女の子は一般的に恋愛話が好き……だから困るんだ
金曜の夕方、時刻は18時半を少し過ぎた辺り。葵、和歌奈、私の3人は住宅街に紛れるようにある『Le sucrier』に到着した。
そこはこげ茶色と深い赤の庇が印象的な、結構古い建物だ。だけど今だから、このシックな色合とレトロモダンな雰囲気が、逆にお洒落なんじゃないかなって思う。その手の趣味の人なら、思わず写真を撮ってしまいたくなるような、そんな佇まいをしている店だ。
一緒に来る予定だった母からは、「遅れる。ゴメンネ。」という旨のメールが、家にいる間に届いた。……どうやら、また仕事で忙しいらしい。
赤いリボンのリースが掛けられた扉を開けると、いつものようにベルが鳴った。が、その直後、突如響いた破裂音に驚かされた。
「美晴ちゃんいらしゃい。お客さんも大歓迎だよ!」
……いきなりのクラッカー攻撃。飛び出した紙テープと紙吹雪は、重力に逆らわずはらはらと床に散らばり、私はついそれを目で追ってしまった。
「驚いた? 美晴ちゃん来たら驚かそうと思って準備してたんだ。もちろん皆にも協力してもらってね。」
皆って? そう言われて見回すと、確かに店にいる人達は耳を押さえて笑っていた。何その準備? そこまでする? ……いや、うん。私でもやるかもしれない。たぶんもっと大掛かりに。
とにかく、サンタ帽を被った文紘さんは満面の笑顔で、こんな悪戯をしでかすほどに、やたらとテンションが高い。ひょっとして張り切り……過ぎてるんだろうか?
「確かに驚きましたけど……後で掃除が面倒ですよ?」
「……さすが美晴ちゃん。期待通りの反応が帰って来ないね。」
「何ですかそれ?」
「うん? もちろん褒めてるんだよ?」
「……それはどうも。文紘さんも、サンタ帽お似合いですよ。いっそ全身サンタでも良かったんじゃないんですか?」
「うーん、準備はしたんだけどね、動きにくかったから却下。」
「ねぇ、おねぇちゃん……誰?」
後ろから妹に引っ張られ、さすがに状況を思い出した。クラッカーと話に気を取られて、後ろの二人の事を忘れてた……なんて正直に言ったら怒られるんだろうな。
「あ、ごめん。こちらは押し掛け店員の北川文紘さん。マスターのお孫さんなんだって。で、約束通り友達と、妹も連れてきました。それと、母は仕事が終わったら来るみたいです。」
「うん、俺もメール貰ったから知ってるよ。カメラマンも大変そうだよね。」
双方の紹介をして、ついでに母の事も同時に伝えたけど、その必要が無かった事に、たぶんクラッカーの時よりも驚かされた。母さん、いつの間にメアドの交換なんかしてんの???
「……という訳で、ご紹介に預かりました北川文紘です。これからご贔屓によろしく。大体いつもここにいるから、俺に会いたくなったらいつでも寄ってね?」
それにしても文紘さんは、自分のアピールポイントを熟知したような見事な笑顔を披露する。本当にこの人何者なんだろう? 見事な看板っぷりに感心を通り越して呆れてしまう。その余裕の笑顔の人物に、はじめましてと神妙に挨拶する二人の姿は、まるでアイドルとファンの関係にでもあるようだ。
「本当にありがたいなぁ。さあさあお嬢様方、こちらにどうぞ。」
キレイにピシッと背筋を伸ばし、指先まで流麗な仕草で一礼する姿に、私はどうしても黙っていられなかった。
「やっぱり、執事カフェ狙ってるんじゃないですか?」
嫌味って訳じゃなくて、ただ思った素直な感想。服装さえ違えば、本当に「執事です」って言われても、「そうですか」って返してしまいそうな気がしたからだ。
「こういうのもなかなか。って、思わない?」
彼はそう言い、悪戯っぽくウインクをする。何、本当に何でこの人そんなに器用なんだろう? ウインクなんて、そんなにキレイに出来るもの? そして、もう一言付け加えられた言葉に私はガックリと脱力する事になる。
「実はね、以前執事喫茶でバイトしてた事があるんだ。」
……何? それはある意味プロって事ですか???
案内された席に座り、私はぐるりと店内を見回した。間違えて別の店に来てしまったんじゃないか? って、錯覚するほど様子がガラリと変わっていた。でもカウンターにはマスターが居て、間違いじゃない事に安堵する。多分、常連は程度の差こそあれ皆そんな風に思うんじゃないかな?
些細な点は、店内が緑と赤のクリスマスカラーに飾りたてられている事。壁にはベルとリボンが飾られ、レコードの横にはキラキラしたツリーがある。150cmくらいかな? 大きな点いは木目調のアップライトのピアノが、壁に寄せられて置かれている事。そして、それを置くスペースを確保するために、大掛かりな模様替えを行われ、イスやテーブルの配置が大きく変わっていた
。
ピアノには装飾彫りが施されていて、結構な年代物のような気がする。磨かれた艶から見て、ここのレコードプレイヤー同様ずっと大事にされてきたんだろうな。と、思ったからだ。
そして、その前には髪の長い女性。楽譜らしき物を持っているから、たぶんあの人が今日の演奏者の音大生なんだろう。その人は慣れた仕草で文紘さんを呼ぶと、二人はとても自然に話を始め……その姿に私は『あぁ、なるほど』と納得した。以前文紘さんが見せた優しい顔の理由、それはたぶんあの人なのだと。
「おねぇちゃん、あの人誰?」
「ねぇ、あの格好いい人誰? どういう関係?」
今度こそからかえないかな? って考えながら観察してると、葵と妹からほぼ同時に質問が飛んで来る。……って、何その反応? やたらキラキラした目の妹と、変にニヤニヤとした目の葵。まったく、一体何を期待しているんだか。
「誰って、だから文紘さん。ここのマスターのお孫さんで、関係は客と店員。以上。」
「えーそれだけ?」
「もちろんそれだけ。期待しているような事は、何も無いっての。」
「……つまんなーい。」
きっぱりと言い放った私に、妹ははっきりと不満を口にする。いやいや、つまんないとかじゃなくて、二人の方こそどうしてそう、ピンク色の発想しか出て来ない? その事に私は深く溜息を吐いた。
「あのね、私には今の所、色恋沙汰なんてものは一切無いから。二人とも勝手に変な期待をしないでくれる? で、彼女はたぶんあの人だと思うよ?」
「正解。よく分かったね?」
ピアノの女性を示すと、すぐ側で文紘さんの声がして、しかも、今言った事の答えが返ってきて驚いた。
内心慌てふためいて振り返ると、水とおしぼりのトレイを持った文紘さんが立っている。……うわ、しっかり聞かれてる。
「美晴ちゃんの洞察力は凄いね。普通にしてたつもりだったんだけどな。ひょっとして、バカップルオーラでも出てた?」
「何ですかバカップルオーラって? 別にそんな特殊なものじゃなくて、何となくの雰囲気ですよ。二人が話してる姿がとても自然だったから、そう思っただけです。」
「それだけ?」
「はい。」
「……本当に?」
「本当にそれだけですよ。」
もっと詳しく説明するならば、さっきの二人の姿が、父が生きてた頃の両親と重なったせいだ。
うちの両親は、子供の私ですら間に入るのを遠慮するほど仲が良かった。大きな夫婦喧嘩なんて見た事が無いし、母さんは少し冗談めかして愚痴る事はあったけど、本気で父さんを悪く言う事なんて無かった。
今だって母さんは、父さんの事が大好きだと平然と言ってのける。一体いつまで惚気る気なんだろう? でも、当たり前だったその光景は、たぶん私の理想でもある。
……だから、この理由は言いたくない。未だに父さんに執着してるとか、母さんにヤキモチだとか、この二人が親で良かっただとか……そんな事をバラすなんて、恥ずかし過ぎて出来る訳が無い。




