やきそば
「やきそば」<光明寺家の巧妙な事件簿>
光明寺 祭人
光明寺家のキッチンにて。
「ねえ、おかあさん」
と小三の次男Sくん。
「なあにSくん」
と母親。
「これって、どうやって作るの?」
次男は母親にカップやきそばを差し出した。
「あら、カップやきそばね。Sくん、ちょっと貸してごらんなさい」
母親はヤカンにお湯を沸かしながら、やさしく手ほどきをし始めた。
「先ずフタを開けて、麺の上に置かれた乾燥キャベツと液体ソースとスパイスの袋を取り出すの」
不器用な手付きでビニールの包装を破り、フタを開ける次男。
「それから?」
「キャベツの袋を開けてカップに入れるの。この時に、麺の下にキャベツを忍ばせるのがコツなのよ」
「ふーん、固い所をのこさないためだね。それから?」
「お湯をカップ内側の線まで注いでフタをするの。ここからは火傷するといけないから、お母さんがやるわね」
「うん」
お湯を注ぎ、フタを閉める母親。
「この時に、フタの上にソースの袋を置いておくのがコツなのよ」
「そうやってソースもいっしょにあっためるんだね。それから?」
「うふふ、慌てない、慌てない」
馴れた手付きでキッチンタイマーをセットする母親。そして三分後。
「こうやってフタの穴のツメを折って、そこからお湯を捨てるの。残り湯がないようにしっかりとね。この時に、熱で配水管を傷めないように蛇口をひねって水道の水を一緒に流すのがコツなのよ」
「へー、すごいや。それから?」
「フタを開けて、さっき温めた液体ソースを入れてよくかき混ぜる。その上にスパイスを振りかけたら出来上がりよ。はい、おまたせSくん。どうぞ召し上がれ」
母親は出来たてホヤホヤのカップやきそばを、割り箸と一緒に次男に差し出した。
「うわーおいしそう。いただきまー……ん?」
「どうしたの、Sくん」
「でも、これって――なんかおかしいよね」
箸を持つ手を止め、怪訝そうに眉をしかめる次男。
「なにがおかしいの?」
「だって、その作り方っておかしいよ」
次男が無粋な表情で、母親に向かって異を唱える。
「だから、なにがおかしいのよ」
ムッとする母親。どうやら、大人気なくへそを曲げているみたいだ。
キャベツも麺の下に敷いた。ソースもフタの上で温めた。時間も正確に測った。湯切りも完璧。おまけに主婦の知恵で排水管を傷めないよう水道水も同時に流した。一体、この手順の何がおかしいと言うのだろうか。
料理のイロハも知らない、包丁もまともに触ったことのない子供にケチを付けられるとは。神様仏様は許しても、主婦歴十数年の歴戦の兵である彼女のプライドが許さない。
そんな憤りを露にする母親を、つぶらな瞳でじっと見詰める次男。そして彼は、気まずい空気を払拭するかのように、おもむろに口を開いた。
「だってさ、それってやきそばなのに」
「やきそばなのに?」
「やきそばなのに、焼いてないじゃん」
(了)