ニート
ニート。どうやら百万人いるらしい。この数字の発表が僕を安心させる。
地元の三流高校を卒業した僕は、まぐれで大学進学を果たした。ヤマをはりそれが見事に的中しただけであった。廻りの友人で進学した人はほとんどいなかったので当時は皆驚いた。それと同時に僕が大物になるのではと期待された。大学進学ごときで将来を楽観するのもめずらしいが、学力の低い僕らの地域ではそういう会話になるのは自然なことかもしれない。
友人達は社会的地位の低い職業に就き僕はかなり優越感を持ったものだ。しかし今は無職。厳密には就職活動すらしていないのでニートだ。名のある電機メーカーに就職したのだが上司と反りがあわず四年で辞めた。公務員試験を受けようと思った時には年齢制限であきらめるしかなかった。その頃ニュースで「ニート、百万人超」の報を聴き安堵した。目標を見失っていた僕にとって同じ境遇の人々が居るということは仲間ができたような錯覚に陥る。その夜懐かしい友人から同窓会の誘いがあった。快く了解した。
三十歳の同窓会は早いと思った。まだ卒業して十二年しか経ってないので何も変わらないだろう。木製の扉を押しながらそう考えた。場所は居酒屋と聞いていたが思ったよりも洒落た雰囲気だった。幹事の名前を店員に告げると奥へ案内された。
笑顔がまぶしい。皆が歓迎してくれた。ビールを飲みながら昔話に花を咲かせた。僕は容姿の変わった人をネタに笑いをとった。太った和也にはあだ名をつけ、頭の薄くなった正和には傷つけない程度に駄洒落を言った。女子の半分は苗字が変わっていた。結婚すると老けると思ったが少なくとも僕のクラスの女子は美しく変貌していた。
「今なにしてるの?」
「酒を飲んでるよ!」
「つまんねーよ!」
もちろん僕の職業を聞いているのだということは解っている。ただそれを訊ねられたときに近くに居る数人がこちらを見たのであえて言っただけだ。笑いをとって注目を浴びたことを後悔した。皆の視線を逸らそうと他の人に同じ質問をした。鳶職、配管工、電気工事など建築関係が多かった。和也が教師と聞いて驚いた。正和は司法試験に受かったと涙目で言った。泣いている正和を見て爆笑した。僕以外の人間が。給料の話になった。建築関係は想像以上に多かった。月収五十万を超える人も居た。鳶職の人は来年独立を考えているらしい。話題は住宅ローンや子供の成長に移っていった。めまいがした。脇から汗が一筋落ちた。僕は便所に行くことを告げて立ち上がった。
ふすまを閉めて便所の場所を店員に聞いていると「あいつ無職らしいぜ」と声がした。ふすまの向こうが、しんとなるのがわかった。全員がその言葉を聞いたのだと理解した。早足で店の外に出た。悔しかった。でも何を悔しがる必要がある。自分で選択した道だろ。自問自答を繰り返し駅についたときに、携帯電話を居酒屋に忘れたことに気づいた。踵を返し来た道を戻る。
今後の人生を考えるのではなく、店を離れた言い訳を探した。雨が落ちてきた。天気予報は雪となっていたのを思い出した。
春よ来い、僕の心に。