第二章 Ⅵ
「絶対にイヤだ。」
最初に沈黙を破ったのは僕だった。
「……どういうことかしら?」
朝野は、何が起きたのかわからないというような表情をしていた。
「………僕はなぜか今日、朝野さんを含めて三人から告白された。僕には彼女がいるから付き合えないって、二人に言った。」
「だからどうしたの。私のほうが絶対にあなたに相応しいに決まって」
「でもね。」
「?」
浅野の言葉をさえぎった僕は、一呼吸おいてこう言い放った。
「………朝野さん、キミとは生理的に付き合いたくないって思った。」
「な」
「………………」
「なな」
「………………」
朝野の表情が急変する。そして
「ぬぅわんですぅってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
テレビ局中に響き渡るかのような怒声を発したのだった。
*
その後は、朝野がギャーギャー喚きながら暴れまわり、挙句の果てに僕に噛み付こうとしたところをファンクラブの人達に取り押さえられた。
そして浅野を怒らせた張本人である僕は、すごすごと楽屋を退散した。
だが、楽屋を出たところで朝野のマネージャーに呼び止められた。
「あ、君、ちょっと待ってくれないか。」
「……………なんですか。」
「君の鞄と、あとコレ。」
そういってマネージャーが僕の鞄と、紙袋を渡してきた。
中身を見ると、札束が入っていた。
「……………口止め料ってことですか?」
「まあ、そうなるかな。」
「拉致まがいなことをするよりも事情を話してもらえれば…」
「だって君、事情を話したところで、どうせ逃げただろ?」
「…………………………」
そうかもしれない。
「まあ、車に乗せた時点で話せばよかったね。すまなかった。そのお金はほんの気持ちだよ。警察に通報しようとしまいと君の好きにするといい。」
「……はあ。ところでこのお金って、あなたの、もしくは事務所のお金ですか?」
と、僕は唐突にお金の出所が気になったので聞いてみた。
するとマネージャーは、
「いや、そのお金はヒメカのギャラから天引きしたものだよ。」
サラリとそう言ったのだった。
……いや、ギャラにしては多すぎる気がするのだが。
「とにかく、お金のこともヒメカのことも気にしなくていい。……いつものことだから。」
「…………………………」
朝野はいつも周囲に迷惑をかけているのだろうか。
僕の中での彼女のイメージがどんどんダウンしていく。
まだ喚き声が聞こえるし。
だんだんこのマネージャーが不憫に思えてきた。
「じゃ、気をつけて。」
「あの。」
「まだ何かようかい?」
ものすごく大事なことを忘れていた。
「………ついでに近くの駅まで送っていただけませんか?」