魔法使いと竜神様
ぐるぐるぐるぐる。
「……おなかすいた」
「縄でぐるぐる巻きに縛られて、第一声がそれっていうのも素晴らしいとは思うが」
「あなたがたは、うちに来たおふたりですよね。ついてきてたのですか?」
「野次馬気分で。で、なに話してたんだっけ。ええと、シスターの胸が……」
「なにおっしゃってるんですかっ!?」
顔を真っ赤にしてシスターが叫ぶ。
リャッカが身じろぎもせず、表情も変えずに声をあげる。
「……生贄、要求した理由」
「ああ、そうだった……さくっと誘拐すりゃいいだけだもんなぁ」
「なんでお前らは捕まって平然としてんだよ!? 山賊をなめてんのか!?」
などと山賊の頭領らしき人物がわめいているが、気になるわけでもない。
「予想そのいち。街に内通者がいて、誘拐はできなくても火事を起こすのは楽だったってのはどうだ」
「…………。落石、は?」
「ひとりふたりじゃ無理だろうな。そんなに数がいるんなら普通に誘拐すりゃあいいし。なんかほかに案はあるか?」
「……そのに。なんとなく」
「おおざっぱすぎるだろう……。山賊だって自分の飯がかかってるんだぜ? なんとなく火事起こして落石起こして、なんとなくお手紙書きました。そんな山賊悲しすぎるだろう」
「では、そのさん。誘拐はしたかったけれど、行方不明にはしたくなかったというのはどうでしょうか」
などとシスターが話に乗っかってくる。
コーデントは肩越しにシスターの顔を見やって、
「なんのために?」
「それはわかりませんけど……。竜神様のお言葉を聞いたとか言って、街に戻すつもりだったとか?」
「そもそも神の声が聞こえるとか言ってたんだから、連れ出す必要ないだろ……。というか、人を生贄に差し出すような町なんだから、そのまま手紙で要求すりゃいいんじゃないのか? 竜神様の怒りを鎮めたければ、金品を差し出せー…………って、うおっ!?」
いつの間にか間近で、じぃっとコーデントの顔を眺めてくる山賊頭領。
「……そうか、そのまま金品を要求するって手もあったんだな」
「うおい……。なあリャッカ、なんだか無性に悲しくなってきたんだが泣いていいか」
「……ご自由に」
「冷たいな、おい」
「うん」
「……やけにあっさりと、っていつものお前なりの冗談か。たしかに昔は冷たかったが」
「なんの話をしているんですか?」
「いやいや、こっちの話。どうでもいいけど、なんでそんなにシスターは落ち着いてるんだ?」
「え。あなたがたが落ち着いているので、てっきり逃げる作戦でもあるのかと」
「だってよ。リャッカ」
「……もっと、筋力が欲しい」
「何重にもなった縄を引きちぎるつもりかよ、おい」
「あ、あはは……。なんだか、駄目みたいですね」
シスターがうつろな笑みを浮かべている。
「人を信じる奴は愚か者だが、自分を信じない奴はもっと愚か者だ、ってうちの師匠が言ってたっけな。懐かしいけど元気だろうか」
「お師匠さん……って、魔法のですか?」
「んー……まあ似て非なるものか。まあ魔法っていっても間違いじゃねえけど」
「って、てめえも魔法使いか!?」
「はいはい。縛られてるから魔法なんて使えませんよっと」
愕然とする山賊に向かって、生暖かい表情を浮かべる。
山賊は悪だくみな笑みで、
「ど、どうだ。俺たちの山賊団に入ってみる気はないか」
「そんな気はないって話をさっきしてたな」
「聞いてねえぞ」
「リャッカとしてたんだ」
「聞こえるかっ!?」
「まあまあ落ち着いて……なんだ? 魔力が渦を巻いて……転移魔法?」
「ちっ、あのいけ好かない魔法使いが戻ってきやがったか」
「なあんだ。すでに魔法使いのお仲間がいるんじゃねえか」
「ちげえよばか。あれは……なんだ、客というか、商売相手というか」
「はっはーん、それで魔法を見て、急に山賊団にも魔法使いが欲しいなんて思い始めたわけだな。大変だね山賊も」
「うっせえ。そう思うんなら入りやがれっ」
「……なにを言い争っている。さらうのはシスターひとりだったはずだが?」
「ぐ。このガキどもが後をついてきちまったんだよ。捕まえたんだからいいだろうが」
「ならさっさと殺すべきだな。このガキどもを町に返すわけにいかないのは、分かっているはずだ」
「……このガキどもも魔法使いだ。せっかくだから、山賊団に引き入れようかと思ってな」
「魔法使いだと? ……ならなぜ、おとなしく捕まったまま逃げ出さない」
「……? そりゃこうして、身動きできないからだろ?」
「…………」
「…………」
「おーい、おふたりさん。意思疎通できてないとこ悪いんだが、どうして竜神様のたたりなんてまどろっこしいまねしたのか教えてくれないか」
「ふん。いいだろう。竜神を呼び寄せるためさ」
「……竜神様を?」
「竜神の名を借りて、町で悪さをすれば竜神も放ってはおけないだろうからな。生贄まで捧げさせたらなおさらだ」
「なーるほ、ど? シスターをわざわざ指名したのは?」
「竜神の仕業に見せかけるためにも、それなりの説得力をつけくわえたということだ」
「まあ、わからなくはないか……。てことは、そのうち竜神様がここにくると」
「こなければ、さらに生贄を増やすだけさ」
「リャッカ。おいリャッカ」
「……なに?」
「竜神様はまずい。どんなんだかは分からないが、きっと強そうだ。こないだ誓ったよな」
「……危ないものには、近づかない」
「そうだ。そろそろおさらばさせてもらおう」
「させるとおもうかね」
魔法使いが、こちらへと杖を突きつけてくる。
「魔法の行使に身振りはいらん。たしかに山賊どもが相手なら、容易に逃げ出せたのだろう。だから落ち着いていたわけだ」
「な、なにい!?」
山賊が驚きの声を発するが、コーデントたちは無視した。
「だが、私には通用しない。魔法の構成を見てとった瞬間に、杖でひと殴りしておしまいだ。集中力は損なわれ、発動しようとした魔法は泡となって消える」
「その発想は正しいが、くっくっく。いくつかの点で間違ってるな」
「なんだと?」
「ひとつ。たしかに魔法使いなら、常人には見えない魔法の回路を見て取って邪魔することができる。が、なにもかも透視できるわけじゃない。身体で遮るように魔法を発動することも可能だ」
「縄を切る程度なら可能かもしれんな。だがそこまでだ」
「ふたつ。お前は魔法の発動以外をまったく警戒していない」
「なんだと?」
魔法使いが思わず、縄に力をこめて引きちぎろうとしているリャッカに目を向けた。肌に赤いあとがつき、ぎちぎちと音をならしている。
が、まったく縄は切れそうな雰囲気がなかった。
「はったりを……」
「はったりかどうかは……げ」
「あの、なんだか嫌な予感が……というか、嫌な足音がするんですけど。もしかしてこれって、竜神様の足音ではないでしょうか」
「竜神様の足音を嫌な足音なんて言ったら、罰当たるだろ」
「すでに罰が当たりそうで怖いんですが……」
「ふ、ふはははははっ」
魔法使いが高笑いをあげた。
「きたか、竜神。貴様が身に秘めたスターズブルーの力、奪いとらせてもらおう」
「げ」
「……コーデント。ひどい顔、してる」
「そりゃあなあ。ただでさえ竜神様で嫌なのに、スターズブルーの遺産が絡んでくるとか、怖いだけだろ」
「いらない、の?」
「実物にゃ興味ないの。その身に秘めたなんて言ってるくらいだから、俺の求めてるものとは違うだろうよ」
「…………そう」
縄をほどくと、コーデントは立ち上がった。ついでに、リャッカとシスターの縄にも指を当ててほどいてやる。
山賊たちが驚きながら、武器を竜神様に向けるかコーデント達に向けるかで戸惑っていた。魔法使いは見向きもしない。
「どうやってほどきやがった!」
「魔法的ななにかさ。それより、武器構えるより竜神様から逃げたほうが賢明だと思うぜ」
「う、うっせぇっ」
「それじゃとっとと逃げるとするか。リャッカの剣、返してやってくれ」
「だれが……ぐはっ」
殴り飛ばして奪い返す。
山賊たちが敵意を膨れあがらせる直前、巨大な巨大な竜神様の姿が現れ、山賊たちの誰もが戦意を喪失した。
「に、逃げろおっ!?」
「それが賢明……俺たちも逃げるぞっ」
「……うん」
「あ、あなたたちなら竜神様にも敵いそうな気がしますけど?」
「それ、俺たちを足止めに使いたいだけだろうっ。敵うかあんなもんっ」
「……私はか弱いから」
「か弱くなくたって敵いやしねえよっ。いいから走れ、リャッカ!」
「うん。……あ」
と。
衝撃波のようなものだろうか。背後から、空間になにかが走った。
「っ、きゃあああああああ!?」
シスターの悲鳴。コーデントも彼女と同じものを見ていた。
つまり、切り裂かれ、まっぷたつになったリャッカの身体を。