第一章 Ⅱ
――三ヶ月前――
また今日も、何も起こらなかった。
高校一年もあと少しで終わるころ、今日も僕はクラスで空気のように過ごした。
極力誰とも関わらないように。
高校に進学してからずっとである。
なぜかって?
別にいじめられたわけではなく、特に理由もない。
強いて言うなら、「なんとなく」である。
なんとなく、「僕に近づかないで下さいオーラ」みたいなものを周囲に向けているだけのことだ。
その結果、誰も僕に話しかけるどころか、気にもしなくなった。
まあ当然である。
とにかく、今日も早く家に帰ってアニメでも見よう。
そうして僕が教室から出ようとすると、
「あ、シュウ君、ちょっと待って!」
突然僕の幼馴染、九条彩花に声をかけられた。
そして彩花はポニーテールを振り乱しながら僕に近づいてきた。
「……何?」
彩花は、同じクラスの委員長。いつもクラスの役に立とうと努力している。
そして成績優秀。
いくら家が隣同士で付き合いが長いからって、誰とも関わろうとしない僕とは、天と地ほどの差だ。
だから僕は邪魔にならないように、できるだけ彩花を避けていたのだ。
しばらくろくに会話もしていなかったので、少し気まずい。
が、そんなことはお構いなしにと、彩花は続けた。
「いきなりで悪いんだけど、このあと私の買い物に付き合って。」
「……ど、どうして?」
一瞬、思考が止まった。
いきなり僕に話しかけてきた挙句、「買い物に付き合って」だなんて。
小学、いや百歩譲って中学時代なら、不思議でもなんでもなかったが、高校生にもなって、しかもしばらく会話すらしていなかったというのに、いったいなぜ?
などと考えていると、
「だって、シュウ君にいっぱい荷物を運んでほしいんだもん。」
「………………………」
運んでほしいって、どれだけ買う気だよ!
危うくそう突っ込んでしまうところだった。
「だから、何で僕なんだよ。」
僕が聞き返すと、
「寝ぼけているの?家が隣同士で、しかも私たちは幼馴染でしょ。」
寝ぼけているとは失礼な。
だが理解した。
「……つまり、家まで運んでくれる人が良いと?」
なんだ、そういうことか。
「いや、まあ、それもあるけど……」
「?」
「だから、シュウ君に服とか選んでほしいの!」
なぜか顔を真っ赤にしながら彩花は言った。
というか、
「いや、それこそなんで僕――」
「ああもう!いいから、とっとと一緒に来る!」
「うぇ!?いや、ちょ!ちょっと待っ――」
無理やり彩花に腕を引っ張られ、そのまま僕はズルズルと連行されたのだった……
*
「シュウ君、この服私に似合うかな?」
「……何度も言うけど、僕は女の子のファッションとかあまり詳しくないんだけど。」
さっきから彩花にそう言っているのだが、
「だーかーらー!シュウ君から見て、私に似合うかどうかを聞いているの!」
と、言い返されてしまう。
だから、何で僕なんだよ……そう思いつつ、これ以上反論していても埒が明かないので、率直な感想を彩花に述べた。
「えーっと、似合っているっていうかその、か、かわいいとは思うよ。」
「え?か、かわいい?」
「うん、かわいいよ。」
すると彩花は小さく呟いた。
「……そっか。かわいい、か。」
「何か言った?」
僕はよく聞こえなかったので彩花に聞いてみたが、
「ううん、何でもないよ。それよりまだ行きたいお店、いっぱいあるから。さ、早く。」
結局、はぐらかされてしまった。
その後、僕と彩花はもう何件か店を回り、そのたびに似合うかどうか、あるいはかわいいかを聞かれた。
あと彩花が「この服絶対シュウ君に似合うと思う!」とか言って店の服を持ってきたので、僕まで試着する羽目になった挙句、予想外の出費という痛い結果が待っていた。
そして喫茶店で軽く雑談しながら休憩した後、帰路についた。
僕は大量の買い物袋を抱えていたのだが。
……たまには、こうして彩花と二人で出かけるのも、悪くないと思った。
*
何事も無く彩花の家にたどり着き、ようやく僕は大量の荷物から解放された。
「ありがとうシュウ君。……荷物重かったでしょ?」
「いや、久々にいい運動ができたよ。」
…………正直、とても重かった。もうヘトヘトである。
「じゃあ、僕はこれで帰るよ。」
言いながら、僕は玄関を出ようとする。がしかし、
「……やっぱり待ってシュウ君。」
またしても彩花に呼び止められてしまう。
「今度は何?」
と、僕は振り返ろうとする。だが、僕が彩花に顔を向けるよりも早く、
ぴとっ
…………………なんだろう。今、首筋に何か冷たい感触が――
バチィィッッッ!!
*
……………ここは、どこだ?
目が覚めると、どこか見知らぬ場所に……いや訂正。
ここは間違いなく彩花の部屋だ。
見覚えのある勉強机がある。
そして、どうやら僕は縄で手足をイスに縛られているようだ。
しかも足は正座している状態で、両腕も背もたれと一緒に縛られている。
おかげで全く身動きが取れない。
僕がジタバタとイスと格闘していると、部屋の扉が開いた。
「あ、シュウ君起きた?」
もちろん彩花である。
だが、いつもと様子が違う。
……………っていうか、手に包丁持ってる!?
「え、えーと、彩花さん?こ、これはいった――」
シュッ!
……包丁が僕の左頬をかすめ、後ろに飛んでいった。
彩花がブン投げたのである。
左頬が痛い。
少し切ったようだ。
「……………僕、何か彩花を怒らせるようなことしたかなぁ?」
恐る恐る聞いてみた。すると、
「私は別に、怒ってなんかいないよ?」
そう言って彩花は微笑んだ。
ニッコリされても逆に怖い。
……だって目が全然笑っていないんだもん!
「ただ、シュウ君にちょっと聞きたいことがあったんだよ。」
「それだけのためになぜ僕を縛った!?」
「もちろん、シュウ君に逃げられないようにするためだよ。」
「僕が逃げるような質問でもするのか!?」
僕がそう聞き返すと、彩花は包丁を拾い、少し間をおいてから僕に「質問」をした。
「どうしてシュウ君は、ずっと私を避けているの?」
………なんだ、質問ってやっぱりそのことか。
少し拍子抜けした、というよりは彩花らしいと思ってしまった。
たしかにいつもの僕だったら、質問された時点で彩花から逃げていたかもしれない。
だが、今はイスに縛られていて逃げられない。
質問に答えるしかないのだろうか。
「もしかして、私のことが嫌いになったの?」
そう言って僕の目の前に包丁を突き出す彩花。
……………選択肢、消滅。
「そんな訳ないだろ。僕は彩花の邪魔にならないように、わざと彩花を避けていたんだ。」
僕は冷静を装いつつ、しかし内心大慌てで質問に答えた。
しかし、説明が足りなかったようだ。
「……どうして?私、シュウ君が邪魔だなんて、思っていないよ?」
確かに彩花は僕を邪魔だとは思っていないのかもしれない。しかし、
「それでも、僕はクラスでの印象が彩花とは天と地ほどの差だから、彩花の人気を下げたくはないし、何より彩花と比べられるのが嫌だから。」
ふと、やけに静かだったので顔を上げると、彩花がうつむいていた。
「……えーっと、彩花?」
いつの間にか包丁は引っ込めてくれたようだ。
だが、彩花の包丁を握る力が少しずつ強くなっているようにも感じる。
何かまずいことを言ってしまったのか?
僕が困惑していると、
「じゃあ、シュウ君のいいところをいっぱいアピールして、シュウ君をクラスのみんなと仲良くなってもらえればいいんだね!」
「……………………………………………………………は?」
一瞬、耳を疑った。
彩花の瞳がものすごく輝いて見える。
どうしてこうなったのだろうか?
「もしもし、彩花さん?」
「そうと決まれば、早速明日からシュウ君のいいところをアピールしないと!」
「明日から!?」
驚愕。
だから何なんだこの状況は。
「あ、彩花!」
気づけば、彩花の名前を思いっきり叫んでいた。
「シュウ君?どうしたのそんなに焦って。」
右手に包丁を持っている点以外は、すっかりいつもの彩花のようだった。
「どうして、僕なんかのために、そこまでするんだ?」
すると彩花は、
「どうしてって、そんなのシュウ君が好きだからに決まってるでしょ。」
と、何の躊躇もなくサラっと言い放った。
「僕が、好き?」
「うん。もちろん付き合いたいとか、結婚したいの好きだよ。」
「いや、僕だってそこまで鈍感じゃないし……って、そうじゃなくて!」
このカオスな状況はいったい何なのだろうか。
イスに縛られ、包丁を投げられ、その包丁を突きつけられ、明日以降の学校生活が危うくなり、そしてその全ての原因である幼馴染に告白されてしまった。
「……彩花は本当に僕が好きなのか?」
もう一度確認。
それに対し彩花は、
「え?……うん、シュウ君とはじめて会ったころから、ずっと好きだよ。」
そう答えてくれたのだった。
「………そうか。」
「だからシュウ君、」
「?」
「私と付き合って!」
「………何でそのセリフを言うのに包丁突き出してるんだよ!」
何もかも台無しだ。
「もし断られたらシュウ君を殺すためだよ。」
そして予想通りだった。
それに対し僕は彩花にこう言った。
「……彩花、頼みがある。」
「なーに、シュウ君。」
「その包丁で、縄を切ってくれ。」
「私から逃げるつもり?」
「この状況じゃ逃げられるわけないだろ。いいから早く切ってくれ。僕は絶対逃げないから。」
僕がそう言うと彩花は、
「……わかった。そこまで言うなら仕方がないなぁ。」
と、しぶしぶ縄を切ってくれた。
「ありがとう彩花。さて、と。」
ようやく僕はイスから解放された。
イスに正座で縛られたままじゃ、格好悪くて仕方がない。
「……それで?一体どうしたのシュウ君。」
そんな、少し不機嫌そうな彩花に対し、僕は――
「僕も、最初に会ったときから彩花のことが好きだったんだ。だから、僕と付き合って下さい!」
――告白に対して告白で返していた。
*
――現在――
これが、僕と彩花が付き合い始めたきっかけである。
僕は彩花につけられたコンパスの刺し傷を応急処置しながら、ふと思い出していた。
あの後どうなったかって?
一言で言うと、……大変だった。
告白した後、めずらしく彩花が泣き出し、かと思えばいきなり僕に抱きついてきた。
そして彩花は僕の耳元で、
「……本当に好きなら私にキスして。」
震える声でそう、囁いた。
「え、いきなり、き、キス?」
「お願い。」
「…………………」
そして、まぁ、その、キスは……した。
お互いファーストキスだった。
唇を離すと彩花が、
「……いいよ。付き合ってあげる。」
と、僕との交際を了承してくれたのだった。
だが実際、それからの学校生活の方が大変だったと言っていいだろう。
彩花が僕のいいところをアピールするとか言って、僕の趣味などをクラス中に言いふらし始めたのである。
主にマンガ、アニメ、ゲーム、小説(ラノベ)などの傾向である。
……………………………何で知ってるんだあぁぁぁっっ!?
当然僕は全力で彩花にツッコミを入れるが、聞く耳持たずである。
そんな光景が毎日続くものだから、クラスメイトの僕に対する印象は一週間も経たないうちに180度変わってしまった。
男子からは「オマエって、そういうキャラだったんだ。」みたいなノリで普通に話しかけられ、自然と仲良くなり………友達になった。
女子からはまあ、多少話しかけられるようになった。
まあ、男子に比べるとそんなすぐに女子とも打ち解けるとは思えない。
正直、ありがたいけどね。
あんまり女子に話しかけられると、また彩花が僕に拉致監禁みたいな事をするかもしれない。
それだけはもうこりごりだ。
さて、傷口の応急処置は終わった。
……ただ消毒して絆創膏を貼っただけだけど。
ちょっと念入りに消毒しすぎたかな?
まあ、傷が少し深かったから良いか。
というか、傷は左二の腕あたりだが、制服越しに刺されたとはいえ、やけに浅い傷……でもないか。
彩花が手加減してくれたのだろうか。
しかし、学校へ行ったとしても傷は制服の下という、なんとも微妙な位置である。
とにかく、今度こそ寝よう。
眠すぎてもう意識が限界なのだった……………
お久しぶりです。
またははじめまして。牧場サロです。
予告通りいきなりわいて出てきました。
そして再び、次話掲載未定です。ごめんなさい。
ちなみに、第一章は今回で終わりです。
まとめてプロローグにしたほうが良かったのでは?と、今更後悔しています。
また、「いつ爆破事件の話出てくるの?」と思われている読者の皆様。
……スイマセン。
まだ爆破事件はしばらく出ません。
ですが第二章では、ようやく話が動く予定です。
なるべく早く掲載できるように努力しますので、よろしくお願いします。