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不思議な人。  作者: 薄桜
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ピアノの調べと物思い

 ざわついた店内にピアノの音が突然響く。耳障りの良い和音に人々は話しを止め、ピアノへと視線を注ぐ。

 その音を鳴らした女性は、一度大きく深呼吸した後、こちらを向いてニコリと笑う。そして、もう一度大きく肩で息を吐き、改めて指をピアノに置いた。


 ピアノの澄んだ音が紡ぐ曲は『We with you a merry Christmas』クリスマスの定番中の定番曲。皆が知ってる曲だけあってり、拍子を取る人の姿も見える。前に座る葵もそのうちの一人で、頭がテンポ良く揺れている。一方隣の和歌奈は音楽よりも食欲で、残りのケーキにしか興味が無いらしい。

 文紘さんはカウンターの中で腕を組み、演奏する彼女を見ている……いや、見守っていると言った感じかな? その表情はやっぱりとても優しくて、見てる方が照れるほどだ。

「何赤くなってんの?」

 思わず視線を逸らした私に、いつの間に食べ終わったのか、妹が小声で囁く。

「……何でもない。」

 本当に何やってんだか。それに……和歌奈も気付かなくったっていいのに。


 曲が終わると暖かい拍手が響く。彼女は立ち上がって向きを変え、恥ずかしそうに頭を下げた。少し緊張し、それても拍手にホッとしたような、そんな顔ではにかんでいる。

 拍手をしながら進み出てきた文紘さんは、彼女に並び傍で何かを言っていた。すると彼女の表情は不意に緩み、満足そうに変化する。拍手の音にかき消され、その声は聞こえなかったけど「ありがとう」と、口はそう動いたように見えた。

 その後行われた文紘さんの紹介によると、彼女は市沢美智留(いちざわみちる)21歳。フォレステベルジュ音大でピアノを学ぶ、3回生であるらしい。

 身長は普通? でも、何となく小さく見える、可愛らしい雰囲気の人だ。明るく染めた髪はきれいに纏められキラキラしたピンが留められている。落ち着いたピンク色のワンピースは、ふわりと柔らかそうなシフォン。胸に付いた可愛らしい花のコサージュも、彼女の雰囲気にぴったりだ。

 文紘さんの挨拶は初めから軽い調子で始まり、次第に調子に乗って行く。しかし隣の彼女は手馴れたもので、鋭い突っ込みで制止をかける。そのまるで漫才のような掛け合いに、周りからは笑いが起き、彼女は照れて赤くなった。まさか台本を用意してる訳じゃ無いよな?

 でも、たぶんこれが、普段の二人の姿なんだろう。自然な呼吸、目立たない気遣い、優しい表情、側にいる安心感。二人を見てるとそんなものが伝わってきて……はっきり言って、私には目の毒だ。そうか、これが例のバカップルオーラってやつか?



 和やかな雰囲気の途中に、ようやく母が到着した。身を屈めて進む母に色んな人が声を掛けている。その大半が小さい頃から見知った人達だけど、中には私の知らない人もいる。男女比としては男性が多いけど、客層通りか。

 相変わらず顔が広いって言うか……人気者だな。でも、母がここに通い始めたのは学生の頃からだって聞いた事があるから……軽く20年以上の付き合いになれば、そりゃ、知り合いだらけで当然かもしれない。


「じゃ、母さんのとこ行くね。」

 母が到着したとたん、妹は一気にカルピスを最後まで吸い込み、そう言って席を立つ。「あぁ、うん。」

 って、返事も聞いているのかいないのか、あっという間に母の隣りの席に収まった。未だに妹はお母さん子で、私じゃ不満なのが少し歯痒い。それにしても、フットワークが軽い事……。

 楽しそうに話しかけている妹に、母もカメラを取り出しながら、笑顔でそれに耳を傾ける。余計な報告してなきゃいいんだけど……。

 仕方なく答えた理想のタイプの話なんかされてた日には、後で絶対母にからかわれる。それは勘弁して欲しい。


 妹はいつも、思った通りに自由に動く。後先なんかきっと考えてない。不満だって平気で言う。もちろん腹の立つ事だってある。だけど、くるくる変わるその表情に、悪意を感じない。だから結局許せてしまう。

 『妹』ってのは得なのかな? って何となく考えてみた。私は『姉』だから実際の所は分からないけど……私と妹が違うのは確実だ。

 いや、ただの『性格』って事もあるかもしれない。



 その後に演奏された曲のうち、バッハの『カンタータ』『Hark! The Herald Angels Sing』後『アヴェ・マリア』は分かった。

 そしてその他に、賛美歌がいくつか演奏された。どれも初めて聴くものばかりで、私はとても新鮮に感じた。

 昔は楽器が無くて、人の声を楽器として歌い神を讃えていた……って、何かで読んだ事がある。そのせいなのか知らないけれど、曲は緩やかで響く音は美しい。神への信仰を表現する曲は、やはり美しくなければならないのだろう。

 だけど私は、その音をどこか切ないと感じた。決して豊かではなかった当時の人々の、神への切なる訴えなのか? それとも、神の加護を感じない日々への嘆きか? 美しいだけではやり切れない、そんな部分があるのかなって、私は勝手に考えてみた。

 もちろん日本人である私には、そもそも賛美歌というもの自体に馴染みがない。神の存在を信じている訳でもない。私の生活の中には、縋る神も、頼る神もそんなものは、初めから存在していない。だから、余計に切なく感じるのかもしれない。

 ……なんて、何でこんなに真剣に考えてるんだろう? 今の日本の神様なんて、祭りの方便みたいなものなのにね。


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