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空色の恋模様  作者: 氷室冬彦
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11 竹の鬼と天風

「おうい、柴闇くん、静來ちゃん!」


ロアがいた応接室から第一棟の癒暗たちとの合流場所である応接室へ移動している途中、突然響いた声に振り返ると、竹咲学が手を振りながらこちらに走ってくるところだった。学といえばいつも眠そうな顔であくびをしていて、所構わず居眠りをかます常時睡眠不足な無気力少年という印象が強い。その学が仕事以外で激しい運動をしているのを見て柴闇は少し驚いた。隣に立つ静來も同じ気持ちだったらしく、ややうろたえた。


「学? どうしたんですか、そんなに慌てて……」


「ふ、二人が、その、今、白黒、が――」


柴闇たちに追いついた学が膝に手をついてぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら何か言おうとするが、やはり日頃の運動不足が祟ったのか言葉にならず、とてもではないが聞き取れなかった。


「おい、大丈夫かよ? 落ち着いてから話せって」


「や……この後、また、他の仕事あるから。すぐに出かけ、から……」


話しているうちに回復してきたらしい学はまだ全快とまではいかないようだったが、一度大きく息を吐いて話を切り出した。


「さっき白黒姉妹に聞いたんだよ。空來くんがいなくなって、柴闇くんたちが空來くんのことをずっと捜しまわってるんだって」


「ああ、まあ確かにそうだけど……もしかして、何か知ってることがあるのか?」


正確には空來を捜しまわっていたのは勇來と静來であって柴闇ではないのだが、特に訂正せずに尋ねると学はずい、と前に身を乗り出した。


「知ってることがあるも何も、昨日会ったばかりなんだよ!」


「え!?」


静來が声を上げる。突然思いがけない情報が舞い込んできたことに柴闇も驚きを隠せなかった。


「あ――会ったって、任務先でか? 夜黒はそんなこと言ってなかったぞ」


「俺が空來くんに気付いたのも偶然さ! 皆に遅れて向こうに行ったとき、偶々道を歩いているのを見かけて……日が暮れて仕事がひと段落ついた後に会いに行って、しばらく話したはずなんだ。多分、どうしてここにいるのかって」


「多分?」


静來が怪訝そうな顔をした。柴闇はさらに尋ねる。


「任務先は? 空來とは何処で会ったんだ」


「ダウナ国内であることは確かだよ。ただ、具体的に何処にいたのかっていうのは……」


学はいまいち煮え切らない返事をする。何かに気付いた柴闇がもしかして、と呟くと学は頭を掻いた。


「空來くんを初めに見かけたのは確かに俺だけど、空來くんと直接会って会話をしたのは――俺じゃないんだ」


「……『竹鬼ちくき』のほうか?」


「……まあね」


学は気まずいのを誤魔化すような笑みを浮かべながら頷いた。


実はこの竹咲学という少年の内側には、今柴闇たちの前で会話をしている学のほかに、もう一人の少年が存在している。つまり――柴闇と癒暗が超能力者なら、学は二重人格者なのだ。


二重人格だの多重人格だのというものは大抵、ストレスや自身に降りかかった悲劇などから心を守るために切り離した感情だの記憶だのが成長したことにより生まれるものらしいが、学の場合は違う。それは学が生んだ人格ではなく、他に言い方がないから人格と例えているだけで、言ってしまえば彼の体に勝手に居着いた全くの別人なのだ。ギルドの人間はひとまずその他人格のことを竹鬼という名で呼んでいる。


学の話によると、彼はその昔、人間がカルセット化するという謎の奇病にかかってしまったのだ。この奇病はつい最近になってようやく治療法や薬などが開発されたのだが、学はその闘病中に能力の覚醒を引き起こしたのだという。その際、ただの人間であった学の体を蝕んでいたカルセットが彼の能力の一部として確立されてしまうことになる。それが竹鬼だ。


今の学は半分は人間のままだがもう半分は魔獣であり、つまり人間の格好をした突然変異体ミュータントということになる。彼の体を乗っ取って悪さをしようなどという企みはないようだが、しかしこの竹鬼というのが厄介だ。


ひとつの体を二人で共有しているせいか竹鬼が動けば動くほど学の体に負担がかかり、竹鬼が一日表に出てこなかったことしても彼が学の内側に存在しているだけで学は体力を消耗していくのだ。故に学は人よりも多くの休息を必要とし、常に寝不足の状態でいる。


しかも体を共有しているにも関わらず、竹鬼と学は互いに意思疎通ができないのだ。そして学が表に出ている間に見て聞いて考えたことなどは全て竹鬼に筒抜けなのに対し、竹鬼が表に出ている間の記憶は学には残らない。ときどき竹鬼が見た景色などの記憶をフラッシュバックのような形で見ることはできるが、それでも不公平だ。融通の利かない能力である。


竹鬼が表に出てくることは、基本的に竹鬼が自分の意思で出てくる他ないとされている。声をかけるとそれに応じて出てくることもあるんはあるのだが、ここまで話していて何の反応もないということは、今出てくるつもりはないようだ。


学は胸のあたりに手を当ててううん、と唸った。


「今のところ、出てくる様子はないみたいだ。竹鬼が彼に何を言ったかわからないままなのは不安だけど、でも空來くんはまだダウナにいると思うし、話を聞き出さなくても捜しに行けないわけじゃないよ」


「もし竹鬼が出てきたとして、お前の体にかかる負担はどれくらいのものなんだ?」


「そうだなあ……竹鬼が表に出ている時間と行動にもよるから、実際に試さない限りわからない。結構、その日の体調とかでも変わってくるしさ。でも会話だけならそれほどの負担にはならないかな。それにどうせこの後の仕事も移動中は寝る予定だし……」


「でも竹鬼が自分で出てこないと、話を聞こうにも聞けませんよね?」


静來の言葉に柴闇は大きくため息を吐いた。


「静來、お前の隣にいるのは誰だ?」


静來がはっとした表情で柴闇を見る。柴闇は口角を吊り上げて見せた。


「俺だって、元とはいえ神主だったんだぜ? 人間にとり憑いたカルセットのひとつやふたつ、引きずり出すことくらい簡単だ。俺に出来なくてもこっちには龍華だっているんだから問題ねえよ」


「……いまいち格好ついてませんけど、それもそうでしたね」


「学、俺たちは少しでも多くの情報がほしいんだ。だから――構わないか?」


学は親指を立てて笑った。


「もちろん、お安い御用さ」


学本人の了承を得た後の柴闇の行動は遠慮がなく迅速であった。右手で学の額を、左手で学の肩を掴み、左手をぐい、と強く手前に引く。学の体はなされるががままに傾き、一度がくんと揺れた。


次の瞬間、突然学が柴闇を蹴り飛ばした。柴闇が腕で防御すると、彼は忌々しげに元神主の男を睨んで舌打ちをする。その目は先ほどまでそこにいた朗らかな少年のものではなかった。


「いきなり蹴りを入れてくるなんて、結構なご挨拶だな。竹鬼」


竹鬼と呼ばれた学はいきなり何しやがる、と怒鳴って更にきつく睨みつけてきた。柴闇は一切動じずに竹鬼の肩を掴み直し、聞こえていただろ、と返す。


「お前に聞きたいことがあるんだ。自分から出てくるつもりはないみたいだったから、力づくで引っ張り出しただけ。学に許可はとってある」


竹鬼はもう一度舌打ちをした。


「さっさと済ませてよ」


「それはお前の返答次第だ。……昨日の夜に空來と会ったそうだが、それは具体的にどのあたりだ? 空來と何を話したんだ」


「……別に、大したこと話してねえよ。なんでここにいんの、って話しかけはしたけど、有耶無耶にされて結局はっきり答えてくれなかったしね。場所は丁度キミらの故郷のあたりだ。まあ、僕がこのことをキミたちに話すことを想定して、もう移動した可能性もあるけどサ」


「……そうか」


「もういいだろ、放してくんない? シアンがそうやって僕を掴んでると戻れないんだよね。僕はいいけど、マナブに負担がかかるだけだよ?」


柴闇が竹鬼の肩から手を離すと、竹鬼は気怠そうに肩をまわした。柴闇は静來に先に応接室へ向かうように告げて彼女を送り出す。そしてもう一度竹鬼に向き直った。


「まだお前に聞きたいことがある」

次回は五月二十六日に更新する予定です。

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