何か色々新発見
「あ、やっと起きる。」
顔をくすぐる何かを払いのけると、すぐ傍で聡太くんの声がした……って、起きた? 慌てて目を開け声のした方を向くと、本当に聡太くんが座っていた。
「……あれ? 私、寝てたの???」
黒いシャツとカーキ色のカーゴパンツというラフな格好で、柔らかそうな髪を風にそよがせている彼は、弄っていた携帯を仕舞うと冷たい視線を私に向けた。
「美晴さん、あなたは一体どんな神経してるんですか? 警戒心とか無いんですか?」
彼は完全に彼は呆れているらしい。いや、ひょっとして少し怒ってる? 確かに自分でもどうかと思うけど、いきなりそれはヒドくない? 顔にかかった髪の毛をきちんとどかし、ぼんやりした頭でとりあえず今の状況を把握しようとした。
ファミレスから戻る途中桜を見ようとこの土手に寄って、疲れて転がったから、そのままうっかり寝てしまった……と、ここまでは簡単なんだけど、どうしても一つだけ分からない事がある。
「ねぇ、何で聡太くんがここにいるの?」
「何でじゃなくて、こんな場所で寝てる方が『何で?』ですよ。僕は美晴さんを見つけた妹に『番犬してろ』って呼び出されたんです。」
「あぁ、なるほど。私は保護されてたのか。」
しかし番犬とは理佐ちゃんも上手い事を言ったもんだ。聡太くんを動物にすると絶対毛艶の良い賢そうな犬だよね。コリーとかがいいかな? 葵をガッチリガードして、近寄る男を威圧しまくる見事な忠犬になるんだろうなあ。
「納得してないで反省して下さい。」
ほら、こんな風に睨みつけるんだ。葵にだけベッタリの立派なコリー犬を想像して、私は思わず笑ってしまった。
「……何ですか?」
「ううん、何でもない。ごめんね、ありがと。」
「あ、いや別に。僕はただここに座ってただけなんですけどね……。」
一体何を慌てて言い訳してるのか、いきなり挙動不審になった彼は不意にそっぽを向いてしまう。一体何なんだろう?
「ところで、この服は聡太くんの?」
起き上がると私のお腹の上には服が乗っかっていた。どう考えても彼が毛布替りに掛けてくれたものだろう。
「そうですよ。真横にいるのに風邪でもひかれたら、悪い事した気分になりますからね。」
やってる事は親切なのに、いちいち刺々しい言い方するのが何となくおかしい。でもまあ良く思われてないのは知ってるから……これでも御の字か。
「そうだね、ありがとう。次は気を付けます。」
「いや……あー、はい。気を付けて下さいね。」
やっぱり彼は妙だ。
服はグリーンとブルーのチェックのシャツで、広げてみるとサイズが明らかに男物だった。まあそれは当然なんだろうけど、彼は線が細くって華奢に見える。そのくせ随分と服はでっかいんだなと、私はしげしげと眺めてしまった。新発見だ。
「本当にゴメン、寒くなかった?」
「別に、日向なんだから暑いくらいですよ。」
軽く畳んで服を返すと彼はまたそっぽを向いた。しかも今度は赤い顔をしてだ。……本当に彼は一体どうしたんだろう?
腕を上げて背伸びをすると気持ちが良かった。今朝の大変だった茜さんとの話が、随分と以前の事のような気がしていた。一度寝たおかげなんだろう。しかし、寝て見事にリセットって、こんな簡単に気分がスッキリしてるなんて、何ともお手軽な性格だな、私は。
でもまぁいいか、桜がキレイで天気が良くて、疲れた頭も回復出来た。しかも大人気の番犬付きでだ。それ以上何を望む? ……なんてね。
一人で笑うと、横で溜息を吐かれた。
「やっぱり美晴さんは変な人ですよね。」
「皆そう言うんだよね。自覚が無い訳じゃないけど、何でなんだろう?」
「そうやって一人で笑ってるからですよ。それに、色々認めちゃうからじゃないですか? 少なくとも僕には美晴さんが理解出来ませんからね。」
その答えは意外だった。意外過ぎて、まだ眠かった頭が一気に覚めるくらい驚かされた。
「え、駄目なの?」
「……だから変な人なんですよ。何で理佐はあんなに傾倒してるんだか……。」
聡太くんが頭を抱えて溜息を吐く姿は様になり過ぎる。なかなか毒舌で肝心な所で意気地無しな彼だけど、姿は憂える美少年。この姿を写真に収めておけば目玉商品は確実だ。家でこっそり撮れないか理佐ちゃんにお願いしてみよう……って、そうだ。
「ねえ、理佐ちゃんはどこに行ったの?」
私を見付けたのが理佐ちゃんで、彼は彼女に呼び出された。じゃぁ彼女は今どこに? 素朴な疑問ってやつだよね。
「あぁ、理佐ならコンビニに行ってますよ。おやつを買いに行くって無駄に張り切ってましたから。」
そう答えた今もこっちを向かない。彼からあまり良く思われてないのは知ってるけどさ、普通に会話が出来る間柄だとは思ってたんだけどな……さすがに色々やり過ぎたかな? 写真の事がバレて以降、彼の目がきついんだよね。
「ふーん。でも聡太くんの家から一番近いコンビにはここを通らないと思うんだけど?」
「店限定のデザートが欲しいからって、学校の近くまで行ってますよ。」
「あぁそれで。」
さすが理佐ちゃん大した根性だ。あの子の食欲もうちの妹とタメを張る。目的のためなら努力を惜しまないなんて、素晴らしいじゃないか。
「じゃあ、私たちも行こうか? 迷惑かけたお詫びに何かおごるよ?」
「は? 別にいいですよ。」
用は済んだとばかりに立ち去ろうとしていた彼を、私は当然のように引き止めた。だって、きちんとけじめは付けておきたいからね、恩を受けたままの状態ってのは好ましくないんだ。
「まぁまぁ、遠慮しない。私も喉がカラカラだからさ、ついでだよついで。」
「そういう事なら遠慮なく。どうせ断っても美晴さんの事だから、後で何か寄越して来るんでしょう?」
……よく分かってるじゃないか。さすが小学校の頃からの親友の弟の親友。付き合いが長いだけはある。だから私は返事をせずにただ笑った。
「まったく、理解出来ない行動ばっかりのくせに、そういう所は変に義理堅いんですよね。」
やっぱり彼の言葉には刺がある。言葉はさて置き、意識的に目を逸らされるのは苦笑するしかないんだけど……ねえ、私そろそろ拗ねて良いかな?
そっちに行くから店で待ってろって、聡太くんは理佐ちゃんに電話を入れた。私から見れば弟みたいな感覚だけど、そんな所を見るとやっぱりお兄ちゃんなんだなって……つい笑ってしまうから、また睨まれるんだよねー。
誤魔化すために私も携帯を開いてみると『12:57』と表示されていて引きつった。2時間近くも寝てたのかってこぼしたら、改めて彼の冷たい視線を浴びた。でもさ昔から言うよ? 『春眠暁を覚えず』って。
通学路を私服で、雑談しながら上流に向かって歩いた。しかも聡太くんと二人っきり。たぶんそれは初めての事で実に妙な気分だった。それに彼の方も今日はどこかおかしかったから、おかげで普段の自分が戻ってきた。
「ねえ、何で全然こっち向かないの?」
話を振っても呼んでみても、不自然なほど前を向いたまま一向にこっちを向いてくれない。そこまで私は嫌われてるのか? もしそうなんだとしたら本当に拗ねたい。でもその理由は予想と違って、しかも何だかよく分からないものだった。
「美晴さんがいつもと違うからですよ。」
「どこが?」
「どこって……美晴さんっぽくないんですよ。そんな顔で普通の人みたいな会話されても、なんか調子が狂うんですよ。」
そんな顔? 普通の人みたいな会話? 彼は困った顔で引っかかる事を言う。普通の人みたいな会話って……私は一体どんな人なんだ? でも、面白いからそれはいい。
「そんな顔って何?」
「……目が。」
「目?」
「目が、変に色っぽいんですよ。」
だから顔が赤かったのか……っていうか、それはこっちまで赤くなる。
「何それ!? そうなの? 初めて聞いたし、それ自分じゃわかんない!」
「ほら、もうその反応が違うじゃないですか。僕の知ってる美晴さんはそんな赤くなって慌てませんよ……本当に大丈夫ですか?」
「いやいやいや、私の目が色っぽいって、そっちこそ本当に大丈夫!?」
「僕は至って普通ですよ、美晴さんが女らしいとこ見せるから何か変なんですよ。」
えーと、そういう事言われると、さすがの私でも眉間に皺が寄るよ?
「……私も今、至っていつも通りのつもりなんだけどね。あのさ、一つ訊いてみたいんだけど。聡太くんは私を一体どんな人だと思ってんの? どういう認識をしてる訳?」
今日の彼がおかしな理由は、そこに原因があるような気がして珍しく尋ねてみたくなった。人にどう思われていても私は別に気にしない。むしろ色んな見方がある方が面白くていいじゃないかって、私はそう考えている。けど今は知りたかった。そうしないと今はとても居心地が悪い。
「本当に訊きたいんですか?」
「うん、訊きたい。遠慮はいらない。」
「じゃぁ……気を悪くしないで下さいよ。」
「大丈夫だから、渋らないで早く言おうよ。」
「悪魔。」
吹いた、それはさすがに吹く。しかも彼は真顔だ……冗談じゃなくて本気でそう思っているという事なんだろう。
「一言? それだけなの?」
「そうですよ。今までの所業を考えれば当然でしょう?」
結構堪える言葉だけど、面白いから採用。それに『所業』と言われてしまえば否定は出来ない。確かに迷惑ばっかりかけてるのは事実だ。なるほど『悪魔』か……うん、それはそれで、とても興味深いかもしれない。
「……やっぱり変な人だ。何でそこで喜ぶんですか?」
「え、だって、悪魔って呼ばれるのも面白いかなって。それに、今日の私がいつもと違うってのは、珍しいものが見られたって事でいいんじゃない? 私も珍しい聡太くんが見られて面白かったしね。」
「あなたって人は……でもそれが美晴さんですよね、そういう事にしておきますよ。」
彼は改めて珍しいものを見る目で私を見た後、溜息を二回も零した。だけどそこからの彼は普段通りのような気がした。きちんと説明のしようがない、何となく……なんだけどさ。
「ところで美晴さん、お願いがあるんですけど。」
聡太くんがそう言ったのは、土手から橋に差し掛かった頃の事だった。
「改まって何?」
「僕の写真を売るの、いい加減止めてくれませんか?」
それはついさっき彼が言った『所業』についての中止要求だ。彼がものすごく不満に思ってるのは知ってるけど、そこは譲りたくないんだよね。
「嫌だ。まだ止める時が来てないもん。」
写真の事が彼にバレた時も、同じように止めてくれと言われた。まずはメールで、それからわざわざ学校の前で待ち構えてて『そこになおれ』ってくらいの勢いはあったな。渡した葵の太夫の写真、ポケットに入れたくせに買収されてくれなかったんだよね。
結局私はのらりくらりとそれを拒否し『止める時が来たら止めるよ』って、その時はうやむやにした。あれからどれだけ経ったかな? でもまだその止める時が来ていない。
……本当に聡太くん、しっかりしようよ?
「だから何なんですかそれは?」
「本当にまだ分かんない?」
「……いえ、想像は付いてますけど。」
改めて押すと彼はたじろいだ。分かってるんならやればいいのに。私はそうとしか思わなかった。
「じゃぁ頑張りたまえ。」
「勝手な事を……。」
「君次第さ。」
確かに勝手な言い分だけど、でも皆待ってるんだよね。二人の……聡太くんと葵の決着が着くのを、本当にイライラしながら待ってるんだ。だから、そんなに嫌ならさっさと告白しろってだけの話。
「それと……前から聞いてみたかったんですけど、僕の写真でいくら稼いでるんですか?」
「さあ? 計算してないからトータルは知らない。でも毎回肖像権料渡してるよね?」
求められて勢いで始めたものの、多少の罪悪感ってのはやっぱりある。だからバレた時点で売り上げを被写体にも分配する事にした。葵は呆れながらもしっかり受け取る。聡太くんには理佐ちゃん経由で渡していた……筈だったんだけどな。
「は? 貰ってませんよ。」
彼の眉間に皺が寄る。初めて聞いた事実に驚いている所を見ると、どうやら途中で止まってるらしい。
「そっか、中間マージンに全部消えてるんだ。」
まったくチャッカリしている。確かに言わなければ知らないままだからね。
コンビニで理佐ちゃんと合流するなり、聡太くんは理佐ちゃんを外に連れ出した。もちろんいつもの引きつった笑顔でだ。整った顔してる分迫力があるんだよねー、あれ。
二人はそのまま店の前で、怖い顔してにらみ合い何かを言い合っている。聞こえないけど喧嘩してるのは確実だ。……困ったな。
私はとりあえず壁いっぱいの冷蔵庫からミカン味の水を1本出して、レジでお金を払った。聡太くんの分は彼自身に決めてもらいたい。彼はいつも変なもの選ぶから、何買っていいか分かんないんだよね。
店の外に出て買った水で喉を潤しながら、兄と妹の喧嘩が終わるのをぼんやり眺めた。聡太くんがやり込めようとしてるけど、理佐ちゃんも黙っていない。これは長引くかな?
そういえば聡太くんはいつも自分が正しいって立場で怒るんだよね。……小心者のくせに。
写真の事だって、葵に告白しちゃえばすぐにでも止めるのに。だって、彼氏彼女がいる人の写真を売るって何か詐欺っぽいよね? だからしたくないんだ。本当に分かってるんだったら、もっと追い詰められればいいのに。
でもそうだな。もう少し背中を押してみるくらいしたって良いのかな? 理佐ちゃんへのお礼って事でさ。『早くしないと鳶に油揚げ攫われちゃうかもよ?』って、もっと危機感煽ればさすがの彼も行動してくれるかな?
もちろんあの葵が他の人に攫われるなんて思ってはいないけど、でも聡太くんが好きって自覚が無いってのも事実なんだよね……。
なんて事を考えていると、『何で喧嘩を止めないの?』って、二人から怒られた。『喧嘩なんだから、思いっきりすれば良いんじゃない?』って主張を掲げたら、呆れられて笑われた。
何で!? 私とばっちり受けてるよね?