になびかせる彼女――ユウリィ=ブレイブローズは、他の人にはない変わった特徴を持っている。


「な、なんだとー! こんな羽のように軽くてかよわい女の子を捕まえといて何たる言い草かー!!」


「羽のように軽い……って言うか実際に羽が付いてる(、、、、、、)子が何言ってるの。それと、構内でみだりに空飛んじゃダメでしょ。また先生に叱られても知らないよ?」


 至極まっとうな(、、、、、、、、)僕のツッコミに、ユウリィも自覚はあったのか、うっと言葉を詰まらせていた。

 今僕が言った通り――彼女には羽が付いている。

 背中に巨大な鷲や鷹がへばりついているわけではなく、その背中からは一対の白い翼が伸びていた。


「だってこの道歩くの疲れるんだもん! 長いし、坂道ばっかりだし! それに、ユウリィは空を飛んでるんじゃなくて、空を歩いてるのですよ。だってユウリィは有翼人(スカイウォーカー)だから!!」


 変な言い訳をしてくるユウリィだが、僕と同い年のはずなのに、外見も言動も10代前半くらいにしか見えなかった。

 有翼人(スカイウォーカー)と呼ばれる種族である彼女は、かの異世界《クリステラ》からの留学生だ。

ここ黄聖市(おうせいし)は“アストライアゲート”からほど近い都市であり、海や山といった自然に恵まれていることから、《クリステラ》からやってきた人達の滞在地として注目されていた。

 良くも悪くも田舎の地方都市、といった感が拭えなかったこの街だったのだが、積極的に異世界人を受け入れ始めたことにより情勢が一変した。

《クリステラ》の人々が、地球という新たな環境に溶け込んでいくためのモデルケースとして、この黄聖市では2つの世界の住人が混ざり合って生活するようになったのだ。


「屁理屈言ってないで、ほら急ぐよ。次の講義、僕と同じエトワルド先生でしょ? 少しでも遅刻したら単位落とされちゃう」


「げげげ、そうだった! でももう間に合わないよー!? ユウリィは飛ぶのは速くても走るのはてんでダメっ子だから!!」


 ユウリィはもう諦めてしまったようで、翼をしゅんと下げて今にも泣きだしそうだ。

 無駄話をして足を止めたのには僕にも責任があるし、放ってもおけないか。少しばかり気合いを入れなきゃだけど……


「ああもう仕方がない! ユウリィ、背中乗って! こうなったら一蓮托生だ!!」


「つ、つっきー……ステキ! あいしてる!!」


 今泣いたカラスがもう笑っていた。

 僕は現金な子だなぁと思いながらも、にゃぱーっと屈託のない笑顔を見せる彼女のことを嫌いにはなれそうになかった。


「はいはい分かったからさっさと乗って! かっ飛ばすよ!!」


「あいあいさーっ!!」


 背中に飛びついて来た彼女の重みを確かめて、両足に力を込めて走り出す。

残念ながら、背中には期待していた柔らかいあの感触は感じられなかった。まぁ、ユウリィは外見通りの幼児体型だし、期待するだけ無駄なのだろうけれども。


「あ!? つっきー今なんかすごいスケベなこと考えてたでしょー! でもでも、この美少女有翼人(スカイウォーカー)ユウリィちゃんと触れ合ってるんだから、無理からぬことだよね……ユウリィってば、なんて罪な女!!」


「はい揺れますよー、舌噛んでも知らないからね」


 そんな僕の内心を半分だけ読み切っていた美幼女(、、、)ユウリィは、階段を上り出した振動で見事に舌を噛んでしまったらしく、教室に着くまで喋ることはなく恨めし気な視線を背後から向けてきていた。








「くくく……ようやく見つけたぞ」


 そんな騒がしい2人の背中を、遠く離れた小高い丘の上から見つめる者がいた。


「しかし、改めて見ると中々にかわい――いや、骨のありそうな男であるな」


 『彼女』が見つめるのは、翼を持った少女……ではなく、彼女を背負って息も絶え絶えに大学の構内を駆け抜けている少年の姿だった。

 あの少年、見たところは取り立てて特徴のない外見だ。

 平均よりは少し低めの身長に、綺麗に整えられた薄茶色の頭髪。凛々しさよりも可愛らしさが先に立つ、人のよさそうな横顔を見ていると、『彼女』の胸の内がざわざわと騒ぎ出す。


「セラ、ツバキ……」


 無意識に、少年の名前を口の中で転がすように言葉にする。胸の疼きが一層強くなった気がした。

 こんな感覚は初めてだった。

 戦場の熱とも憤怒の焔とも違う――この身を焦がしそうなほどに荒れ狂いながらも、どこか心地よささえ感じられる甘く狂おしい熱の正体を、『彼女』は測りかねていた。

 見えない糸に引っ張られるかのように、足がひとりでに前へと進み始める。早く始めようよ(、、、、、、、)、と誰かが自分の身体に繰り糸を垂らしたのだろうか。

 絶対にして至高の存在である『彼女』を操ろうなどと、不敬もここに極まった所業であるが……


「よかろう……このまま見ているだけでは埒が明かん。今はこの流れに身を委ねるも一興か」


 誘われるがまま、この身の赴くまま、『彼女』は歩き出した。

 来たるべき出会いの瞬間を目指し、ただ『彼』の下へと、一直線に――

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この世に、剣と魔法が織り成す幻想の現世(うつしよ)――《クリステラ》と呼ばれる世界があった。

 さりとて、人類と魔族による戦争や、勇者と大魔王の確執だなんて遠い遠い過去のお話。

 これは、ペンが剣よりも強く、戦略級魔法よりも株価暴落の方がよっぽど強烈な被害を及ぼす、そんな時代のお話。

 このお話は、英雄譚でも御伽話(おとぎばなし)でもない。

ごくごく平凡な少年と、そこに集う非凡な少女たちが、愛すべき日常を護るために奔走する、ちょっと不思議な青春の日々である。


本作は作者の別作品『AL:Clear』と世界観を共有――というか後日談みたいな話です。

http://ncode.syosetu.com/n0160bj/

単体でも楽しめるようにしているつもりですが、ぜひ前作と併せてご覧ください。前作読者にしか分からないネタもちょいちょい入れています。

ただし今回はバトル要素一切なし!一から十までベッタベタなラブコメで通します!!

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