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空色の恋模様  作者: 氷室冬彦
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13 それはまるで謀ったかのような

「――で、お前は何を隠してるんだ?」


静來が去った後、柴闇が竹鬼に問いかけた。竹鬼は静來が歩いて行った方向に視線を向けたまま、


「さあ、なんのことかな」


と返した。柴闇は手のかかる子供を前にしたときのような困り顔で頭を掻いた。


「静來がこの場を去ったと見せかけて話を聞いてる――なんて展開は心配しなくてもいいぜ。あいつはそういうのはヘタクソなんだ。それとも――俺に言えないようなことなのか?」


「なんのことだかわからないね」


竹鬼は頭の後ろで指を組む。どうやらそう簡単に話してくれる気はないらしい。柴闇はますます困ったように、あのなあ、と言った。


「お前がそう言うなら、俺にだって手がないわけじゃないんだぞ? 俺は元とはいえ天風の人間だ。それを念頭に置いて自分のルーツを辿るといい。こんなこと言いたくないけどな、俺がその気になりゃ力づくで口を割らせることだってできるんだ」


「それ、もはや聞き込みの域を越えてるだろ」


「そんなに話したくないのか? そこまで露骨に隠されると、逆に好奇心を刺激されるんだが」


「話したところでシアンに得はないから話さないだけだ」


「損か得かは俺が決める。さっさと話せ」


「さて、どうしようかな」


なおも話そうとしない竹鬼に苛立ったのか、柴闇は一瞬眉間に皺を寄せると大きく息を吐いた。


「あまり手荒な真似はしたくなかったんだが……仕方ないな。悪く思わないでくれよ」


柴闇はそっと右手を挙げ、パチンと指を鳴らした。学は一瞬目を見開いて苦痛に顔を歪め、低いうめき声を洩らすと頭を押さえた。


「……話すつもりはないのか? 俺だって話の通じない男じゃない。隠密にしておきたい話だと言うなら静來たちには伝えないし、誰にも話さないと約束しよう。俺はあくまでお前の記憶を手がかりにしたいだけなんだ」


竹鬼は額に汗をかきながら鼻で笑う。


「だったら隠密にさせておいてくれよ。さっきも言った通り大した話じゃないんだ。話さなくても何も問題はない」


「念には念を――って言うだろ。つべこべ言わずさっさと話せ。この後の仕事に差し支えるぞ」


「仕事の心配するんなら解放しろよな」


柴闇がもう一度指を鳴らす構えをとると、竹鬼は顔を青くして手のひらを柴闇に向けた。


「ああッもう、わかった! わかったよ、話しゃいいんだろ!」


「最初から素直にそう言ってりゃ、苦しい思いもせずにすんだのに」


「このゲス神主め」


「大人げないってことくらい自覚してるさ。でもこっちだってあまり余裕がないんだよ。幼馴染が心配なもんでな」


竹鬼は忌々しげに舌打ちした。



*



「なんでこんなところにソラがいるんだろうね」


ダウナでの仕事もひと段落し、すっかり夜も更けた午後、竹咲学――竹鬼は暗闇に向けて話しかける。闇のなかには一人の少年がいた。夜風に揺れる空色の髪。目尻が垂れ下がっている青の瞳。顔立ちは整っているほうだが少々女顔である。


風音空來は人気のない広場のベンチに座っていて、顔はあげずに目だけで竹鬼を見るとああ、と覇気のない声を洩らした。


「学――いや、君は竹鬼のほうかな」


「何してんだよ、こんなところで」


「竹鬼こそどうしてここに?」


「仕事さ。マナブが昼間にソラを見かけて、気になったから来てみただけだ」


「……ふうん」


「で、そっちは何してんの? まさかこんな時間に仕事でもないだろ」


空來が黙りこむ。竹鬼は訝しげな表情で言えないこと? と聞いた。


「別に……そういうわけじゃないけど」


「じゃあ何だよ」


「竹鬼が聞いた話ってたしか、学には聞こえてないんだよね? 竹鬼が表に出ている間の記憶は学には残らない……そうだったよね?」


「そうだけど――学に知られちゃ困ること?」


「学に――っていうよりは、学から勇兄たちに伝わることが嫌、かな」


「まさか兄弟喧嘩?」


「ううん。そうじゃないんだ。僕が勝手に飛び出してきただけ。なんか……どうにもできなくなってさ」


「どうにも出来ない?」


空來はハハ、と乾いた笑いを発した。いつもの明るく人懐こい印象はなく、ただただ哀愁に満ちている。


「過去のことで悩んでる、っていうかさ。だから、どうもできないことなんだ」


「過去のこと――って、ギルドに来る前のこと? 君らがギルドに来たのは六年ほど前のことだろ。どうして今更そんな昔のことを?」


「……僕にもわからないよ」


「過去に何か、そこまで思い悩むようなことをしたわけ?」


空來は顔をあげて竹鬼を見た。いつになく神妙な空來の顔つきに竹鬼は、その過去が彼に与えた感情がどれほど大きなものであるかを悟った。


「竹鬼なら……言っても大丈夫かな。君って薄情だし、人間の物差しで測れば酷い話でも何とも感じないみたいだし。……ただ、出来れば秘密にしてほしいかな」


「なんて失礼な人間だ」


数秒の間が空く。空來は実に言いづらそうな顔と、自責の念を孕んだ声音で呟くように言った。


「――僕はね、人を殺したことがあるんだ」

次回は五月三十日に更新する予定です。

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