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不思議な人。  作者: 薄桜
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人の好みも考え方も十人十色って事だよね

 水とおしぼりを運んで来た文紘さんは、来たっきり雑談に興じ、更に盛り上がりかけた所で、やんわりとしたマスターの注意が飛んで来た。

「文紘、お嬢さん方には、何を準備したらいいんだい?」

「いけね。」

 そっか、普通に考えたら注文取りに来たんだよね。



 ようやくそれぞれの頼んだ品がテーブルに並んだ頃には、既に7時を過ぎていた。葵はカフェオレとチーズケーキ、和歌奈はカルピスとチョコレートケーキ。そして私は美晴スペシャルのミルクセーキとミルフィーユ。

 だけどそれは、注文を忘れてた文紘さんのせいって訳じゃない。もちろん話し込んでたのは主に私だが、そういう意味だけでもない。

 普段ここのメニューには、ケーキと書かれた、パウダーシュガーのかかったシフォンケーキしか無い。けど今日はスペシャルな日で、注文した3種類の他にも、ショートケーキとモンブランの計5種類も用意されていた。

 だから、全部食べたいって言い張る食い意地の張った妹が、1つに絞るのに相当時間をかけてくれたのだのだ。

「さすがに全部食べたら太るんじゃない?」

 そう投げやりに言った私の言葉が効いたのか、ようやくしぶしぶながらにメニューの写真を眺め始め、どれにするかを考え出した。だけど……またそこからが長かったんだ、まったくもう!


 それにしても、文紘さんの薦め方もずるかった。

「これは今日のイベント用に『緑の庭』って店で特別に作ってもらったんだ。ここのケーキは美味しいからね。それに、余るともったいないから、是非食べて欲しいな。」

 ってさ。『美味しい』って言葉に妹は簡単に引っかかるし、『もったいないから』なんて言われたら、注文しないといけないような気分にさせられてしまった。



 やっと食べ物を口にし始めたその矢先、チーズケーキにフォークを入れた葵が、私の前のマグカップを見ながら微妙な顔をしていた。

「何? ミルクセーキがどうかした?」

「何かさ、美晴とミルクセーキが繋がらない気がするんだけ? こう思うの私だけかな?」

 そんな事を言われても、一体何なら私にぴったりだと思ってくれるんだろう?

「そうかな? おねぇちゃんは、ずっとこれだから分かんないや。」

 カルピスを一気に半分無くした妹は、ストローから口を離して当たり前のように言う。「そ、私はここではいつもこれなの。注文しなくても、当たり前に出てくるんだ。」

 うん、そうなんだよね……確かに、ここではこれって思ってるけど、いつも注文無しで出て来るから、今日は他のものにしてみよう。……なんて、考える事も無くなってるような気も……しなくは無い。

 そう考えながらミルクセーキを口に運ぶと、いきなり葵が叫ぶ。

「美晴、熱くないの!?」

「……ちょうどいい温度で出てくるの。それに、このカップも私専用。」

 確かに私は、とことん猫舌で熱いのが苦手だけどさ、でもそれは驚き過ぎだと思う。おかげで危うく溢してしまう所だった。

「あーなるほど、特注なのね、それなら納得。ところで美晴? じゃぁどんなタイプなら良いの?」

 食べようとしていたミルフィーユが皿に戻った。下に落ちなくて良かったとは思うけど……何がどうして『じゃぁ』なんだ? 失礼なほど納得顔の葵は、少し前の話の流れに強引に戻そうとしてる。 

「……その手の話、また蒸し返す気?」


 私はあまりそういうのが得意じゃない。だって恥ずかしいし……だからいつも聞き流す役だったり、からかう材料くらいにしかしてこなかった。これまでは人の話だったからそれで問題無かったんだけど、困った事に今は私が槍玉に挙げられている。

「だって、美晴の好きになりそうな人って想像が付かないんだもの。今までだって、そんな浮いた話なんて聞いた事無いしね。」

「私もっ!おねぇちゃんの好みは是非知りたいっ!!」

 カフェオレに砂糖を追加し、興味津々前のめり気味の葵に加え、妹まで嬉々として参戦してくる。もうまったく勘弁して欲しい。……聞いた事が無いって言われたって、本当にそんな事が無いんだから当たり前じゃないか。

「二人とも、そんなに気にするような事?」

 私は不機嫌に言うが、二人は当然だとばかりに首を縦に振る。こ……こいつら。

「だって、もし妙な人がお義兄さんになったら私困るし。それにおねぇちゃんって、その確率高そうな気がするじゃん!」

 コラ。ちょっと何その言い草??? それに、それはお互い様だ。

 だけど私は早くも諦めの心境になる。何か言わないと、この二人は諦めてはくれない。経験からそう分かっているから、一度大きく息を吸って吐き、もう一度吸い込んだ。

 こういう嫌な事は、さっさと終わらせるに限る。


「外見は悪いより良い方がいい。背も高い方が好ましい。頭の回転が速い人がいい。」

 そこまで一息で言うと、二人は呆気に取られた顔をしていた。

「何?」

「……意外と普通。」

「うん、一般的な意見で驚いた。おねぇちゃんからそんなのが出てくるなんて、思ってもみなかったよ。」

 本当に君達失礼だろう? 彼女達の抱いている私という人物の認識を、一度とことん訊いてみたいんだけどいいかな? だけど、これだけじゃないんだな。

「で、もう一つ。私の好奇心を刺激してくれる人。これが一番大事。」

 そう、たぶんこれが無いと好きになるなんて事はない。逆にそんな人なら、さっき挙げた事なんかどっちでもいいのかもしれない……今までそんな経験が無いから推測に過ぎないけどさ。

「あー、それなら納得。」

 項目の追加で、葵の顔には晴れやかな笑顔が戻った。

「そっか、納得は出来たんだけどさ……やっぱり私の心は晴れないんだね?」

 そして妹は逆に落ち込む。……本当にね、失礼だから。人の事でそんなに悩まないで欲しい。


「じゃぁ和歌奈の方こそどうなの? 私だって困る義弟は嫌だからね?」

 そうは言ってみたものの、私のこのハードルは妹より低い。そしてたぶんその種類も違うような気はしている……だから妹が警戒するんだろうな。

「私? んー、私はねー、好きになってくれた人の中から、一番良い人を選ぶの。」

「……え、何?」

 妹の口からはとんでもない言葉が出てきた。葵も耳を疑ったようで、すぐさま聞き返したが当然だろう。姉の私だって、もっと詳しく訊かないと今の言葉は理解出来ない。いや、訊いても理解出来ないかもしれない。

「あのさ和歌奈、それどういう事?」

「どういう事って、言った通りだよ。私を好きだって言って来た人の中で、一番いいなって思った人を選ぶの。」

 ……ごめん和歌奈、やっぱりお姉ちゃんには理解出来ない。

「知らない人にいきなり言われても、面倒なだけよ? 知ってる人だと気まずくなるし、私はあんまり良い事無いって思うんだけどな?」

 意中の人意外からの告白に慣れてる葵は、否定的な意見を心配そうに妹に返す。しかし彼女は、その全てを無条件に断るので、妹の言ってる事とはスタンスが違う。そして私も、葵とは更に違う立場での質問を妹に投げた。

「ねぇ、もし…うん、もしもなんだけどさ、誰も告白して来なかったらどうすんの?」

 人間そう都合良く、葵みたいに告白される人間ばかりではない。それはそれで面倒らしいから、聡太くんはもっとしっかりすべきだろうと思うけど……それはそれとして、とりあえず私にはそんな経験がまったく無い。

「おねぇちゃん失礼だね? 私これでも結構モテるんだから僻まないでよ? でも、良い人ってなかなかいないんだよねー。」

 妹の言い分は初めて聞く事だらけで、私は混乱しそうになった。ただ、僻んではいない、そこだけは否定したい。

「別に僻まないから……はいはい、それは失礼しました。じゃあそれは置いといて、和歌奈は自分から好きになるとか無いの?」

「だ・か・ら、その人達の中から選ぶんだってば。」


 いや、だから、私にはそんな真似は到底無理だ。ずっと葵を見てるから、一方的に惚れられても困るっていうのはよく分かってる。だからどうせなら、自分から好きになりたいって思ってる。何となくだし、今の所そんな人なんて全然いないんだけどさ。

 でも……だから、そんな恋愛観持ち、当然のように不思議な事を言う妹が、私には別の次元の生き物に思えた。


 とりあえず妹の周辺の事は、今度理佐ちゃんに確認を取ってみるつもりだ。もちろん僻んでる訳じゃなくて、本当に妹の事が心配なだけだから。


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