世の中には色々な人がいる
私の書いた、同タイトルのお話に心当たりのある方へ、
すみませんリメイクです(^^;
アルファポリスの「青春小説大賞」に安易な気持ちで、既存作品でエントリーしよう!
と、思い見直してみたのですが…
あまりにも稚拙で恥ずかしくて、さっくり書き直しに走ってしまいました。
別物になると他に響くので、軌道を外れないように心がけてます!!
それと、今以前のは引っ込めてます。
おーっ、良く撮れてる。現像したばかりの写真を作業台に並べ、その出来に私は笑みを浮かべる。これはなかなか……これはまた良い小遣い稼ぎが出来そうだ。
その時不意に、ワーグナーのワルキューレの騎行の序曲が鳴り出した。堂々として、踏ん反り返りたくなるような曲、私はこの曲が大好きなのだ。
ワルキューレ=北欧神話の戦の女神は、戦死者の中からヴァルハラへと受け入れる勇士を選定する役目を持つらしいが、私の抱いているイメージとしては勝利に導く女神だ。輝く鎧に身を包み、天馬に乗って戦場を駆け抜ける。その姿に兵士達は奮い立ち、勝利を求めて勇猛に突き進む。もちろん戦争は嫌い。でも、まるで何かに立ち向かうためにあるような、この堂々とした曲はたまらなく好きだ。って、聞き入ってる場合じゃないな。
作業台の上に置いてあるラスベリーピンクとかいう色の携帯が、曲に合わせて明滅し着信を訴えている。もちろんこの携帯の持ち主は私。
携帯を開くと『母』と表示されているが……さて、何の頼まれ事だろう? 通話ボタンを押して右耳に当てると、いきなり雑音が聞こえてきた。どうやら今は外らしい。
「何?」
「あー美晴? 今家にいる?」
「いるけど?」
「あのね、母さんの机にある写真持って来てくれない? 封筒に入ってるんだけど。」
「あぁ、ちょっと待って。」
携帯を耳に当てたまま母の部屋に向かう。私の母はカメラマンをやっていていつも忙しそうだ。出版社と契約し、結婚式場にも出入りし、おまけに写真集まで出した事がある。女やもめは大変なのだろう。が、いつも楽しそうに仕事をしているので、悲壮感なんてものは感じない。母がどう思っているのか本当の所は分からないけれど、母と娘二人、女ばかりで結構仲良くやっているつもりだ。
「部屋に来たんだけど、写真の入った封筒……っていっぱいあるんだけど、どれ?」
机の上と言わず、棚や床に置かれたダンボールにも同じような封筒が積み重なっていて、どれが必要な封筒なんだか私にはさっぱり分からない。
「上原様って書いてあるから。」
肩で携帯を支えてその文字を両手で探す。とりあえず手近な位置を上からどかしてみると、3番目に『上原様』と母の字で書かれたものを見つけた。やった、簡単に見つかってラッキーだ。
「上に原っぱの原ね? あったあった。」
「ごめんねー、今日急に取りに来るって言われちゃって、いつもの喫茶店にいるから、じゃあよろしく~」
よろしく~って、近いじゃないか。取りに帰ればいいのに。と、思わなくも無いが、そこは昔から母のお気に入りの場所で、気分転換の場所でもあるらしい。
『Le sucrier』フランス語でシュガーポットという名の、シックな色使いの落ち着いたあの店は、コーヒーが絶品だという。年配のマスターが一人でやっていて、行くといつもジャズが流れている。長年の常連客の憩いの場といった感じだ。かくいう私も親に付いて幼い頃から通い詰めている常連の一人なのだが、でもまだあの店のコーヒーは飲んだ事が無いので、相変わらずコーヒーの評判は伝聞でしかない。
「はいはい、了解。」
通話を終えて部屋に戻ると、チャコールグレーのお気に入りのコートを羽織った。携帯と小銭の入った財布、デジカメをポケットに突っ込み、届ける写真の入った封筒を持って、ブーツを履く。よしっ、これで準備完了。っと、その前に。
「和歌奈、ちょっと母さんに届け物してくるから、後よろしく。」
出口脇のドア、私の部屋の反対側になる妹の部屋に向かって一言かけた。返事はおざなりな「んー」ってだけだった。
母さんに奢ってもらおうと、意気揚々とエレベーターで1階に下りてきたものの、障害物を見つけて一気にテンションが下がった。
マンション出入口のど真ん中に立ち止まって、道を塞いでる迷惑な男がいる。おそらく180cmを超えていると思われる長身。そんなでかいやつが行く手を阻んでくれると、邪魔以外の何物でもない。
突っ立って何をしているのかと、少し観察してみたが動く様子は無い。しいて言えばガラスの向こうの外を眺めている。そのくらいしか私には思いつかない。けれど外にある物といえば、まぁサザンカがキレイに咲いていが、他の木は冬を前に葉を散らしほぼ裸の状態だ。ぎりぎり向こうの花の無い常緑樹が見えるかな? 花壇に植えてあった花も、少し前に抜かれてしまい今は土しかない。何をそんなに見るべきものがあるのだろう?
こうやって観察していても時間が過ぎていくだけで、ようとしてその意図は読めない。いくら好奇心の僕である私でも、さすがに時間の無駄かと思い始め、彼の探求は断念する事にした。いきなり『何をしてるの?』と声をかけてみるのも悪くないが、もしも彼が不審人物だった場合、面倒な事になるかもしれない。そして万が一長引くと、母に迷惑をかける事になる。それだけは絶対にしたくない。
普通に歩いて近付いてもまったく気付いてくれない。どれだけ集中してるんだこいつは? 封筒を胸に抱えてゆっくり息を吸い込んだ。そして一気に勢いで声を出す。さすがにここまでやればこいつも気付くだろう。
「すみません、通れないので退いて下さい!」
すると男は少し肩を揺らした。驚いてくれただろうか? だとしたら嬉しい。『やった!』って気分だ。それから彼はゆっくり振り返ると私を見下ろす。……でかいな本当に。
年の頃は二十歳前後くらいだろうか? 私よりは間違いなく上だ。染めていない髪は適度な長さで悪くない。ただ無精ひげは残念に思う。無ければ結構良い男なのかもしれないのにな。
彼は無表情の無口で見下ろしたまま、何故か動こうとはしない。人がわざわざ退いてくれって言ってるのに、退かないのは何故だ?
「えーと、聞こえてますか? 邪魔なんで退いて下さい。」
もう一度言うと、ようやく彼は右側に三歩下がり場所を空けてくれた。最初の言葉は聞いてなかったのか? いやでも驚いて振り向いたよな……まったく妙なやつだ。
私はどうもと声を掛けて通り過ぎ、そのまま外に出た。その間男は一言も発しない。ドアが閉まってから振り返って窺うと、今度は道を塞がない位置に移動し、また外をじっと見ている。十一月も半ばに差し掛かり、気温もぐっと下がってきたというのに、厚手とはいえ白っぽい長袖シャツに下はジーンズという姿では、見ているこっちの方が寒い。
そんな事を考えていると、うっかり彼と目が合った。じっと見過ぎてしまったようだ。少し気まずい気分になった私は慌てて目を逸らし、急いでその場から逃げ出した。
指定の喫茶店の扉を開けると、上部に付いてるベルがカラランと良い音を響かせる。少し低めの音は店の雰囲気に相応しい。この聞き慣れた音は、色々な記憶と結びついていて大好きだ。
「こんにちは。」
「いらっしゃい。」
しかし、同時にかけられた声に覚えは無く、一瞬『?』が頭を占めた。声の主はかなり見た目の良い茶髪の青年で、トレイを右手に掴んだままカウンターにもたれ掛かっている。アルバイトでも雇ったんだろうか? 年は二十台半ば辺りで正解だろう。第一印象としては軽そう? いやあの笑顔は底が見えないタイプという可能性もあるな。うん、その方が面白そうなので、そっちを採用しておく事にしよう。
私が無駄に勝手にそんな事を考えていると、カウンターの向こうのマスターが、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「美晴ちゃんいらっしゃい。」
うん、これこれ。やっぱりこれが無いと、この店に来た気がしない。
「こんにちは、マスター。」
「こっちこっち、早かったわね。」
マスターの正面の、カウンターのいつもの席で母が手招く。自分としては、思わぬ事でしっかり油を売ってきたような気もするのだが、『早い』と思われているのなら否定はしない。
今迄、母とマスターと新顔の青年とで喋っていたのだろう。母達の配置はそうとしか取れない。今他に客がいないからいいものの……って、いや、客が居ないって事の方が問題のような気もする。
とにかく近くに寄って封筒を渡す。
「近いじゃん。」
そう一言付け加えるのが重要だ。多少恩着せがましく言ってみれば、恩を売ったような気分になれる。そしてその恩はすぐに効果を表してくれる。まぁこれは、母さんくらいにしか使わないけどさ。
「まぁいいじゃない、ありがと。何か飲む?」
「ミルクセーキ。」
私はメニューも見ずに即答する。
「聞くまでも無かったわね。」
母はそう言って笑った。
「何となく……ね。ここは、これじゃないと嫌なんだ。」
父も一緒に来てた頃から変わらない。きっと変えたくないのかもしれない。父はもういなくなってしまったけれど、だからこそ、ここはこれじゃなきゃって思う。
「はい、お待たせ。」
私がコートを脱ぐ間も無く、ましてや座りもしてないうちから、マスターがカウンターに私専用のカップを置いた。線の細いカップじゃなくて、子供が持っても大丈夫そうなどっしりと安定感のあるピンクのマグカップ。いつから使っているのか記憶に無いけど、ずーっとこれが私の前に出てくるのだ。
「早っ、お待たせって、私待ってないよ?」
「美晴ちゃんが来るって言うから、先に準備して待ってたんだよ。」
そう悪戯っぽい事を笑顔で言ってくれると、とても嬉しい。けど口はそんな風には動かないのが私ってものだ。
「うっ、やっぱり何か敵わないな。」
「聞いてた通りの子だね。」
すると、急に例の知らない青年がやたらと盛大に笑ってくれた。今迄ずっと私を観察でもしていたのだろう。これまでに私の話題がここに上った事は想像に難くないが、聞いてた通りっていう部分は何となく面白くない。
「はい?」
多少険しい気分でいると、母がカップを持ったまま彼の紹介に割って入った。
「あのね、この人はマスターのお孫さんの北川文紘くん。大学を出て、そのまま『ここで働く』って、押しかけてきたんですって。」
「いやぁ、就職失敗しちゃって……。」
彼はやはり笑顔で、人事のように爽やかに笑っているが……それで良いのか?
それは彼の人生で、どうせ私には直接関係など無いが、やはりこの笑顔は裏を見せない類のものかもしれない。何となくそう思った。
うん、どっちでもいいんだけどさ。