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空色の恋模様  作者: 氷室冬彦
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14 捜し人と超能力者

「また来てくれたのね」


少女は僕の姿を見るなり嬉しそうに笑った。その向日葵のように可憐で愛らしい笑顔に心臓が高鳴る。僕はなんだか照れくさくて、彼女の目をまっすぐ見ることができなかった。


白に囲まれた小さな個室の窓際に置かれたベッドの上、病院服を着た少女が上半身を起こす。


「君はどうしてここにいるの?」


僕が問うと、少女は少し悲しそうに「病気なの」と答えた。


「お母さんや先生は、あんまり詳しいことを教えてくれないんだけどね。良くない病気なんだって」


「そっか」


「うん」


少しの間を空けて、僕は少女に向けて言う。


「でも、きっと治るよ。有名なお医者さんがね、治せない病気なんてないんだって言ってたもん。君の病気が治るまで、僕、毎日ここに来るから」


「本当? ……ありがとう」


その瞬間、二人は確かに幸せだった。


「ねえ、今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」


「うん、今日はね――」


その瞬間、二人は確かに恋をしていた。



*



「竹鬼から聞き出した話によると、空來がいたのはちょうどこのあたりらしい」


ロワリアから列車に乗って移動した先の国から移動装置――俗に言うワープ装置――を使い東大陸へ移り、そこから再び列車に揺られ、ようやく到着したのは勇來たちの故郷であるダウナ国の、昨夜に竹鬼と空來が話をしたという例の広場だ。昨日の夜には風音空來がこの街にいたのだという。


ロワリアのような国土の狭い国とは違い、ダウナはロワリアの何倍も大きな国である。この広い国の中で一人の少年を捜しだすというのも難儀な話だ。空來がまだ近くにいるという確証もないのだから。


「でも柴闇。竹鬼は、空來はもうここから離れたかもしれないって言ってたんだろ? 本当に見つかるのか? 一晩あればこの街から出て行くどころか、この国から出て行くことだってできる」


「なんだ、珍しいな? お前が弱気になるなんて」


「そ――そういうわけじゃない。どうやって空來を捜すのかって話だ」


弁解する勇來の言葉を軽く受け流し、柴闇は背後に立っていた癒暗に目を向けた。癒暗は彼の視線に気が付くと苦笑いを浮かべながら両手を挙げる。


「まだだね、他の声がうるさすぎて見つからないや」


勇來にはその言葉の意味がよくわからなかったが、それを察したらしい柴闇が大雑把に説明した。


「広範囲に遠隔知覚テレパシーを行使してる――って言えばわかりやすいか。ある一定範囲内にいる人全員の感情を一斉に受信して、その中から空來の声を探しているんだ。全員――っていっても、対象が広範囲で漠然としてるから、特に遠いところにいる人のはある程度強い感情でないと感知できないんだけどな」


「柴闇にはできないのか?」


「俺が使う精神感応テレパシーは癒暗とだけ話せる無料電話みたいなもんだ。……って、俺たちの力のことは昔に全部説明しただろ」


「そうだったか?」


そう言われてみればたしかに、勇來たちがギルドに入る前、そういう話を聞いたことがあるような気がする。当時幼かった勇來には難しい話だったのでよく覚えていないが。勇來の隣で静來が呆れたようにため息を吐く。


「柴闇、この人の記憶に期待なんてしちゃいけませんよ」


「なんだよ、じゃあ静來は全部覚えてるっていうのか?」


「全部――とは言いませんけど、少なくとも勇兄よりはちゃんと覚えてますし、理解だってしてますよ」


「まあまあ、当時は僕らも子どもだったから上手く説明できてなかったかもしれないし、ただでさえ複雑な話だから、勇來が覚えてないのも無理もないよ」


癒暗が勇來をフォローする。こうやって話している間にも彼の頭の中には何百もの人々の感情や思考が流れ込んできているのだろうか。想像するだけでぞっとする。


「癒暗、喋って大丈夫なのか?」


「平気平気、知らない人の声は耳にも残らないけど、幼馴染の声を聞き逃したりしないよ」


「喋って大丈夫なのか――って、癒暗への負担を減らすなら本来俺たちが黙るべきだと思うが」


「僕は大丈夫だよ。それより空來が何処にいるか心当たりは――」


癒暗の言葉が不意に途切れる。表情からふ、と笑顔が消え、唐突な彼の異変に勇來たちの注目が集まる。癒暗は声を聞き逃さないよう耳に手を当て、柴闇に一言いた、とだけ告げた。


「ここから北、距離はそう遠くないよ。この方向は多分……『森の病院』があったあたりかな」


森の病院――という言葉には皆聞き覚えがあった。勇來や柴闇たちがまだこのダウナに住んでいたころに運営されていた病院のことだ。呼び名の通り森の中にある病院で、そこの院長が森野という人だったことから、子供の間では「森の病院」と呼ばれていた。その森の病院が現在どうなっているのかは勇來も知らない。


癒暗の言葉を聞き、一同は北へ向けて走り出した。大通りを抜けて民家の間を通り抜け、薄暗い路地を抜けていくのが森への近道で、最後にそこを訪れてからもう六年以上経っているにも関わらず、道順を間違うことはなかった。五分とかからず森に到着する。何度も人が通った跡が小道となって森の奥へ続いており、先へ進もうとすると柴闇と癒暗の二人が足を止めた。


「どうしたんだよ」


「ここから先は俺たち二人だけで行かせてくれないか。必ず、空來を連れてすぐに戻ってくる」


「な――何言ってるんですか。ここまで来て、私たちに待っていろと?」


「僕らが空來を捕まえるところは多分、勇來たちが見ると不快になるかもしれない。空來がどんな行動を起こすかにもよるけど、場合によっては実力行使に出るつもりだから」


「なるべく手を出さないようにはするつもりだが……実の弟が幼馴染に力づくで押さえつけられてるところなんて、お前らだって見たくないだろ?」


勇來が柴闇を睨む。


「駄目だ、それは聞けねえ。俺たちはあいつの兄姉きょうだいだ」


勇來の眼差しを受けて柴闇は肩をすくめる。


「……ま、俺だって、こんなこと言ってもお前らが聞くはずねえってことくらいわかってる。ただ、俺たちはちゃんと先に言っておいたからな? 俺が空來に手荒な真似をしたからって、殴りかかってきたりすんなよ?」


「いくらなんでもそんなことしねえよ」


「じゃあ、僕と兄者はすることがあるから、勇來たちは先に行ってて。すぐに追いつくから」


「何をするんですか?」


「万が一、空來を捕り逃した場合に備えて罠をいくつか張っておく。これ以上逃げられないようにな」


「空來は俺たちを見たら逃げる――のか?」


「さあ? それは実際に会ってみないとわからない。万が一って言っただろ? 念には念をってやつだ」


「空來はこの先、まっすぐ進んでいけばいるよ。さ、行って!」


癒暗の声に押され、すぐに追いつけよと叫ぶと勇來は走り出す。静來も後に続いて地を蹴った。二人の姿が森の中に消えた後、柴闇と癒暗は目を合わせた。


「この森に来た――ってことは、いよいよ『あのこと』が絡んでいるな」


「……空來はずっと悩んでいたのかな。そりゃあ、忘れられるはずないだろうけどさ」


癒暗の呟きに柴闇はがしがしと頭を掻く。


「それを今まで俺たちに悟られずに笑ってたってことは……相当な役者だよ、あいつ」



*



道なりに沿って森を駆けていくと、急に視界が開けた。すぐそこに古い建物が目に入る。今はもう使われていないらしく、すっかり小さな病院は廃墟になっていた。


そして、その廃病院の裏庭に、


「空來ッ!」


風音空來は勇來の声にびくりと肩を揺らし、勢いよく振り返った。勇來と静來の顔を見るなり顔を真っ青にして何処かに逃げようとする。勇來と静來は彼を追いかけるために足を前へ踏み出したが、突然頭上から落ちてきた影と大きな羽音に上を見上げた。


柴闇と癒暗だった。


癒暗の背中には白い翼が生えており、それが空を飛ぶ鳥のように羽ばたいている。彼の持つ体脳系の能力だ。癒暗の腕に柴闇がぶらさがっており、丁度大きな鳥が足で獲物をわしづかみにしているようだった。二人は遠距離を移動する場合はよくああやって二人一緒に空を飛んでいる。


癒暗が柴闇の腕を離し、柴闇は空來のすぐ後ろに着地した。落下中に眼帯を外したらしく、赤い右目があらわになっている。空來は慌てて逃げ出すが、彼が走り出したその先に柴闇が現れた。目にも留まらぬ速さで回り込んだ――というよりは、突然その場に出現したという表現のほうが適切である。


瞬間移動テレポートは柴闇がよく使う「超能力」のひとつだった。


進路を絶たれた空來はすぐさま別の方向へ逃げようとするが、その前に柴闇が右手を掲げる。指鳴らしフィンガースナップの構えだ。彼はいつもそれを合図に力を使う。彼のそれは威嚇の動作などではなく、もちろん空來に対する一言の挨拶や説得はなく、彼自身の心に迷いもなかった。


パチン、と柴闇の指が鳴る。


一瞬、空來の目元に黒い霧のようなものが掛かったかと思うと、彼は両手で顔を覆って数歩後退した。


暗黒化ブラックアウト――特別に俺の力を体験させてやるよ、空來」


柴闇の力により空來の視界が暗闇に覆われたのだ。つまり彼は今この瞬間から盲目となった。もはや柴闇が今何処にいるのかすら、今の彼には認識できない。


故に、今の空來には防御ができない。


「安心しろ、永久に失明したわけじゃない。ほんの数分で元に戻る」


柴闇は姿勢を前に傾かせたかと思うと、右の拳を空來の胸元に叩き込んだ。空來は苦しそうなうめき声を洩らしてその場に倒れ込む。勇來たちが駆け寄ったころには既に気を失っていた。静來が柴闇を見上げると、柴闇は右手を開いたり閉じたりしながら、


「催眠術は勇來が嫌いなんだろ?」


と言った。

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