日常に入り込む好奇心とその理由
学校からの帰り道、友人の安田葵と、よーくある他愛の無い話をしながら住宅街を歩いていた。6時限まであったものの、二人ともクラブには所属していないので、時間は早くまだ明るい。
「この間さ、聡太が女の子と一緒にいたの見かけたんだけど……彼女出来たのかな?」
そう、他愛の無い話とは恋愛話。出来過ぎなほどキレイな顔を翳らす葵の、無自覚な恋愛相談……というか、とにかく普段から聡太くんの話ばかり聞かされている。
聡太くんというのは、フルネームを為井聡太という。葵の二つ下の弟と同級生で親友だ。まだ中三ながら見た目は抜群、成績も優秀。そんな所に弱い女子からは絶大の人気を誇り、私の商売は大繁盛。けど、少々気が弱くて運動は苦手なんだけどね。
一方、葵の弟の航はその反対で、勉強は得意じゃないけどよく動く。見た目はまぁ、そりゃ葵の弟だもんなって感じ。でも弟の方が少し人懐っこい印象がある。けど二人が並ぶと、どうしても聡太くんの方が目立っちゃうから、何となく損をしてる感はあるかもしれない。
あの二人は性格が随分違うけど……でもだからかな? ちっちゃい頃から仲が良かった。よって、葵と聡太くんも小さい頃からの幼馴染だ。
ただ問題なのは、この二人どっからどう見たって両思いだってのに、何故か本人達には分からないらしい。どっちもウジウジして全然動かないから、『早く付き合ってしまえっ!』……と、周りは皆ヤキモキしてるってのが裏側の話。
あぁ、そういえば思い当たる事があった。今回の件はあれだなと携帯を開き『理佐ちゃん』というフォルダに仕分けられた一件のメールを表示する。そしてその一部分を読み上げた。
「名前は石川朋花同じクラスで、二学期のはじめに転校してきた子……らしいよ?」
葵が呆れた顔をして私を見ている。
「いつもながら詳しいわね。」
「黙ってても、情報の方からやってくるのさ。」
そう、別にこの理佐ちゃんという情報提供者に、私から頼んで送ってもらったものではない。兄思いの妹からの善意の報告。彼にとっては可哀相としか言い様が無いけれど、情報ソースは完璧だ。
実はこの二人の仲に一番ヤキモキしているのが理佐ちゃんで、さっさとくっつけてくれって私はお願いされている。双方と付き合いがあるし、自他共に認めるお節介な性格でもあるからなのだろう。でもなー、私にはその気は無いんだよね。
そりゃ、見ててイライラする気持ちは分かる。だけどこういうのは他人が出る幕じゃないって思ってるから、様子を見ようよって宥めてるんだけど……やっぱりこうして逐一色々と情報が送られてくるから困ったもんだ。
「そっか、立派な諜報員がいるもんね。」
今の台詞を、葵がどんな顔をして言ったのか実は知らない。声の調子からすると呆れているのは確実だろうけど、私は別の人物を見ていた。
「とにかくその子は彼女じゃないよ。今の狙いは聡太くんじゃなくて、葵の弟くんだってさ。」
口はメールにあった続きを要約して答えたが、目は脇の公園の一点を捉えて離せなかった。この間マンションの一階にいた不審人物。あの彼を見つけたのだ。あの邪魔だった男、何をしてるのかさっぱり解らない男、寒くないのか不思議でしょうがなかった男。
「……本当に詳しい事で、って航!?」
通学路にしている住宅街の中にある第二公園。鉄棒の向こうにある半分埋まったタイヤに座り、じっと石碑に向かっている。こちらからは背中くらいしか見えないが、やっぱり今日も何をしているのかは分からない。
あの石碑は地元出身の画家を称えたもので、亡くなってから建てられたと聞いた事がある。その画家について詳しい事は知らないけど、明治の生まれの日本画家であるらしい。大きな岩を割り、磨いた面に一本の木と一遍の言葉、そして花押が刻み込まれている。
「美晴?」
石碑で無ければ、あの上に留まっている数羽の小さな鳥だろうか? あの方向にある物はそのぐらいのもので、まさか隣りの家の壁や屋根って事は無いだろう。
「みーはーるー?」
気になる……彼は一体何をしているんだ?
「あの人ならこの間も見かけたよ。美晴そんなに気になるの?」
「っ!?……びっくりした。」
完全に彼に気を取られていた私は、急に葵に抱きつかれ相当驚いた。
「だって、立ち止まっちゃうし、呼んでも気付かないんだもの。」
意識が完全に件の人物に行っていた私は、不覚にも自分が立ち止まっている事にすらまったく気付いていなかった。
「ねぇ、何でそんなにあの人見てたの?」
すぐ傍にある腹の立つほどキレイな顔を見ると、とても楽しそうで空恐ろしい。けれど、そう言われて私は初めて理由を考えた。本当に何故なのだろう?
「うーん、そうだな……気になるから? うん、妙なやつで何かすごく気になる。」
自分でも漠然とし過ぎて良く分からないけれど、彼のやっている事がさっぱり理解出来ないって言うのが、とても気になる……という部分は確実だ。そしてその理由はとても自分で気に入ってしまった。
「うわ、美晴の好奇心出た。」
「うん、そうそう、私のセンサーに引っかかる感じ?」
「その不適な笑み、ちょっと怖いよ?」
勝手な事を言って離れて行くが、さっきの葵の顔だって何かやらかしそうで十分怖かったさ。彼女がやたらとキレイに笑った後は、大抵碌な事がない。それが私に向けられたものでさえなければ面白いけど、こちらに向けば面倒なになりかねない。
「失礼な、放っといて。」
この間も彼はまったく動かない。本当に何をしてるんだか……あぁもう気になる。でも、今動くのはきっと得策じゃない。さっきのあの葵の顔を見てしまうと、何か弱味でも握られそうな気がして動くに動けない。自分にとってのプラスとマイナスを色々計算した結果、後ろ髪を引かれる思いで私は彼から目を離した。
また縁があれば会うだろう。とりあえずそう納得した事にして、葵を置いてさっさと一人で歩き出した。葵の無用な冷やかしと不満は、今は聞かない!