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不思議な人。  作者: 薄桜
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1つの変化が他の変化も引き起こす

 翌朝に改めて川土手に向かった。もちろんカメラは持参している……デジカメだけどね。

 昨日は土手で昼寝して、聡太くんと話しながら歩いて、コンビニで理佐ちゃんとタッグを組んで聡太くんをからかった。

 彼はやっぱり妙なものを選んでさ、『外れ』って言いながらも飲んでんだもん。どんなに不味いのかって気になるよね? だって抹茶のソーダだよ???

 絶対自分じゃ買わないけどさ、一口飲んでみたいよね? けど嫌がるからさ……この潔癖め、私を『悪魔』だと思ってるなら意識しなくたっていいだろう?

 と言う訳で、思春期の少年をからかうのは楽しかった。……たぶんまた嫌われたんだろうけどさ。


 今日は昨日と打って変わって曇り空。花曇りって言うんだよね?

 言葉はキレイだけど、正直この組み合わせはピンとこない。でもそんな言葉があるという事は、これも風情ある光景なんだろう。とりあえず、名付けた人のセンスは良いと思う。

 川土手には道に沿って桜の木が植えてある。春のこの極薄いピンクに染め上げられた景色を見る度に思う。日本人は本当に桜が好きなんだなって。ここに限らずどこに行っても桜があって、この季節はワクワクする。花の季節以外、特に気にも留めないのにね。

 桜にカメラを向け、満足するまで撮り終えると回れ右。振り返ったその先の、少し小高い場所に鳥居が見える。実はあそこに大きなヤマザクラがある……んだけど咲くのはまだもう少し先。

 ここみたいに木がいっぱい並んでるんじゃなくて、ドーンと一本の大きな木。樹齢は知らない。色の濃い花を満開にして立つ姿は堂々として迫力がある。あの花が咲いたらまた撮りに行こう。

 そうやって先の楽しみに胸躍らせていると、後ろから「あ」っていう声がした。


「『あ』?」

 声の意味が分からず振り向くと、そこには史稀がいて驚いた。何か本当に色々と驚かされた。

 こっちから声をかけてばかりだったから、かけられる事自体不思議な気分で、声をかけられたのかどうか微妙な言葉だなとは思うけどさ。ああ、でも待ち伏せされてた事はあったか。

 変な話だけど、彼が昼日中にただ外を歩いてるだけで新鮮だ。夕方に突っ立ってる姿や、部屋でキャンバスに向かう姿ばかり見てたから、違和感もスゴイ。そして何よりヒゲが無い。あの邪魔なヒゲがキレイさっぱり剃られてて、おまけに髪もきちんとしてて、こいつもちゃんとした格好出来るんじゃないか。って感心した。


挿絵(By みてみん)


「珍しい、一体どしたの? 」

「珍しいって、俺だって散歩くらいするよ。」

「いや、そうじゃなくてさ。無精ヒゲ無いじゃん。」

 彼は一瞬動きを止めて、何故かやたらと笑い出す。一体何? まったく訳が分からない。

「ねえ、ちょっと何? 今私何か笑うような事言った?」

 いきなり一人で笑われても困る。状況の説明を求めたい。彼は何とか笑うのを抑えたものの、それでも笑った表情のままこう言った。

「邪魔だって言ってくれたのはどこのどいつだ?」

「は? そんな事……は、茜さんに聞いたのか。なるほど筒抜けな訳か。何だよしっかり繋がってるんじゃん。」

「違う違う、筒抜けなんじゃなくて責められたんだ。『似合わない』『邪魔だ』って酷い言われようだったんだぞ?」

「仕方ないよ、実際似合わなかったんだもん。でもさ…お姉さんスゴイ人だよね。」

「あれは凄いんじゃなくて、恐ろしいんだ。」

 何とも言えない表情で答える彼を見てると、茜さんの気持ちが分かる。そりゃこんな顔されたら茜さんじゃなくたってオモチャにするよ?

「弟は大変だね。」

「昨日は本当にすまない。姉貴が無茶したんじゃないか?」

 いやいやいや、私より大変だったんだろう? そんな顔をしてるぞ?

「いいよ、珍しい経験だったし、」

「珍しい?」

「うん、珍しい。あそこまで振り回されると、いっそ清々しいね。」

「やっぱりお前は変なヤツだな。」

「それは光栄。私はそれで売ってるからね。」


 そう言った後二人で笑った。思いっきりだ。次……どう会えばいいのか分からなくて怖くて逃げてた。でも偶然こうやって会って、普通に話せてホッとした。軽口叩いて、笑って、騒いで、やっぱり楽しい。もう合わせる顔が無いんじゃないかって思ってたから、嬉しくて仕方ない。

 それに加えて、今こうして笑う彼は、どこか違うような気がしてドキドキする。ヒゲが無いのは明らかに違うけど、そのせいだけって訳でもなさそうだ。絵を描いている彼も楽しそうだけど、今の顔はなんとなく種類が違う。いつもよりもっともっと楽しそうに見えた。


「こないだはごめん。」

「は? ……あぁ、こっちこそ悪かった。図星指されて苛ついたんだ。情けないのは事実だし、大人気ないよな。」

「私もさ、劣等感の言葉が嫌いでさ……で、ついカッとなっちゃった。」

「それは……大変な性格だな。気を付けるとしよう。」

「はあ、大変? それで何でそんなに楽しそうなの?」

 史稀は近付いてくるなり、私の髪をグシャグシャにしてくれた。穏やかそうな顔してたから、いきなりこんな攻撃されるとは思いもしなかった。

「ちょ、ちょっと、いきなり何!?」

「お前こそ、いきなりズバリ当てんな。」

「当たり? ははは、私スゴイね。」

「ああ、まったくだ。本当に凄いよ……言いにくい事平気で言うし、遠慮も無いしな。」


 冗談で明るく返した態度は、彼の言葉で勢いを無くす。また何かやらかしたかな? って内心焦って言葉が出ない。昨日聞いた色んな話と、続かない言葉とで、不安が一気に押し寄せる。

 髪を直しながら窺ったものの彼が怒ってる様子は無い…んだけど、何かを考え込んでいる。とにかくそのまま待ってみたら、フッと微笑まれて余計に訳が分からなくなった。


「なぁ、お前にとって写真って何なんだ? 自信満々だったしさ、さっきも撮ってたんだろ?」

 彼は不意に話題を変える。それは、はまり込みそうになっていた私にとっても好都合で、おかしな事を考え出す前にさっさと頭を切り替えられて助かった。

「そうだなぁ……最近はもっぱら金づるだけど。」

「は? 金づる???」

 ここで聞き返してくるなんて……史稀は真面目だな。

「いや、今は撮りたいものを撮ってるだけだよ。」

 笑ってるのを隠すため、何気ないフリを装って桜に目をやり背を向けた。花びらがはらはらと風に舞い、とてもキレイでまた笑顔になる。空の色は残念だけどね。出来れば今日は晴れていて欲しかった。

「撮りたいもの……。」

「そ、今見てる桜みたいにキレイだなーとか、スゴイなーとか、そういう瞬間を留めておきたいって思うんだ。上手く撮れるかってのが問題だけど、まぁそんな感じ?」

 振り返ると彼はまた難しい顔をしてた。外で突っ立ていた時のあの渋い顔。よく分からない場所をじっと見詰め、近くにいるのに遠くにいるような気分にさせられる。

「史稀はさ、考え過ぎなんだよ。もう少し楽になろうよ。」

 棚上げ全開、それは分かってる。でも言いたかったから言ってみた。

「あんまり自分に厳しすぎるとさ、疲れちゃうよ? 自分が嫌いなのも勿体無いし、素直になってみるのもいいんじゃない?」

 自分の言葉が自分に刺さる。それが出来れば苦労は無いんだ。彼は何も言わず、ただジッと立っているだけだ。その反応に私はまた不安になる。……また余計な事言ったかな?

「だんまり? 黙ってないで返事する。じゃないと芳彰く~んって呼んじゃうよ?」

 間が持たなくてまた茶化す。けど反応が芳しくない。

「呼べばいいんじゃないか?」

「は?」

「素直になれって言ったろ?」

 もちろん私は冗談で呼んだ。なのに真面目に……しかも肯定されてしまうと調子が狂う。どうしよう!? って、必死に頭を巡らせていると彼はまた至極真面目な事を言い出した。

「俺は宮原芳彰。そういう事だろ?」

「……そ、だけど。」

 なんだこいつ……急に元気になって、良い顔して笑ってて……おかげでまた心臓がおかしいじゃないか。

「じゃ、そういう事なんでちょっと付き合え。」

 彼はいきなり私の手を掴むと、どこかに引っ張って行こうとする。だから私は更にドキドキして、どうしていいか分からない。

「は? な、何? 何がそういう事???」

 彼はニッと笑っただけで説明なんかしてくれない。私は私で引っ張られるまま、抵抗するでもなく足は勝手に動いていた。

 笑顔の彼は子供っぽくて、陰りの無い楽しそうな顔をしてて、私はどうしようもなく落ち着かなくて……でも嫌じゃないっていう理解したくない状況で。もう頭の中がグチャグチャだ。

 まさか自分がこんな気持ちになるなんて、今まで思ってもみなかった。

「こんだけ花が綺麗なんだ。どっかで食い物買って花見でもしよう。天気は生憎曇りだけどさ、今日は一日付き合わせてくれ。」

 人が変わったみたいな史稀に頭も心臓もパンク寸前で、緊張してギクシャクしてる。絶対今端から見ると、私の動きはおかしいはずだ。その自信なら満々にある。


 コンパスの差か、性別の差か、ただでさえ彼の歩くペースは早い。なのに今はもっと早い。

「ちょ、ちょっと史稀、歩くの早い!」

「芳彰って呼ぶんだろ?」

 スピードは変わらない。その代わりに呼び方を訂正された。彼がそう呼んで欲しいなら私はそれで構わない……けど、いざ声に出そうとすると、恥ずかしくて声が出ない。呼び慣れない名前を頭で何度か繰り返し、深呼吸して再び挑む。

「……よ、よしあき早い。」

「どうした美晴、聞こえないぞ?」

 な、名前呼ばれた!? しかも呼び捨て。心臓が今までで最高に跳ねて、急に体温が上がる。繋がれてる手を余計に意識して、歩く足は完全に止まってしまう。ちょっと待って今私に何が起きている!?

「い、今……名前呼んだ。」

「美晴って名前があるんだって、憤ってたのは美晴だろう?」

「そ、そうだけど、急に呼ぶから……。」

「お前こそ素直になれよ、面白いけど捻くれ過ぎだ。」


 そう言ってまた笑う彼に、私はたぶん真っ赤になってる。

 優しい彼も、絵を描いてる彼も、考え込む真面目な彼も、今私を振り回している彼も、彼のすべてに刺激を受ける。色んな面があり過ぎて、まだ見えない部分が多過ぎて、好奇心は抑えようもない。


『素直』にって……認めなきゃ駄目? 芳彰に惚れたみたいだって。もう完全に、どうしようもないほど惚れ込んでるって。


 でも困ったな、どうしたら良いのか分かんないや。

 本当に……どうしたらいいんだろう?

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