逃走
まっぷたつにされたリャッカの上半身が、かすかに宙を舞い、地面に落ちる。
「あ、ああああああっ」
「シスター、いいから走れ!」
「うあああああああっ」
「人の話を……ぐっ。ぐあああ!?」
「なっ。……って、ええええっ!? なんでドラゴンのブレスを受けて、無傷でいられるんですか!?」
「いや、死ぬかと思った……。いっそ後ろ向いて走ったほうが安全かもしれん。リャッカ、さっさと逃げるぞ!」
「へ? ええええっ。なんで、その、身体が元通りに!?」
「……わたし、かよわい」
「かよわいのは分かったっての! だから逃げるんだよ! シスターもいちいち驚くことしかできないのかよっ」
「お、驚くでしょう普通! あなたたちなんなんですか!?」
「見りゃわかるだろう、から……」
竜神様に魔法を放ち応戦しているらしい魔法使いへ、少々意識を向けて声をおさえつつ。
「身体と一体化するスターズブルーの遺産を使ってるんだよ。リャッカは怪我を負ってもあんまり死なないし、俺だって多少の事なら怪我はしない」
「ドラゴンのブレスは多少じゃありません!」
「したよ怪我ぐらい! ちょびっと!」
「ちょ、ちょび……っ」
「こんだけ離れてるのにまともに受けたら大怪我してたところだ。あんなの相手にしてられ……リャッカ!」
「……うん。斬る」
容易に人を飲み込むほどの巨大な火炎の弾が、竜神様の大きな口から放たれて猛然と襲いかかってくる。
目にもとまらぬ速さで繰り出されたリャッカの腕の一振りで、握られていた剣が炎をまっぷたつに裂いていた。分かたれた炎がそれぞれコーデント達の左右を熱波とともに通り過ぎていく。
「きゃああああっ」
「……暑い」
「ふと思ったんだが、なんで剣は無傷なんだ」
「…………。知らない」
「まあ構いやしないが……」
ひたすら走り続けて、一息つく。
「た、助かった……山賊どもは全滅したのか?」
「……っ。…………っ」
「……疲れた」
「お前よりも疲れてるっぽいシスターは、声も出ない様子だがね」
「…………でも、疲れた」
「まあ、そりゃな。そこは意地張るところなのか?」
「さあ」
「まったく……。おいシスター、大丈夫か?」
「……うう。ど、どうにか」
「しかたないか。ええと、これを使って……どうだ、気分よくなったか?」
「あ、とても。助かりました……この四角い道具、これがスターズブルーの遺産ですか?」
「うんにゃ。ただの、大陸産の魔法道具だよ。怪我や疲労が回復するわけじゃないから、そのまんまの意味で気休めの道具だが」
「そ、そうですか。初めて見ました……」
「……なんだかなぁ。大陸から少し離れただけで、こんな物すら一目じゃ通じないのかよ」
「ええ、まあ。島で暮らしているぶんには、大陸のことすらおとぎ話と同類ですからね」
「……おとぎ話の調査にきて、なんで自分がおとぎ話の親戚にならなきゃならないんだ」
「え?」
「なんでもない。……リャッカ、木の上なんかのぼって、面白そうなものでも見えるか?」
「……竜神様。こっち、近づいてきてる」
「決して面白そうじゃねぇけど。まだ戦いが続いてるってことは、あの魔法使いは本物だな」
「……そう?」
「ああ。大陸にだって、あれほど戦える魔法使いはそうそういない。あんなのがスターズブルーの遺産を手に入れたら、とんでもないことになるな」
「……そう」
「ほかに言うことはないのかよ、お前……。まあいい、さっさとこの島を出るか」
「それで、いいの?」
「目的のものはなさそうだしな。シスターはどうする?」
「……えっ?」
「このまま島に残るのか、俺たちと一緒に島を出て海賊ごっこに興じるのかってことさ」
「……海賊ごっこ?」
「…………」
「…………。あの?」
「あー……リャッカ、言ってなかったっけ?」
「…………覚えて、ない。よいしょ」
木の上からリャッカがおりてくる。
コーデントは言った。
「俺とリャッカは、お宝求めて海をふらふらしてんのさ。治癒系の魔法使いは珍しいし、せっかくだから誘ってみたわけだ」
「……ですが」
「ですが?」
「…………。そうですね、たしかに治癒できるというのは便利な時もあるでしょう。他にお仲間はいらっしゃるのですか?」
「うんにゃ、ふたりだけ……おい、待て。言いかけた言葉を飲み込むな」
「いえ。私は長い間この町で暮らしてきました……。この島から出るなんて考えても、不安で」
「まあそりゃあ……どうした、リャッカ。シスターの顔をのぞき込んで、なにか変な所でもあったか?」
「…………。別に」
「なんなんだよ、いったい。えーと、それでシスターはどうするんだ? 竜神様が勝っても魔法使いが勝ってもろくなことになりそうにないから、それまでに島を出たいが」
「……そう、ですね。たいしたこともできませんが、ご一緒させていただきましょう」
「ふうん。思いのほか、すんなり決めたな」
「町に帰っても、居心地悪そうですからね。竜神様もあの通り、怒ってますし」
「ああ、生贄にささげられたんだっけか。こんだけ暴れられてちゃ生贄の価値もないよな」
「……失礼なこと、言わないでください」
「ため息つくなって。ともかくそうと決まったら、まずは……」
「はい。なんでしょう」
「シスターの家に置いてきた、巨大な荷物を取りに戻るぞ!」
出会った時と違いなにも背負っていないリャッカへ、視線を移したシスター。
自分の家を倉庫がわりにされたと知って、わずかに動きを固くしていた。