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BLUE・STORYⅢ  作者: 森田しょう
第一部 盲目の子羊たち
9/10

8話 八百万≪ヤオヨロズ≫


「もう大丈夫よ」



 彼女――近衛凛夏は……いや、待て。あの“近衛凛夏”……だよな?

 状況を把握する前に、彼女が本物なのかどうか、俺の中で判断を下すのに手間取っていた。だが、顔は彼女そのもので。


「こ……近衛先輩……ですか……?」


 言葉を選ぶ前に、俺の本能が採択した言葉が勝手に出てきた。

 すると、彼女は「ん?」と疑問符を浮かべながら、頭を傾げた。


「そうだよ? 私じゃないとでも思った?」

「……はぁ……?」


 彼女は自身を指さし、当たり前だろとでも言わんばかりの顔をしていた。俺はただただ、空気が口から漏れるような言葉しか出なかった。


「さて、まずはあれを退治しますか」


 困惑する俺を置いて、彼女はあの化け物の方――左方向へと体を向けた。その時、俺は彼女の姿について気付く。

 黒いショートパンツに黒いシャツ、その上から膝丈まである黒ずくめのコートを羽織り、靴もまた漆黒のように黒く塗りつぶされている。


 そして、何より目を疑ったのが――彼女の腰にあるものだった。


 微かに湾曲した細長い鞘……それに“刀”が入っているのだと想像できた。彼女は既にその柄を握りしめており、すぐにでも抜ける――そんな雰囲気が感じ取れた。


「う……ググク……てんめェ? 誰ダぁあ?」


 視線を左方向へと向けると、体をよろつかせ立ち上がるあの化け物の姿があった。

「俺ノ……食事……邪魔したノは、てメぇか?」

 奴は定まらない眼球をコロコロと動かしながら、その顔はしっかりと近衛凛夏の方へと向いていた。

「悪いね、邪魔して」

 ふふ、と彼女は笑う。


「……でも、残念ね。この男の子は私にとって、とっても大事なの。食べさせるわけにはいかない」


 彼女はそう言うと、刀をゆっくりと抜いた。スーッと静かな音が耳に届き、彼女は奴に対して体を平行にし、刀の柄を両手で握って頭の前まで持っていき、切っ先を奴に向けた。その構えは“霞の構え”と呼ばれるものだと、後になって彼女から教わった。


「く……食わせろロロロろ!」


 俺に襲い掛かった時のように、化け物は口を大きくあけて近衛凛夏に飛び掛かった。獲物を捕食する、獰猛な獣のように。



「――“弐の太刀(たち)炎鳳閃(エンホウセン)”」


 

 何かを呟いた――そう思った瞬間、近衛凛夏の刀の切っ先に朱色の渦が回転しながら集結し始めた。それは刀を包む巨大な火炎の竜巻となり、一瞬の――そこで構えていた姿が置き去りにされたかのように――間に、近衛凛夏は消えていた。


 ……違う。


 彼女は、一瞬にして化け物の背後へと立っていた。先ほどとは違い、刀を既に鞘に戻している最中だった。


「ぎぃにゃああアアぁ!」


 あの化け物は……朱色の火炎に包まれ、断末魔の叫び声をあげていた。その体は一直線に貫かれたのか、体の真ん中に巨大な空洞もできていた。


「お……お腹、減っテルんだ……よオぉオ……」


 奴を包む炎は、みるみるうちに奴の体を消し炭にしていき、黒い粉が上空へと舞い上がりつつ、瞬く間に消え去っていった。


 その光景は――本当に現実のものなのか。


 それを確認する前に、俺を襲った“怪異”と言える化け物は消失したのだ。

「あれま。“蛍火(ほたるび)”さえも出ないか。ただの傀儡(くぐつ)――ね」

 近衛凛夏はため息交じりにそう言いながら、俺の方へと近づいてくる。

「どう? 怪我は……あるな」

 俺の前に立った彼女は、俺をまじまじと見渡していた。

「ほれ。腕、出してみ。応急処置してあげるから」

 そう言って、彼女は尻もちをついたままの俺の前にしゃがんだ。目を見開いたまま、口が開いたままの俺を見てか、彼女は首を傾げる。


「痛くないの? 痛そうだけど」

「……ど、どうして……?」


 再び、俺の意志とは違う声が漏れ出る。この現状を――今見えている世界に、追いついていけてない。その混乱の中、問いを出すことだけしか、俺にはできなかった。痛みなどまったく感じないほどに。

「近衛……先輩……ですよ、ね……?」

「そうだけど」

 うん、と彼女は頷く。

「一体……どういう……」

「どういうって……そうね」

 すると、彼女は立ち上がり、うーんと唸りながら腕を組み、上空を見上げた。なぜだかわからないが、俺も同じように上空を見てしまった。幾つかの黒い小さな影が、空の青が微かに残る夜の暗闇の中を泳いでいた。


「まぁ、こういうことだわよ」


 答えのなっていない返答に、俺は思わず顔をしかめた。

 何の説明にもなってない……。この人、俺がどれだけ状況を読み込めていないのか、わかっていないな……。

 そのおかげか、俺は現状把握のための余裕が若干生まれた。


「いや、だからどういうことなんですか?」

「だから、こういうことだって言ってるじゃない」


 会話にならない。この人、真面目に返答してるだけに質が悪い。悪すぎる。

 俺は思わず立ち上がり、叫ぶようにして言った。


「そうじゃなくてですね。……どうして、近衛先輩がそんな恰好で、刀を持って、あの化け物みたいなものを退治したのかっていう、この状況を説明してほしいんですよ! 俺は!」


 両手を広げ、状況を問う俺の姿に、彼女は何度も目をぱちくりさせていた。

「ああ、そういうこと。そうよね、ごめん」

 納得したように、彼女は頷きつつ頭を指先でかいていた。


「とりあえず、説明しなきゃね。悪いんだけど、これから学校に来れる?」

「……は?」


 なぜ学校……?

 俺は全力で顔だけで疑問を呈した。


「私たちのこと、知ってもらいたいからさ」


 彼女はそう言うと、俺の腕を掴んだ。その瞬間、切り裂かれた傷の痛みが、全身を駆け巡った。苦痛に歪んだ俺の表情を見て、彼女はフッと微笑んだ。

「やせ我慢しない。まずは応急処置。それから行こうか」





 8話

 ――八百万(ヤオヨロズ)――





 夜8時過ぎ。


 既に世界は夜の闇に包まれ、家々には夕食の灯が点いており、昼間の喧騒はほとんど耳に届かない。

それは学校も同じで、学校には誰もいない。この生徒会室を除いては。


「お帰り、凛夏」


 生徒会室に入ると、月明かりに照らされるのみの窓辺に、一人の男が立っていた。

「やあ、東望くん。初めまして――かな」

 俺を見るなり、彼は微笑んだ。この人は……


「……ど、どうして、生徒会長が……!?」


 彼は“二條優真”――この学校の生徒会長だ。

 清潔感溢れる“超”が付く優等生であり、生徒の模範と言える人物。彼もまた、近衛凛夏と同じような黒いコートに黒いシャツ、黒のズボンと黒づくめだった。


「そりゃ君、生徒会室だからじゃない」


 何言ってんの? とでも言わんばかりに、近衛凛夏は僕の隣で言い放った。

「……そういうことを聞いているんじゃないと思うけど」

 生徒会長も呆れているのか、(こうべ)を垂れてしまっていた。

「ごめんよ、東くん。凛夏、変わってるからさ」

 その言い方は、浅沼と全く同じだ。……まさか、同じセリフを二度も聞くとは思わなかった。


「……ここへ来てもらったのは、他でもない。君に協力してほしいからなんだ」


 生徒会長はそう言って、窓の前に鎮座する大きな机の椅子に腰かけた。それが生徒会長の椅子だということは、明白だった。見たこともないくらいに豪華な革製のものだからだ。

「……その前に、教えてもらえませんか」

 俺は生徒会長を見つめ、言った。


「これは一体、どういうことなんですか? 何が起きて……何をしているんですか、あなたたちは?」


 ただ、その疑問だけが俺の脳内を支配している。ほんの数時間前まで、俺は普通の日常の中にいた。しかし、気付けば俺は俺が知っている世界とは、全く違う世界に足を踏み入れたかのような恐ろしさに包まれていたのだ。

「そうだね、まずはそれを説明しないと始まらない」

 彼はそう言って、小さく微笑んだ。


「あなたを襲った“バケモノ”――あれは、()()()()


 俺の隣で、近衛凛夏が言った。

「人間……? 人間には到底見えなかったですが……」



「厳密に言うと同じ。でも、違う。あれは“霊魔(レイマ)”と呼ばれる存在」



 れいま……?

 聞き慣れない名詞に、俺は顔をしかめた。

「“霊魔”――“物の怪”、“妖怪”と古くから言い伝えられていた“怪異”のようなものよ」

「……妖怪って……それ、フィクションですよね?」

 そう言うと、彼女は横目で俺を見た。

「東くん。あのバケモノを見て、フィクションだと思える?」

「…………」

 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。


「あれらは、ある“力”を持つ――或いは、与えられると“霊魔”になる。その力のことを、私たちは“具晶(ぐしょう)”と呼んでいる」


 近衛凛夏はゆっくりと歩き始めた。

「“具晶”というのは、簡単に言うと魔法。古い言い方をすれば、妖術とか、幻術とか。まぁ、これも含めて“怪異”とも言えるんだけどね」

 怪異って……魔法って……。


 俺は、今、現代の話を聞いているんだよな?

 今年は、西暦2025年だよな?

 混乱する中でも、彼女は話を止めようとはしてくれなかった。


「“霊魔”となった人は、その力のコントロールができず、精神異常を起こしてしまうことが多い。結果、人や動物を襲ったりするわけ。あなたが遭遇したあの“霊魔”は、動物を襲うタイプ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――ということ」

「正確に言うと、生命エネルギー……若しくは生き血を求めると言われている。人には少なからず“具晶”の源があり、それを補おうとする“霊魔”独自の本能に近い」


 俺を置き去りにしたまま、今度は生徒会長が補足していた。しかし、補足されても混乱を余計に大きくするだけだった。

「……じゃあ、あなたたちは……一体……?」

 俺の頭では様々なワードが飛び交い、整理できていない。それでも、訊きたいことだけを絞り出すことができた。

 生徒会長は優しく微笑み、一度目を閉じ、ゆっくりと俺の方へと視線を向けた。

 月明かりを背に、漆黒の衣を纏う男女――それはこの世界の闇に潜み、裏側の世界を見つめてきた証のように思えた。



「僕たちは“八百万(ヤオヨロズ)”。霊魔から人々を護る――それが僕たちの使命だ」





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