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無題  作者: mimimimi
3/4

<日常と非日常>

 夕闇迫る黄昏時。

 学校から帰宅すると、挨拶もソコソコに自室へと戻る。

 

 ここは学校からさほど離れてない場所にある、ごく普通のマンションだ。

 帰宅して出迎えたのは、八坂裕子やさか ひろこ

 苗字こそ同じだが、赤の他人だ。

 そして、そもそも人間でもない。

 

 コレは師匠が創りだした使い魔だ。

 俺を中学校に通わせる時に、身元が必要になったため用意されたモノだ。

 元々あった俺自身の戸籍を流用して作られてる。

 表向きは、母の妹。つまり叔母さんである。

 つまり「事故死した両親に変わって俺を引きとった」と言うことになっている。

 

 本物の叔母さんはどうしたのか?。

 叔母さんは目の前にいる。

 ―――使い魔の材料は”ナマモノ”だ。

 

 姿形をある程度変化させることも出来るが、コレは用途的に姿形を変える必要がなかった。

 それだけの話だ。

 

 師匠が死んでしまったため、使い魔の命令を変えることはできない。

 だが、今のところ不便はない。

 人を擬態する程度の知能を持ち、最後の命令。

 ―――”俺の親代わりを演じること”。

 それが効いているため、周囲に怪しまれることもなく過ごせている。

 

 日本社会は他国に比べて甘いと言われるが。

 それでも、未成年の学生が一人で生きていけるほど甘くはない。

 師匠が用意してくれた。

 ―――取り繕ってくれた、今の環境には満足してる。

 

 だからこそ、慎重に動かなくてはならない。

 自室の戻り、カバンを机の横に置き。

 何もない空中に手を差し入れる。

 空間が歪み、波紋のように景色も歪む。

 空間の向こうをしばし探り、目的の物を掴むと。

 サッと引き出し、くるりと舞うように肩がけに羽織る。

 そして、背中側に回ったフードを手に取り前に回す。

 

 紺色の外套ローブを身につけ。

 フードで顔を隠す。

 机の上に置いている鏡に視線を動かす。

 我ながら立派な”不審者”だと、苦笑する。

 

 この外套は師匠が使っていたモノだ。

 ただの布ではなく、色々と霊装が施されている。

 

 具体的にどんな霊装が施されてるかは聞いていない。

 ハッキリと分かっているのは3つ。

 

 *無面目ジャべヴォキ

 *久遠エーヴィヒカイト)

 *回春レゲネラツィオーン

 

 久遠は形状保持。汚れたり破れしない。してもすぐに修復される。

 回春は健康維持。怪我や病気を回復させ、有害物質などを遮断する。

 無面目は、ある意味。これが最も重要な能力だと言える。

 フードを頭から被った状態で発動する能力で、目撃者から正体を隠す能力がある。

 

 つまりフードを被った状態なら、防犯カメラに写っても、直接顔を見られても。

 相手からは顔の部分に黒い闇が広がるだけで、正体を看過される心配は無くなるのだ。

 正体を表だって知られるわけにはいかない魔術師にとっては必須と言える能力だろう。

 

 もっとも、フードを被ってる間しか効果が無く。

 フードがメクレてたり、破けてたりした場合、普通に顔を見られるので注意が必要だ。

 ―――師匠と同じミスをしないためにも重々、気をつける必要がある。

 

 鏡を見て、正しく外套の力が機能してることを確認すると。

 カーテンを開き、ベランダに出る。

 高階にあるとは言え、ぐずぐずして人に見られるのも不味いので。

 手早く詠唱を終え、ベランダから身を乗り出し。

 夜の帳の中へと飛び出す。

 

 手前の一軒家の屋根に着地。

 着地した姿勢から体を起こす勢いのまま、さらに隣の屋根へと飛び移る。

 そのまま、ポン、ポンと屋根から屋根へと飛び移り進む。

 

 飛翔フリーゲンを使えれば良いのだが、生憎と今の自分には使えない。

 代わりに跳躍シュプリンゲンを使っている。

 体重を0に近いところまで自由にコントロールできる魔術だ。

 おかげで、瓦屋根を踏みつけても割れるどころか、ほとんど音すらしない。

 

 屋根から屋根へと移動する。

 いくら夜の闇が隠してくれると言っても、屋根から屋根に飛び移る不審な影を見られたら。

 騒ぎになりかねない。

 本来なら、こんな危険な真似はしない。

 

 だが、今夜は例外だ。

 他の魔術師が、俺の領域内に来ているからだ。

 しかも殺気を隠す気もなく、優雅に公園で待ち構えるつもりらしい。

 

 公園近くまで普段着で近づき、それから魔術師の正装に着替えることも可能だが。

 それだと、着替えるところを”敵”に感知され、正体を見破られる恐れがある。

 だから、リスクを承知で着替えてから出てきたのだ。

 ―――まあ、いいさ。

 一度や二度なら誰かに見られ騒がれても、見間違いで済まされるだろう。

 敵に直接知られるよりかは遥かにマシだ。

 

 魔術師が正体を隠す理由は単純だ。

 正体―――表の素性を知られると不利になるからだ。

 

 魔術師は領域内のモノ全ての所有権を持つ。

 生殺与奪も自由だ。

 だが、これは魔術師同士の決まりごとであり、表の世界の法律などで保証された権利では無い。

 事が露見した場合。やっかいな事になるのは目に見えている。

 無論。その気になればどうとでも対処可能だが、

 破壊された生活基盤を取り戻すには、かなりの労力と時間を必要とすることになる。

 

 逆に言うならば、敵対する魔術師の素性を知ることが出来れば、いくらでも”策”が使えると言うことだ。

 手を回し、犯罪者に仕立て上げるも良し。

 近親者を人質にしたり、囮にするも良し。

 通学、通勤路など、行動範囲に罠を貼るも良し。

 追い詰める方法はいくらでもある。

 

 だからこそ、正体を知られてはいけないのだ。

 それに、魔術師の存在が一般的な意味で表沙汰になった場合。確実に、魔術師狩りが始まる。

 そこまできたら当人だけでなく、他の魔術師にとっても迷惑な話だ。

 そのため、魔術師は存在ごと隠蔽される必要がある。

 

 公園に足を踏み入れる。

 空気の質が変わる。

 さっきまで聞こえていた住宅地の生活音。

 そして、帰宅しようと家路を急ぎ、公園の周りを行き交う人々の気配が消える。

 

 人払いの結界シュティルが公園全体に施されてるらしい。

 ―――手間が省けて助かる。

 

 人気の無くなった公園内を無造作に駆け抜ける。

 そして、公園中央付近の時計台のある広場に着く。

 

 時計台の前に人影がある。

 派手な化粧を施した水商売風の女が立っている。

 一般人? 否。

 

 「お久しぶりね。イシュー

  あの時の借りを返してもらいに来たわよ?」

 

 師匠の名前―――本名ではなく通り名。魔術師としての名前が呼ばれる。

 

 「さあ、おとなしくアレを渡すか、

 ―――領域ごと奪われるか、好きな方を選びなさい」

 

 「”アレ”とは何のことだ?」

 

 「―――あなたは誰?」

 

 相手に動揺が見える。

 ―――師匠と俺では体格も性別も違う。

 同じ外套を着ているからといっても、

 もう少し注意深ければ、初見で他人だと見抜けたはずだ。

 知人故に油断したのか、ただのマヌケか、それとも強者の余裕か分からないが甘いものだ。

 

 「俺は”コダール”

 この領域の新しい支配者―――剣の魔術師だ」

 

 名乗りをあげると同時に、短い呪文を唱え。

 予め仕掛けていたスペルを起動する。

 

 「呪剣想起シュヴェアト・シェイプフング

 

 混沌に囁きかけ、十重二十重の呪詛の螺旋で構成された刃を持つ。

 一撃必殺の魔剣を呼び出す。

 これは5年掛けて積み上げた努力の結晶であり、常人なら掠っただけで、

 魔術師はおろか、悪魔すらも殺せる呪力を練り込んだ代物だ。

 ―――そう、師匠すら一撃で殺した、俺の切り札。

 

 中空より生じ、刹那の間に心の臓を貫かんと飛来する死の刃。

 目論見としては、そのまま体を貫いて絶命させるところだが、

 いくら甘といっても、そこまでは甘くないらしい。

 

 不可視の障壁に阻まれ、剣は難なく弾かれてしまった。

 

 「ふぅん―――聞かない名ね

  それで、イシューはどうしたの?」


 「答える必要はあるのか?」

 

 「愚問だったわね

 ―――私は”ビス” 灰の魔術師」

 

 水商売風の女はそう名乗ると、手を天にかざす。

 かざされた手に瘴気が集まるのが見える。

 

 「よろしくね、新米魔術師くん

  ―――そして、さようなら」

  

 目の前が白に染まった。

  

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