表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な人。  作者: 薄桜
29/29

4月8日、それと9日

「じゃあ、その辺でいいよな?」

 花弁の散った芝生の上に俺は適当に座り、ガチガチの美晴を強引に隣に座らせた。花見用の松花堂弁当はそれに合わせて色とりどりの豪華な造りで、さすがに値が張るだけはある。見目麗しく飾りも綺麗、一見して美味そうだとは思うんだがな……人参は無理だよな。里芋も別にいらない、葉っぱの飾り切りが見事な南瓜も……。

「芳彰……ひょっとして好き嫌い?」

 まずい、気付かれたか。

「好き嫌いせずに食べようよ、勿体ないし。」

「いや、別に食べなくても、困らないし……。」

「あ、椎茸も駄目なんだ?」

「……。」

 無言で目を逸らしていると、不意に弁当を取り上げられた。セットのお茶も蓋をして少し離れた場所に置かれ、それから人参を箸で突き刺すと、ニヤリと不適な顔を見せ何故か襲いかかってきた。おいおい本気か!?

「実力行使だ、口開けろ!」

「嫌だ、出来るか!」

 しばし攻防を繰り広げたが彼女は退かない、だが俺も勿論食う気は無い。防戦一方なのは分が悪く……という訳でもないのだが、腕力の差を考えるとひっくり返すのは容易い。だがどう落ちを着けるのが良いものか思案する。

 本当に彼女は無茶をしてくれる。華奢なくせにやる事はやはりと言うべきか大胆で、だが計画性は皆無の思いつきだろう。今彼女には俺を押し倒そうとしてるって意識は、これっぽっちも無いんだろう。女の自覚ってのは無いんだろうな……この行動は完全に子供だ。

 だがさすがにしつこい。面倒になった俺は、箸を持つ彼女の腕を掴んで引っ張った。ぐるんと半回転して空を仰ぐ形になった彼女は、いきなり顔を赤らめる。まぁ真正面は空でなく、反動で起き上がった俺がいるからな。彼女が押し倒してる図から、俺に押し倒されてる図に変わった訳だ。

「はい、形勢逆転。」

「なっ!」

 やっと状況を理解した彼女は面白いほど焦っているが、俺にはまだ腕を放す気が無かった。こいつはこうなると面白い。

「……何でそんなに好き嫌いが多いくせに、どうしてそんなにでっかいんだ? 私は別にこれといって好き嫌い無いのに、身長もう伸びないんだよ? なんかそれって理不尽じゃない!?」

 それでもまだまだ口は達者だ。俺から顔を背けているが……本当に呆れるほど彼女は負けず嫌いらしい。つーか、理不尽がられても困る。

「知るか。もっとでかいヤツが世の中にいっぱいいるし、お前はそのくらいで十分だろ?」

「勝手に十分って言われても困る! それにおっきい人は、好き嫌いは無いかもしれないじゃん。食べないくせにでっかいのって、何かもう本当に理不尽!」

 何だその理屈は? 彼女は相変わらず不思議な事を言う。さすがに苦笑しながら引っ張って起こしてやると、拗ねたようにソッポを向いてガシガシと髪を直しだした。……なんだ、そういう所は気にするんだな。

「で、どんだけあんの?」

「あ? 身長?」

「うん。」

 彼女は半分睨むような目でじっと俺を見ている。そして残りの半分は、きっとただの好奇心だ。

「……たぶん、182。」

「ふーん、やっぱ越えてんだ。」

 そう納得したような事を言った後は、もう睨んではいなかった。むしろ満足そうな笑みが浮かぶ……まったく、彼女の表情はよくもまぁコロコロと変わるものだ。気まぐれなのか単純なのか、何れにせよ飽きないヤツだと思う。

「じゃぁ、部活は? そんだけあると、絶対誘われたでしょ?」

「……途中から伸びたんだがな、でも高2まではバスケやってた。そっからは勉強漬け。」

 あの頃はしんどかった部活が、今思い返すと楽しい思い出になり上がっているのが少し切ない。辞めた後のその時間は、しっかり家庭教師がついての勉強の時間に取って代わられた。

 それは正直あまり良い思い出にはなり得ていない。先生が全員男だったとか、少し嫌味っぽいヤツがいたとか理由は色々あるが、何より仲間の楽しそうな姿を見るのが辛かった。疎外感ってのをモロに感じていたんだろう。

「ねえ、この先はどうしたいの?」

 内に向いてた意識が不意に引き戻されて少し驚いた。俺、何を感傷に浸ってんだ?

 彼女は妙に真剣な顔で覗き込んでいて、今度は俺が不意打ちを食らわされた。彼女の目は反則だ。感情がそのまま浮かぶ目にドキッとさせられた。……明らかに心配されているのは正直辛い。

「本当に、色々聞いてんだな。」

 人が寝てる間に好き勝手な事を仕出かしてくれた姉貴に、今更ながらに溜息が出る。本当に今更だが。情けない男と思われても仕方ない……だが所詮それが事実だ。

 見ず知らずの年上の女に連れ出されたってだけでも、正直引かれても仕方ない。しかもそれが俺の姉だ。なのにこんな顔して心配してくれている事に安堵している。

「まぁ、茜さんが勝手に喋ったとも言うけどね。」

 彼女は表情を緩め、最初より少し離れた場所に座り直すと、何事も無かったかのように再び弁当を食べ始めた。それに苦笑いの俺は、退けられたお茶に手を伸ばした。

「それは安易に想像がつくな。」

「そっか、下も良い事ばっかじゃないんだね。最初からあんなに敵わないと思った相手は初めてだったよ……さすが本職。」

「いや、あれは職業なんか関係無い。なる前からああだった。」

 やっぱり彼女の考え方は一味違う。簡単に否定するやつの方が多いのにそうはしない。きちんと話を聞いて、彼女なりの考えを返してくれる……まあ遠慮は無いんだろうが。だが、それはそれで安心出来る。

「別に、医者になりたくない訳じゃないんだ。」

 お茶を飲みかけた彼女はこっちを向いたが、そのまま飲み始めた。おかげで特に返事はないが先を促されているのは明白だ。目が全てを物語っている。

「……ただ、あまりにも母親が押し付けがましかったから、嫌だったというか。」

「へ? それだけ?」

「たぶん。」

 そんな顔されてもその時は嫌だったんだ。でも今なら笑い話にしてもいい。そう出来るようにしてくれた。

「芳彰も、天邪鬼だな。」

 何が『も』なのか……は、聞くまでもないだろう。

「どっかの誰かを見てたらさ、人の為になる事するのも悪くないなって……そう、改めて思えるようになった。押し付けられてるってだけじゃなくてさ、今俺はそう出来る道の途中にいるんだ。ここで止めるのも勿体無いだろう?」

 手を伸ばして美晴の頭を撫でると簡単に赤くなる。顔に『止めろ』書いてあるような気はするが、こんなに面白い事を止められる訳がない。

「もともとは、父親の事を尊敬してたんだ。子供の頃は父親みたいになりたかった……はずなんだよ。途中で軌道を外れてたけどな。」

「軌道を外れるって言うより、ポイントが切り替わってただけなんじゃない? 色々考えたんなら、たぶんそれが正しい道だったんだよ。たぶんだけどさ。」

 必死に抗いながらも、そんな言葉がさらりと出てくる事に驚かされる。

「じゃあ、その切り替わった路線の途中にある駅で、乗車させたいやつがいるんだよ。」

 これは俺の願望な訳だが……通じたらしい。不自然に彼女はこっちを見ない。だからじっと覗き込んでみると真っ赤な顔をしていた。

「あんまり見るな!」

「何で?」

「……何か、恥ずかしい。」

「恥ずかしい? だって、赤くなってて可愛いぞ。」

「可愛い!? 誰が???」

 まったく面白いヤツだ。向こうからは意識もせずにガンガン攻めて来るくせに、こっちから行くと途端に固まる。

「誰って、美晴に決まってんだろ?」

 自分から『美晴だ』と主張していたくせに、実際にはそう呼ばれる度に動揺している。これを可愛いと呼ばずして何と呼ぶ?

 こんな反応を見るにつけ、手に入れたくて仕方が無くなる。


挿絵(By みてみん)


「また弁当作って?」

「は?」

「俺、美晴の飯好きだから。」

「……い、良いけど……。」


 ほら、また照れた。


「あ、そうだ。お弁当は?」

「はい?」

「史稀って嫌いな物だらけじゃん。今まで持って行ったお弁当はどうしてたの!?」

 今、何かの拍子にスイッチが入ったらしく、突然彼女は息を吹き返す。照れてフワフワした状態からいきなり元気になった。……いや、もし残したとでも言えば、何をしてくるか分からないような目つきで俺を見ている。

「あぁ、あれはちゃんと食ったぞ?」

「……本当に?」

「本当。美晴が作ったものは平気。」

 これは嘘じゃない。さすがに残すのは気が引けて全部食べた。微笑んで返すとまた目が泳き始める。俺はこのとことん免疫の無い様子が、嬉しくて仕方がない。

「だからまた作って。」

「……分かった。」

「何? 聞こえないな。」

「分かった。」

「そうえいば、さっき名前違ったぞ? 史稀じゃなくて芳彰だろ?」

「……細かいな。」

「細かくていいから、名前。」

「……。」

「ほら。」

「……。」

「……。」

「分かりました! 芳彰にまたお弁当作ります! これでいいか!?」

 彼女は一瞬俺を睨み、自棄になったように怒鳴った。……さすがにやり過ぎたか?



 弁当を食べ終わり、ゴミをまとめて一息ついた頃。俺は財布から一枚の紙を引っ張り出した。

「美晴、これ俺の携帯とメアド。」

 そう笑顔で渡した……のだが、受け取った美晴はざっと目を通すとすぐに不備を指摘し、突き返してきた。

「あ、きれいな字書くんだね。でも誕生日と血液型が足らないよ? たぶん茜さんから私のアドレスは貰ってんでしょ? 私、誕生日と血液型もしっかり訊かれたもん。」

 ……さすが美晴だ。

「ったく、全部お見通しだな。」

 俺が美晴の誕生日と血液型を知っている事は想定内らしい。別に教えてもらった訳ではなく、勝手に登録されてたというのが本当の所なんだが。苦笑しながら、別の紙を出して渡した。一応準備はしておいたんだ。

「なんだ準備してあるんじゃないか、何? 出し惜しみ?」

 出し惜しみと言うか、最初から書いて渡すのは気恥ずかしかっただけだ。彼女は紙に目をやったとたんに動きを止めた。よし、これは俺の想定内で、内心でガッツポーズだ。

 何故ならそこに書いてある日付は『4月9日』明日の日付で、今日が誕生日の美晴と1日違いの誕生日だ。だから逆に渡しにくかったんだけどな。

「俺も驚いた。運命的だろ?」

「……何が?」

「365日もあるのに1日しか違わないって、何か凄くないか?」

「……芳彰、やっぱり性格変わってない? あー、そうでも無いのかな?」

「何だよ? 別に変わってないよ……でもまあ、迷いが晴れて素にはなってるかもな?」

「はい?」

 散歩なんてのは嘘だ。どうしても今日絶対に会いたくて、話をしたくて、俺は朝から彼女を捜してた。そしてちゃんと会えた。話も出来た。一緒に飯食って、まだこうして一緒にいられる。今日は予想以上の収穫だ。後は……。

「俺、美晴を落とす気満々だから。」

 俺は決意をこっそり口にする。本人にはっきり伝えるのはまだ早い。

「何?」

「いや独り言。」

「何で独り言? 何でそんな気になる事するかな?」


 こんなにつつき甲斐のある、面白い女の子。しかも本気で突っかかって来て、つまんなかった毎日をガラッと変えてくれるようなヤツ、捕まえておかないでどうする?


「それより、明日俺の誕生日祝わない?」

「明日? じゃあ今日の私のは?」

「んー、この弁当とか?」

「うっ、そうきたか……だったら、もっと高い物言っとけば良かった。」

「何? 何か欲しい物あった?」

「えーっと……別に無い。」

「何だよそれ。」

「……急に言われても思いつかないもん。それに何か悪いし。」

「じゃぁ、明日は二人のお祝いって事で、美晴の時間くれる?」

「時間? ……どうするの?」

「そうだな……どうしようか? まあ、考えとくよ。」


 よしっ! これで明日も美晴を独占出来る。

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。


そして、すみません……。

リメイクのくせに、予想以上に時間がかかってしまいました。orz

挿絵も途中でえらく絵が変わったんですよね(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ