第二章 Ⅲ
――放課後――
特に彩花から問い詰められることもなく、ただ時間だけが過ぎていった。
五十嵐に話しかけると彩花に怪しまれるため、とりあえずこの件は放置し、次の機会をうかがうことにした。
つまり……………………………………帰ろう。
彩花は今、教室にいない。
このチャンスを逃すまいと僕は急いで教室を出た。
そして一気に階段を駆け下りようとした。
だが、
「き、桐生君……ちょっと、いい?」
問題発生。
階段を下りようとしたところで、クラスメイトの黒樹に話しかけられ、そして
「ここじゃ話づらいから……」
と言われ、仕方なく屋上へ移動した。
*
黒樹月。
地味であまり目立たず、基本ひとりでいるような印象の女の子。
黒髪ショート、大人しく、静かな……というよりはむしろ暗い。
あと、若干挙動不審。
それでも、黙っていれば男子からモテそうなくらい美少女だとは思うのだが、左目に眼帯をつけている。
………………大事なことなのでもう一度言う。左目に眼帯をつけている。
つまり黒樹は中二病である。
それ故男子から恋愛対象として見られることは全く無い(と思う)が、だからといって友達が少ないわけではない。
黒樹は生粋のアニメオタクであり、アニメの情報に関しては、クラスの誰よりも詳しい。
新アニメの放映時期になると、いつも男女問わず話しかけられている。
また、マンガ部に所属しており、いつも面白いマンガを描いてはクラスのみんなを楽しませている。
だから黒樹は(生粋の中二病にしては)友達が多い方だと思う。
………ちなみに定期試験の成績は、何故か常に全教科満点らしい。
そんな黒樹に連れられ、屋上に来てしまったわけだが。
まさか………
「桐生秀一。汝は運命に選ばれた。よって我と契約を結んでもらう。」
さっぱり意味がわからん。
というのは嘘である。
これは、やはり………
「それって、僕のことが好きだから付き合いたいってこと?」
ストレートに僕がそう聞くと、黒樹の顔がカァっと赤くなった。
こくんっ。
頬をほんのりと赤く染めながら、黒樹はうなずいた。
「そ、そうだ。従って、汝には我と契約を」
「悪いけど。」
あたふたしながらそれでも中二モードを維持した黒樹の言葉を僕は遮った。
そして、
「僕には彼女がいるから、黒樹さんとは付き合えない。」
五十嵐に言ったことと同じことをいった。
すると、
「桐生君、私の、左目を、見て。」
いきなり巣に戻った黒樹がそう言いながら、僕に近づいてきた。
というか顔が近い。
うっかりするとぶつかって……いや、もっと大変なことになりかねないのだが。
やめる気配が無いので、仕方なく僕は黒樹の左目を見ることにする。
ここでふと疑問。
「えーっと、見るって、眼帯でいいのか?」
何度もしつこいようだが、黒樹の左目は、眼帯で隠されているのだ。
「うん。いいよ。」
そう言うと黒樹は静かに目を閉じた。
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
……………なんだろうこの間は。
そのとき、黒樹が眼帯へと手を伸ばすと突然、勢いよくそれを外し、思いっきり左目を見開いた。
今までクラスのみんなが(僕も)気になっていた黒樹の眼帯の中身。
……僕はてっきりカラーコンタクトの邪気眼かと思っていたのだが、普通に黒目だった。
「……………どう?」
「へ?」
どうと言われても困る。
「な、何が?」
そう答えるしかないのであった。
すると、ようやく僕の困惑を察したらしく、
「え?…………………………………………………あ。」
何かに気づいたようだ。
「あ、あ、ああ、ああああ、ああああああああああ。」
黒樹の顔が見る見る真っ赤になっていく。
声もだんだんと大きくなり、そして
「おまじないのカラコン、付け忘れたあああああああああああああああ!!」
と、校庭にまで響いているのでは思ってしまうくらい大きな奇声を発しながら、逃げるように屋上から去っていった。
黒樹が走り出す直前、チラッと顔が見えたのだが、
なんだか、泣いていたような……………
結局、何がしたかったのだろうか。
どっと疲れがこみ上げてきたのだった……………