『青と空の間』
『空色の恋模様』本編の前日談。
「浮かない顔をしているね」
少年のような風貌の少女が、ひとつに結った長い髪を風に揺らしながら言う。独特な色合いをもった青髪は日に照らされてきらきらと輝いていた。紫色の大きな瞳はあらゆる物事の一切を包み込むような包容力を湛えており、その凛とした眼差しを向けられると人は、やましいことや嘯くことは愚か、見栄や虚勢を張ることすらできなくなってしまうのだ。
「なんだか少し、疲れちゃったんだ」
対する少年は力なく答える。俯いた顔に空色の髪がかかる。目尻の下がった青色の瞳はどこか虚ろで、今にも消えてしまいそうな危うさがあった。青髪の少女は微笑み、少年の肩に一度触れた。
「まあ、生きていればそんなこともあるさ。特に君たちは若いから、いろんな悩みがあることだろう」
「君は悩みが少なそうだよね」
「おや、心外だな。これでも苦悩の絶えない日々を送っているのだよ? 私だって悩みもするし、悩み続ければ気疲れもする。君たちと一緒さ。そういうツクリになっているのだからね」
「じゃあさ、悩み疲れて、どうすればいいのか分からなくなったときは……どうすればいい?」
「それは時と場合によりけり、だね。一概にどうするのが正しいとは言い切れない」
「君はどうしてるの。例えば、過去に自分の目の前で大切な人が死んだとして、その人を救うことが出来なかった。その過去を思い出して虚しくなったとき、君ならどうする?」
「……そうだね、その人の墓に通うかな。それができなければ、しばらく一人になるよ」
「一人になる?」
「そうさ。何処か一人きりになれる場所を探して、ずっとそこにいるのさ。答えのでない、今更どうにもできない過去の悩みは、時間が忘れさせてくれるのを待つしかない。悩んで、考えて、考え疲れたら何も考えずに空でも見て、なんとなく気が済んだら帰ってきて、元の生活に戻る。すると、なんて無駄な時間を過ごしたのだろうという気持ちになって、悩みを忘れられるのさ」
「それだけで、本当に?」
「少なくとも私の場合はね。なんだったら、君も試してみるといい。君のことだから、どうせこのあたりには外で出来た友人たちがたくさんいて、なかなか一人になんてなれないだろう。だから、そうだね、君の生まれ故郷であるダウナに行くのはどうだろう。いい気分転換になると思うけど」
少年はしばらく少女の言葉を記憶するかのように一人に、と呟いていたが、やがて生気のない笑みを浮かべた。誰かにそう言ってもらえるのを待っていたかのような表情だった。
「丁度――そんな気分だったんだ」
少女は優しく微笑んでみせた。