気まぐれ Cake Cooking
夕方学校から帰ると、適当に脱がれた妹の靴ともう一つ。別の靴がきちんと揃えて玄関に置かれていた。おそらくは理佐ちゃんの物だろう。
私はそう予想をつけたが、たぶんきっと外れてない。その証拠に、奥から聞こえる楽しそうな声……の片方は理佐ちゃんだ。
そんな事を考えながら自分の部屋に入り、荷物を置いて着替えを済ませる。そして、休みの日に撮った写真を現像しようと、母の仕事場である現像室に向かう途中、ついでに空の弁当箱を置きにキッチンに寄ると……理佐ちゃんと妹が真っ白になってて驚いた。
流し台を見れば、口の開いた小麦粉の袋と、粉まみれのボウル。なるほど、白い粉の正体は分かった。でも、中世のヨーロッパじゃないんだから、頭に小麦粉振りかける必要は無いと思う。しかもブロンドじゃ無いから、急に白髪にでもなったみたいで違和感があるな……って、真面目に考えてしまった私はどうなんだろう?
「……理佐ちゃんいらっしゃい。」
「えへへ……お帰りなさい。」
とりあえず挨拶をした私に、真っ白な二人は気まずそうな笑みを貼りつけ、固まっている。怒られるとでも思ったんだろうか?
流し台の上には、他にも計量器、電動の泡立て器、ケーキ型、マーガリン、砂糖とそれに刺さった軽量スプーン、卵の殻に、牛乳パックが放置されている。
「ねぇ、何でケーキなの?」
「おーっ!」
息ぴったりに歓声が上がる様は見事で、まったく仲がいいなと感心した。
「何で分かるんですか?」
何故か目をキラキラ輝かせながら、理佐ちゃんが前のめりになって訊いてくる。けど、何故って言われても……。
「いや、そこ見れば一目瞭然だと思う。」
ケーキ型が置いてあるんだから、普通に考えればケーキしか無いだろう。
「えーとね、クリスマス近いからケーキ作りの練習しようかって話になったの。」
妹がようやく先程の問いに答えてくれたものの、やっぱり腑に落ちない。理佐ちゃんは知らないけど、料理なんてまったくしない妹が、ケーキを作ろうだなんてどういう風の吹き回しなんだ?
「じゃぁ、今年のケーキは手作りする気?」
「んー、別にそんなつもりは無いんですけど……」
「お店の方が、絶対美味しいと思うし……」
私の疑問に二人は目を逸らし、それぞれ歯切れの悪い事を言っている。それじゃぁ一体、何のための練習なんだろう? ……私は益々二人の考えている事が分からなくなって、考えるのを放棄した。
「えーと、じゃぁ私はどうした方が良い? 『1.手伝う……って言うか私が作る』『2.放っとくから自分達で最後まで頑張ってみる』さあどっち?」
「あのー、『3.もうやめる』ってのは無いですか?」
理佐ちゃんは、控えめながらも選択肢を追加した。私もその考えに便乗して、もう一つ選択肢を増やしてみる。
「じゃぁ、『4.自分達でキレイに片付けて終わる』でもいいよ。」
いくら散らかしてくれても、自分達できちんと片付けてくれるのなら私は別に構わない。しかし、結局二人で協議した結果は、期待通りとはならなかった。
「1でお願いします。」
「……そうですか。じゃぁ、先ずはベランダで粉払っといで、二人共真っ白だよ。」
はーい、と殊勝な返事をしながら出て行く二人を見送って、私は密かに溜息を漏らす。
「別に、最後までやってくれても良かったんだけどな……。」
今は私一人だから、そうこぼしてみた。
二人を追い払って改めてキッチンを眺めると、そこは予想以上に酷い事になっていて、思わず笑った。特に途中でひっくり返ったらしい、ボウルの中身がもったいない。しかし、これはこれで仕方が無い……と、割り切るしかないんだろう。彼女達も頑張ってたんだ……途中までは、だが。
これがレシピかな? マグネットで壁に張られた印刷物を外し、目を通す。至って普通のスポンジケーキの写真の横に材料と、下には手順が記されている。
私はそこに書かれた手順を眺め、もっと効率の良い手順を再構築していく。だって、洗い物は少ない方が良い……と言っても、この状況を考えれば今日はさすがに手遅れ……か。
途中の生地に少し手を加えた後、指定より少な目にした小麦粉を振るいにかけている所で二人が戻ってきた。
「さすがおねぇちゃん、もうここまで!?」
「美晴さん早い!」
いやいや、君達がベランダで遊んでいただけだよ。と、内心では思ったものの、口からは違う言葉が出る。
「慣れだよ。」
ゴムベラで小麦粉をさっくりと混ぜ合わせ、クッキングシートが貼りつけてある型に混ぜ合わせた生地を流し込む。貼りつける作業は面倒だから、これがやってあるのはグッジョブだ。
あらかじめ予熱しておいたオーブンに入れて、スタートボタンを押す。正しくは電子レンジのオーブン機能なんだけどさ。
とにかく後は25分後に呼ばれるのを待つだけだ。
さて、その間に片付けようか……と、思ったものの、カウンターの向こうからじっと見ている二人が非常に気になる。
「……洗い物くらいする?」
そう声をかけると、
「うん、そのくらいは出来るもん。」
と、妹は不貞腐れたように返してきた。
二人に場を譲り、私はとりあえずソファに陣取りテレビを点けた。時間を考えれば、写真の現像なんて後回しだ。まだ宿題も手付かずだから、今日の事にはならないかもしれない。
それにしても……今日の晩はどうしたものか? 毎日やってると、献立なんか思いつきもしなくなる。
テレビに何かヒントは無いものかと、ローカルニュースを見ていたものの、水族館に新しい仲間が増えたとか、街のイルミネーションが始まっただとか、豪華おせちの中身に、デパートの中身丸見えの福袋。クリスマスまでだって、まだもう少しあるってのに、それをすっ飛ばして正月の話題に随分と熱心だ。でも、私にとっては、まだまだ先のおせちなんかより今晩の方が大問題だ。
キッチンからは、まだ楽しそうに洗っている音がする。甘い香りが漂いだしてからは、更にテンションが上がってた。
ぼんやりとテレビを見つめ、頭の中では冷蔵庫の中身を思い浮かべる。本当に何作ればいいんだろう?
やがて電子音が鳴り、結局何も決まらないうちにレンジに呼ばれた。キッチンでは歓声が上がっているものの、私はそんなにお気楽な気分になれない。
溜息と共に勢いをつけて立ち上がり、キッチンに向かう。二人を避けて奥に入りレンジの扉を開けると、後ろから再び歓声が上がる。……そんなに喜ばれても、まだ焼けてるかどうかは分からないんだけどな。
竹串を刺して焼け具合を確認すると、どうやら中までちゃんと火は通っているらしい。
「うん、焼けてるみたい。」
今迄で一番大きな三度目の歓声が上がり、私は思わず吹きそうになる。まったく呆れるほど元気だ。だけど半面、素直でとても微笑ましい。
「ところでこの後どうすんの? クリーム塗ったりとかすんの?」
しかし、二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「はっ? この先の事は、考えてなかったとか?」
「うーん、どうやったら美味しいかな?」
「クリームもいいけど、チョコもいいよね?」
まさかの無計画。ここまで思いつきの勢いだけで動いていたとは、さすがに思っていなかった。私にはこの子達の自由さが時々理解できない。否定する気は無いけど、受けるショックは結構大きい。
「ぁ……えっと、どっちにしても今日は無理だよ? 冷めないとどうにもできないからね。それに、クリームやチョコも家には無いしさ。」
既に理佐ちゃんは帰った方が良い時間で、もちろん今から買いに行くのは勧められない。けれど、二人の意気消沈っぷりがあまりに見事で、何かフォローしなければいけないような気分にさせられてしまう。
「あのさ、明日材料買ってきて、続きをやればいいんじゃないかな? こういうのは一晩寝かせた方が、卵が馴染んで美味しいんだって。」
「そうなの? じゃぁ明日続きやろう!」
「うん、明日の帰りはスーパー寄ろうね!」
「明日学校で、どう飾るか相談しようか?」
「うん、帰ってから色々考えてみるよ。」
……まったく、機嫌が直るのが早いな。
明日の予定が決まると理佐ちゃんはパタパタと帰って行った。この子は何気ない動作が女の子らしくてとても可愛い。おまけに帰り際、「お邪魔しました。」って笑った顔は、さすが聡太くんの妹だなって再認識させられた。性格は兄よりずっと積極的で行動的だと思うんだけどね。
……さて。いつもより取りかかりが遅くなったけど、本当にご飯どうしよう? 困った事に、夕飯のメニューはさっぱり何にも決まってない。