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不思議な人。  作者: 薄桜
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見える部分だけを信じていると騙される

 演奏会が終わり、ドアに掛かった札を『Close』に返した後も、常連達は当たり前のように残り雑談に花を咲かせていた。もちろん私達もその中に含まれている。

 これからが面白いんだから、早くに帰ってしまうなんて、もったいない真似が出来るかっての。


 誰か優しい人が差し入れてくれたオードブルのプレートが並び、これまた誰かが持参したアルコール類も加わり、現在はちょっとした宴会状態に発展している。

 もちろん話題の中心はさっきまでの演奏会。けど、日頃から仲の良い中年達にとって、若い二人は格好の餌食だ。

「美人さん捕まえて、しかもピアノが上手ときた。文紘くんもなかなかやるねえ。」

「当然! 自慢の彼女だよ? 何せ一目惚れだからね。」

 おじさん達のからかいに、はっきり惚気る文紘さん。しかし、美智留さんの方はそういう訳にもいかないようで、少し困った顔をする。

「自慢されても、私ただの学生よ?」

「いいのいいの、俺は美智留にベタ惚れだから。」

「ちょ、そんな事、こんな所で言わないでよ!」

「ねぇ、将来はピアニスト?」

「あ、はい、そう成れればいいんですけど……どうでしょう?」

 どこかからの質問に、彼女は答える。おじさん達に取り囲まれて、今夜の主役は大変そうだ。

「美智留なら大丈夫!」

「文紘の大丈夫は、根拠が無い!」

「酷っ!? 俺は信じているのに。」

 そしてまた、漫才のような掛け合いが始まった。文紘さんは終始楽しそうで、美智留さんは……そもそも突っ込みの体質なんだろうな。 


 そして、珍しいのは美智留さんだけじゃなくて、葵だって初顔で、しかもこちらも相当の美人さんだからね……おじさん達が放って置くはずも無い。

「美晴ちゃんの友達だって?」

「今日は美人がいっぱいで、嬉しいねぇ。」

 助けを求める視線を何度か感じたけど……頑張れ、葵! 私は私で楽しくやってるからさ。


 母はカメラを首に提げたまま、楽しそうに会話に興じている。妹の方はその傍で……やっぱり食べる事に夢中のようだ。母の所に行ってから、もう一つショートケーキを注文し、おまけに母のチーズケーキの半分も、あの子が食べてる姿を見たんだけどな……。



 気が付けば文紘さんは輪から離れ、一人レコード傍の壁にもたれていた。壁の花? って、言いたい所だけど、どうやら相当お疲れらしい。

「お疲れ様です、文紘さん。」

「あれ? 美晴ちゃんは捕まらないんだね?」

「私は珍しく無いもので、気楽にしてますよ。」

 彼の傍に行き初めて気付いた事がある。レコードが回っていた。店内は騒がしいから全然気付かなかったけど、控えめな音でパイプオルガンが鳴っている。それは知らない曲だけど、たぶんクリスマスの選曲……って事なんだろうな。

「これ何て曲ですか?」

「あぁ、これ? とりあえずバッハの曲。何ていうのかは俺も知らない。けど、雰囲気あるでしょ?」

 彼は壁にもたれたままニッと笑い。さっきまでの疲れた顔は、完全に消えてしまった。


「そうですね、さっきまで聞こえてませんでしたけど。」

「そっか、でもBGMってのはそのくらいでいいんだよ、たぶん。」

 彼がそんな事を当然のように言うものだから、私はつい一言いいたくなった。言っていいのか悪いのか、本当はよく分からないけど……そんなに頑張り過ぎるのは、たぶん良くないって、そう感じたからだ。

「そんなになるまで気を使わなくってもいいんじゃないですか?」

「無理。俺はそういう性分なの。」

 ヘラヘラと笑いながらの返事に……だからそうなるんだろうなって、私は笑い返せない。

「潰れないで下さいよ。」

「大丈夫。」

「文紘さんの『大丈夫は根拠が無い』って言われてませんでしたっけ?」

「……本当に大丈夫だって、今回は根拠あるし。」

「どんな根拠ですか?」

 だが私は、軽々しく聞き返した事を、すぐに後悔する事になる。

「後で美智留に癒してもらうから……それを思えば、こんなの全然問題無い。」

 その言葉の意味を一瞬考え、辿り着いた答えに赤面する。

「美晴ちゃん、赤いよ?」

「ぁと、えぇっと……アダルトの方面には免疫がないので、これ以上は突っ込みません。」

「あれ? ひょっとして、美晴ちゃんの弱点を発見。って事かな?」

「その点に関しては、それでいいです!」

「変だな、美晴ちゃんにしては、諦めが良すぎない?」

「だって、本当に駄目なんです!!」

「じゃぁ、からかってもいい?」

「……止めて下さい。」


 この人、想像以上にいい性格をしている。彼の本質を見られたのは良いんだけど、こんな意地悪な人に弱味を握られてしまったのは、歓迎出来ない。

「そういえば、ピアノはどこから持って来たんですか? あれ、結構古い物ですよね?」

 だから、こんな時には話を変えるに限る!

「あぁ、あれ? あのピアノはね、じいちゃんの友人から譲ってもらったんだ。昔は娘さんが使ってた物らしいんだけど、もう誰も弾かないし、家で埃を被ってるより誰かに使ってもらった方が、ピアノも喜ぶだろうってさ……逆に喜ばれたんだって。」

「なるほど。」

 やっぱり大事にされてたんだなと、私はジッとピアノを眺めた。それは賑やかな輪の向こう側で、溶け込むようにそっと佇んでいる。古い店も、古いピアノも、時間を経た物同士とても相性が良いのかれない。

 確かに気になっていた事だけど、ただ逃げるために振った話で、こんなにジンとさせられるとは思わなかった。

「小原さんっていうおばあちゃんなんだけどさ、本当なら聴かせてあげたいんだけど……でも、入院してるからさ。」

 あ、知ってる。優しい雰囲気の品の良さそうなおばあちゃんだ。カウンターじゃなくて、確か窓際の席が指定席だった。

「マスターがお見舞いに行ってて、いなかった時ですか?」

「うん、よく覚えてたね。」

「もちろんですよ。マスターがいないのって初めてだったから。でも、元気になったら、聞いてもらいたいですよね。」

「……うん、だよね。」

 だけど、彼の返事は歯切れが悪い。気遣うように微笑む姿に、そのおばあちゃんはもう長くないのかもしれないと感じ口を閉ざした。こんな時は、やっぱり何て言ったら良いのかよく分からない。

 ……私はたぶん、まだ後悔している。


 向こうでは本職のカメラマンによる撮影会が始まっている。ほろ酔い加減の楽しそうな人達に、カメラを向ける母も楽しそうだ。

 まったく、仕事場でも写真撮って来てるのに、終わってからもこの調子だ。いつもいつもカメラを持って……本当に、どれだけ写真が好きなんだろう?


 しばらく二人で会話も無く、賑やかな人達を眺めていた。だけど、文紘さんが不意にさっきの続きをし始める。

「調律は頼んだけど、修理まではしてないんだ。……大事にされてたんだろうな。」

「大事に使っていかないと、顔向けできなくなりますよね。」

「そうだよね。責任重大なんだよなー。」

「やっぱりここ、継ぐつもりなんですか?」

 溜息まじりで笑っている彼に、ついでに一番聞きたかった事も聞いてみた。彼がこの店で働き始めた理由。集客に尽力する理由。そして今日、ぐったりするほどテンションが高い理由。それはすべて、こういう意味なんだという気がしていた。

「無くなったら、皆寂しがるでしょ? それにね、俺もここ好きなんだ、」

 そう当然のように言う彼に、私は思わず笑ってしまった。嬉しかった。その心遣いと、彼もここが好きだって言ってくれた事が。

 今騒いでいる人は皆、ここが無くなれば絶対寂しい。もちろん私だって。この店はもう、そういう当たり前の場所なのだから。


 サービス精神に溢れるこの人は、BGMになろうとしているのかもしれない。って、何となく思った。

 当たり前存在し、無ければどこか寂しく感じる音楽のように。でも、目立ち過ぎず、そっとそこにある存在に。マスターなんかその通りの人だ。

 でも、そう簡単な事じゃ無いんだろうな。覚悟と責任、その大きなプレッシャーに負けないように、まだ気負ってしまうから、さっきのようになるんだろう。

 だけど、人に喜んでもらおうとする、その精神に天晴れだ。


「本当にいい人ですね、文紘さんは。」

「美晴ちゃん? それは、男に対する褒め言葉じゃないよ?」

「私は褒めてるつもりだから良いんです。」

 複雑そうな表情の彼に、私はきっぱりと言い切った。だって、本当に感心してるんだからさ。

「なんかペラペラ話しちゃって……格好悪いな、俺。」

 溜息混じりに言う彼に、私は自然と顔がほころぶ。

「私もこんなに訊けるとは思いませんでした。でも、本当に優しい人だって分かって嬉しくなりましたよ?」

「えー、今頃気付いたの?」

「はい、今頃です。ノリの良い人だとは思ってたんですけどね。文紘さんは、話術が巧みな分、警戒しちゃうんですよ。それ、どこかで習ったんですか?」

「ひどっ、でもたぶんバイトで身についたんだよね。」

「執事ですか?」

「うん。」


「二人ともそんな所にいないで、こっちにおいで。」

「そうよ、皆で記念写真撮れないじゃない。」

 マスターと母が呼んでいる。記念写真? って、そう思ったけど、手を上げではいはい、行きますって返事をした。


「私はこの店、これからも応援しますよ。」

「うん、よろしく。」

「だから、メイド姿までは言わないけど、執事姿をいつか見せて下さいね。」

「うーん……それはどうだろう?」


 なるほど。どうやら彼の言葉は、そのまま信じてはいけないようだ。




 もう少し話をして帰るという母と、母と一緒に居るという妹を置いて、葵と二人で家路に着く。まだ10時にはなっていないのに、住宅街の外灯の下を歩くのは二人しかいない。

「でも、あんな関係っていいなぁ。」

 店でおじさん達に囲まれた時、放っておいたのを責められた後、唐突に葵が言う。

「何が?」

「文紘さんと美智瑠さん。」

「あぁ、うん、確かに良い関係だとは思ったけど。」

 恋愛小説愛好家の彼女とは、多少思っている事が違うとは思うけど、確かにそれは否定しない。

「お互いを見る目から信頼の絆が感じられて、いいなぁって。」

 羨望の溜息を零しながら、視線を上げる彼女につられて、私も夜空を眺めてみた。その空には、もうほんの少し円に足りない、白い月が浮いている。

「そうだね。」

「ちょっと羨ましいな。って、思っちゃった。」

 恥ずかしそうに言う彼女を見てると、『聡太くん、本当にしっかりしようよ?』って、改めてそう思う。たった一言で済む事なのに、いつまでそんな状態で待たせるのだろう? そして、別にずっと待ってなくったって、葵から言ったって良いのに。とも思う。

「……葵もさ、早くそういう関係になれば良いんだよ。」

 そうすればたぶん、全部きれいに丸く収まる。二人は幸せ、理佐ちゃんも安心、周りだって気兼ねが無くなる。

「そうよね。ねぇ美晴、お互い良い相手に出会えればいいね!」


 その言葉に私は驚かされた。今まで私が信じていた事が、すべて崩れ去ったと言っても過言では無いほどの衝撃だ。

 ……はい? ちょっと待って、良い相手って、何それ? 葵は聡太くんなんじゃないの??? それに、私の事はどうでもいい。

 とにかく彼女からは、誰かを思い描いてるような素振りが見えず、おまけに「どんな人がいいかな?」って、夢見る少女全開の様子でにはしゃいでいる。

 ……まさか葵って、聡太くんを好きな事に気付いてない??? いや、実は他に意味を含んでいるとか???


 彼女の笑みは晴れやかで、本当に腹が立つほどにとてもキレイだ。だけどその表情からは、さっぱり何も分からない。

 ……聡太くん? あんまりボヤボヤしてると、違う人に葵を攫って行かれちゃうかもしれないよ?

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