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不思議な人。  作者: 薄桜
24/29

いくつになっても姉弟は姉弟だ

「こんな時間じゃ喫茶店のモーニングか、24時間のファミレスくらいよねー。」

「そうですね。」

 通学路の川土手の道は桜が見事に咲いている。高い場所から見れば川と平行してピンクの線が2本走っている。今私達はその線を分断している橋の歩道を歩いていた。

 史稀のお姉さんが前を歩くので、私はなんとなく後ろを歩く……とてもじゃないけど隣は無理だ。

「じゃぁ、三嶋通りのとこ行こうか。」

 私はその言葉に驚いた。確かに三嶋通りにはファミリーレストランがある。帰り道にある訳じゃないし、あの方向には行きたくない場所があるから、自分から行くような事はなくて。それでも何度か入った事はあるんだけど……じゃなくて、そんな事はどうでもいいんだ。もっと気になる事がある。

 彼女が口にした『三嶋通り』っていうのは、近くにある三嶋神社から取った通称だ。地図には121号としか載ってない……はずだ。

 その名を普通に使う人っていうのは、地元の人とか土地勘のある人くらいのものだと思う……けど、彼女は以前車で来てて、何より史稀は一人暮らしだ。だから少し疑問を感じたんだ。

「宮原さん、この辺りに詳しいんですね?」

「えぇ、もちろん。」

 彼女は後ろを振り返って微笑んだ。本当に格好良くてキレイな人だ。でも、史稀のお姉さんだと思って見ると、確かに目とか口元とか雰囲気が似ている。どうして私の周りには美男美女が多いんだろう?

「だって、私すぐそこの宮原医院の娘だもの。」

 彼女の言葉とそして仕草に、少し脱線しかかっていた私の頭は急に現実に引き戻された。彼女は向こう岸に見えている建物を指している。緑の文字で書かれた看板のある大きなビルだ。

 私の足は思わず止まった。だって……そこが行きたくない場所だったから。倒れた父さんが運ばれた病院で、そのまま死んでしまった場所だ。


 5年ほど前の一時は毎日のように足を運んだ。でもあの日、母さんが覚悟を決めた日からは一度も行っていない。

 彼女が『宮原』と名乗った時も、私が『宮原さん』と呼ぶのも、そんなに珍しい名前じゃないから別に何とも思わなかった。けど、まさかの事態だ。

 だから史稀は知ってたのか? 病院の誰かに訊いて……だから何も聞いてこなかったのか? だけどあそこは大きな病院で、患者の数だって当然多い。5年も前の患者の事をいちいち覚えてくれてるものなんだろうか?


「美晴ちゃん?」

「あ、あの……何で彼は、こんな近所で一人暮らしなんかしてるんですか?」

 動揺を押し隠し、私は苦し紛れに新たな疑問を口にする。確かに『家を出た』とは言っていたけど、これはあまりにも近過ぎる。

 すると彼女の眉毛がピクリと動いた。そのまま困った表情に落ち着いて、その顔のまま私に微笑む。

「……それは、お店に着いてから話そうか?」

 また彼女は川向こうを指していた。ただその指す方向は病院よりも、もう少し左側。目的のファミリーレストランの、高く目立つ看板だった。



 4月の初めでも朝は肌寒い。風の抜ける橋に長居したせいか、緊張し過ぎて指先まで血が通ってないせいなのか分からないけど店内はとても暖かかった。私は冷えた体を温めるためにチャイを頼んだ。まぁ、冷めるまで飲めないんだけどね。朝食がまだだと言っていた茜さんは、モーニングセットと食後のデザートにケーキまで注文していた。相当ガッツリ食べる気らしい。私にも「どう?」と誘われたけど、そんなに元気な食欲は無かった。


 彼女はまず家の事を話した。店に置かれたアンケート用紙の裏にサラサラと図を描きながら詳しく話してくれた。私が違和感を抱くほどにだ。

 彼女には兄がいて、そして弟の芳彰……史稀がいる。年は5つ離れているらしい。兄は医者。内科医として家業の病院で働いている。そして彼女自信は弁護士らしい。医者は性に合わなかったからって簡単に言ってたけど、そんなに簡単なものなのか? 史稀も駅2つ向こうにある国立医大に在籍しているらしい。

 『宮原医院の兄弟は出来が良い』と、そう噂に聞いた事はあったけど、その噂が事実である事をこうも見せつけられると、さすがに少し引いてしまう。

 医者の息子で、その将来を期待されて……確かにそれは息苦しい環境かもしれない。史稀の境遇に納得はしたが、同情をする気は無かった。


「実はね、家でも芳彰の扱いに困ってるのよ。」

 お姉さんがモーニングセットを食べ終えて、食後のケーキとお代わりのコーヒーが注がれてから流れが変わった。それまでの説明的な話し方から、彼女の本音が混じり始めた。どうやら本題に入ったらしい。

「美晴ちゃん、情けない弟を叱ってくれてありがとう。みんな思ってるけど、うちにはあそこまで言える人はいないんだもの。」

「はぁ。」

「あなたの言葉が相当堪えたみたいで、かなり考え込んでたわ。本当に面白い事になってきたなって思うのよ。」

 ……まさか礼を言われるとは思ってなかった。ただその言い方ではあまり喜べない。


挿絵(By みてみん)


「年が離れてるから、昔は可愛くてね……ちっちゃいのがチマチマしてて、オモチャみたいだったのよね。」

「は?」

「だから、つい可愛がり過ぎて……余計なとこまで手を出し過ぎちゃったのよね、きっと。」

「はぁ。」

「背はもうとっくに追い抜かされちゃったけど、まだ感覚は昔とそんなに変わらなくってね。」

「あー。」

「おかげで自立どころか、反抗期も半端で今に至る……って感じ?」

「……そうなんですか。」

 ケーキにフォークを刺しながら、お姉さんは遠い目をしてふふっと笑った。なるほど、過保護にしたのはこの人か。

 だけどそれは、あまり人事のような気がしなかった。今彼女の話を聞いて私はとても妹の事が心配になってきた。私も和歌奈に過保護にしてるかなって、だとすれば少し改めなければならないみたいだ。都合の良いおねぇちゃんのままでいると、返って和歌奈のためにならないんだろう。

「でも、美晴ちゃんにガツンと言われた事が効いたみたいで、少しは足掻く気になったみたいよ?」

 私は勝手に怒っただけなのに、そんなに嬉しそうな顔をされると困ってしまう。そして今の話で史稀への評価は一気に下がってしまった。

「もっと無理したら? なんて、良い事言ってくれるわよね。」

 目の前の彼女は私と史稀しか知らない事を、本当によく知っている。いや、知り過ぎている。

「あの、何でそんなに知ってるんですか? その……話の内容とか、私の名前とか?」

 その事実が示すのは、普通に考えると史稀が喋ったという以外に無い。やつはそんなに口が軽いのか? 姉に愚痴をこぼすほど女々しいやつなのか? そんな不満が胸に満ちた。

「あー、ごめんなさいね。そっか、そうよね気になるわよね? 昨日の夜に無理矢理飲ませて、酔った所を全部聞き出しちゃったの。あの子お酒弱いから簡単なのよ。」

 けど彼女がさらりと言った言葉は……かなり酷くないですか? 彼は本当に大変な姉を持ったものだ。と、これにはさすがに同情したくなった。

 なるほど、お酒は飲まないのではなく飲めなかったんだなと、以前のやり取りを今更ながらに納得した。あの時、反応が過剰でおかしかったのはそのせいだったんだなって……そういう事なら仕方がないか。

「まぁ、芳彰はもともと隠し事は得意じゃないっていうか、私には意味無いんだけどね。」

「はぁ。」

 そりゃ、そんな事を自分でそう言うくらいだ。敵う訳がないんだろう? 目的のためなら何だってしそうな……こちらが折れるまでどこまでも攻め込んでくる恐ろしい人だ。

「あの、ちなみに聞いてみたいんですが……宮原さんはどこまで聞き出したんですか? 私の事どこまで知ってるんですか?」

「んー? 私は患者さんの家族って事くらいしか知らないわよ? 後は写真とお弁当とマフィン。そして、叱ってくれた高校生ってくらいしか聞いてないわよ?」

 くらいって……十分ですよそれ。嬉しそうに笑ってる彼女の顔を見てるとクラクラしてきた。史稀は凄い環境で育ってきたんだな。それは既に尊敬にすら値する。

「芳彰の知ってる詳しい事は、きっと千佳子(ちかこ)さんに訊いたのね。」

 それは誰? いきなり出てきた新キャラに、私の頭はついて行かない。 

「千佳子さん?」

「うちの病院の婦長さんなの。もちろん病院の事には詳しいし、母の親友だから、私達がずっとちっちゃい頃から良くしてもらってる人なの。」

「そうなんですか。」

 じゃあ史稀は全部知っているのかもしれない。父さんの事も、私が夢を見て泣いた理由も。参ったな……。知らないと思っていたから泣いたのに、知っているなら本当に合わせる顔が無い。

「でも芯の強そうな、可愛い娘で良かった。」

「な、何がですか?」

 不意に微笑まれてドキッとした。史稀の事を考えていたせいだからなのか、何故か一瞬彼女が史稀に見えた。さすが姉弟という所か、でも笑い方まで似てるなんて何か卑怯だ。

「ううん、こっちの話だから気にしないで。じゃぁ、今度は芳彰の話よね、美晴ちゃんは何を聞きたい?」

 私の動揺は何か勝手に勘違いしてくれたらしい。彼女はこちらにバトンを渡すように話を先に進めてくれた。

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