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空色の恋模様  作者: 氷室冬彦
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5 疑惑に入り組む心境

いつものことながらギルドのなかは賑やかである。特にギルド員が生活している三階は朝でも夜でも一定のざわつきが聞こえる。静來の部屋を出てすぐに、勇來は感情を堪えきれずに扉に凭れかかった。その場にうずくまる。まっすぐ立っていることができない。右手に持った親指ほどのサイズの小瓶を強く握りしめた。中身はほとんど残っていない。当然だ。その瓶の中に入っていた液体は先ほど静來に渡した紅茶に混入させたのだから。


最近寝不足なのだと相談するとこのギルドの医師、千野原涼嵐ちのはらりょうらんは支部長の礼を交えた対談で勇來に薬を悪用するつもりがないことを確認すると睡眠薬を処方してくれた。即効性がある薬であることや、原液のままでなく別の飲み物に混ぜて服用することなどの説明を受けていたが、元々は自分で服用するつもりでもらった物で、他人に――それも妹に――使うつもりなど微塵もなかった。


静來を休ませなければならない――咄嗟にそう思った。しかしただ休めと言ったところで彼女が大人しく休むはずもない。勇來には、不安感に支配されて正気を失いかけている妹を放っておくことなどできなかった。気が進まなかったが、彼女に休息を摂らせるにはこうするしかなかったと思う。


結果的に静來を眠らせることはできた。しばらくゆっくり眠れば彼女も少しは落ち着いて、いつもの調子に戻ってくれるだろう。しかし薬を使った後、勇來に残ったのは罪悪感だけだった。どんな理由であれ、勇來は実の妹に薬を盛ったのだ。


勇來は睡眠薬だの催眠術だのという、相手の意思を無視して無理に眠らせたりするような類のものを嫌っている。その自分が、紅茶に睡眠薬を入れて、その事実を隠して静來に薬を飲ませ、彼女を眠らせた。もちろん、彼女自身の意思を無視して。


ああ、自分はなんてことをしてしまったのだろう!


だが、静來の様子を見ていると居ても立っても居られなくなってしまったのだ。薬を使ってでも眠らせなくてはならないと、自分は馬鹿であるから、そうする以外に何も思いつかなかった。静來は非常に不安定な状態だ。だから、どうしても彼女を休ませなければならなかったのだ!


「俺を殴ってくれないか」


腰まで伸びた藍色の髪を後ろでひとつにくくっている。右目に黒い眼帯を着けており、青色の左目が勇來をじっと見ていた。柴闇は勇來を見下げながら嫌だね、と言った。


「静來はお前や俺たちが休めと言ったところで、素直には休まなかっただろうよ。お前の判断は何も間違っちゃいない」


柴闇は勇來の腕を掴むと、そのまま彼を引っ張り立たせた。海のような青い瞳はじっと勇來を見ていたが、彼が今何を考え、どのような気持ちで勇來と対面しているのか――勇來には少しも、それを感じ取ることができなかった。




「そんなに具合が悪いのなら、あいつが目を覚ましたときに真っ先に謝るといい」


柴闇は扉の横の壁に凭れる。勇來は拳を強く握った。妹のことも弟のことも心配でならないのだ。このまま放っておいたらきっと彼も壊れてしまうだろう。


「空來がいなくなって以来、静來はまともに休めていなかった。あいつは無理しすぎてるんだ」


勇來はそう言った。おそらく本心からの言葉だろうが、それだけではないはずだ。勇來がまだ何か隠していることがある――柴闇はそう思ったが、勇來はそれ以上のことは語らなかった。


「少し休めば、あいつの心が不安定なのも少しはマシになると思ったんだ」


静來が――と、勇來は小さな声で何かを言おうとしたが、結局その先は言葉にならず、彼は口をつぐんだ。柴闇はその先を詳しく尋ねることはしなかった。今聞くべきことではないと判断したからだ。


「――疲れてるのは静來だけじゃないだろう。勇來、お前も無理するなよ。もっと周りを見ろ。これまで散々情報収集に歩き回って、いろんなやつに事情を話して来たんだろ。もう少し気を弛めて、休む時間があってもいいんじゃないのか?」


「何言ってんだ、聞き込みして手に入った情報はなにもないだろ。俺は別に疲れてないし、それより四日前の空來の行動やらを調べなおさないと――」


「勇來」


少し大きめの声で彼の名を呼ぶ。柴闇に背を向けようとしていた彼はその声に振り返った。


「相変わらず察しが悪いな――いや、俺の言葉がわかりにくすぎるのか?」


「なんのことだ?」


「……さあね。それくらい自分で考えな」


俺は部屋に戻るぜ――柴闇は軽く手を振るとさっさと自室へ入っていった。



*



「探偵はなんだって?」


「それくらい自分たちでなんとかしろ――だとさ」


「彼らしいねえ」


ロアがくすくすと笑いながら言う。ギルドの副支部長、雷坂郁夜らいさかいくよは礼とロアの顔を交互に見て、放っておいていいのか――と尋ねた。礼は右手をぶらぶら振りながらいつもの間抜けた口調で「いいの」と答えた。


「人捜しならさあ、俺たちよりも適任がいるだろ? いいのいいの。何か頼まれでもしない限り、俺たちはノータッチで」


「なあに、放っておいたところで死にゃしないさ。彼らももう幼い子供じゃないんだよ。時が進むにつれて物事も進展していく。私たちが気付いたときには勝手に解決しているさ」


この二人は顔だけでなく、こういう物事にいい加減なところもそっくりだ。二人の根拠のない言い分に郁夜は少し呆れたようにため息を吐いた。


「心配しなくていいんだよ郁。捜されている側は馬鹿だけどな、捜している側は馬鹿じゃないんだ。すぐに足取りを掴むさ。俺たちがわざわざ手を貸す必要はない」


郁というのは郁夜の愛称のようなものだ。礼は薄く笑いながら首を掻いた。


「俺たちにできることは何もない――と言うほうが正しいかな。いや、何もないということはないかもしれないが、何かできることがあったとしても、それをする必要はない」


「でもな、ダウナが言った通り何かの事件に巻き込まれた可能性も否定できない。万が一ということもあるだろ」


「それはないね」


ロアがきっぱりと言う。郁夜は眉を顰め怪訝そうに、何故言いきれると問うた。するとロアは何故か、やや寂しそうに笑った。


「わかるのさ」


「いい加減だな」


「ロアが言うんだからそうなんだろ」


「まったく」


二人の思考にはついていけない。郁夜はもう一度ため息を吐いた。

次回は五月十四日に更新します。

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