山賊と竜神様
「無理ですってば」
呆れたようなシスター・アンジェリカの声が、山賊たちのうるさいざわつきにかき消されていく。
「何度言われようと答えは変わりません。神に誓ってです」
滅多に人の寄り付かない山の奥。そこだけ木々もなく草も生えていない開けた場所で、竜神様への生贄として縛られたまま置き去りになったアンジェリカは、山賊たちに囲まれていた。
「と、いうわけで。竜神様の正体は山賊だったってことみたいだな。こうやって様子を見に来て、陰から盗み見してるわけだが……やっぱシスター、胸すごいなー」
「……。竜神様、手紙、書いてないの?」
「書く理由もないしなぁ。そんなちまちましなくても、姿現して言いたいこと言えば一発だろ」
「面倒、だったとか。姿を現すの」
「手紙持ってくのだって手間はおなじだろ?」
「……。そっか」
「仮に手紙を書いたのが竜神様だとすると、あの山賊たちと竜神様がグルってことになるぜ? そんな竜神様はいやだなぁ」
「うん……」
「……? なんなんだよ。考え事か? おっと……懲りずにあいつらまたおんなじ問答してやがる」
山賊の頭領格とでもいうのか、小柄だが筋肉質でこずるそうな顔をした男が声を張り上げる。
「だーかーらー、何度も言うがお前は魔法使いで炎や雷を放つことができるはずだ! その能力があればこの山賊団も今よりビッグに……ッ」
「何度も言いますけど無理なものは無理です。私はそんな魔法を使えませんっ」
「お前は魔法使いなんだろうが!? いいから山賊団に入れっ」
「魔法使いって言っても、人それぞれ個性ってものがあるんです。そんな便利な魔法が使えたら、とっくにあなたがたに使ってますもの」
「魔法をつかえねえのは縛られてるからだろう!」
「魔法っていうのは……たしかに縛られていたら使えませんけどー……」
「おいリャッカ。あのシスター、さらっと嘘つきやがったぞ……」
「……。身振りとか、必要ないもんね」
「その通り。まあわざわざ縛られても魔法を使えるってことをアピールする必要はないが……ふっふっふ。嘘ばっかついているような子にはお仕置きしないとなぁ」
「悪い顔、してる」
「これでも海賊でね」
「山登り、してきた」
「それでも海賊は海賊ってもんだ」
「鞍替え、する?」
「山賊にか? してどーすんだよ。俺たちの目的は略奪じゃなくて宝探しなの。欲しい財宝をだれかが持ってりゃ、そりゃあ略奪するが」
「だから火とか水とか出せる魔法使いがいれば俺たちの山賊団は――」
「という、魔法使いひとりで大騒ぎしてる山賊に仲間入りってのもぱっとしないし……どうしたリャッカ。こっちの顔をじっと見て」
「シスターは、魔法使い」
「だから山賊に狙われたわけだ。わざわざ誘拐せずに手紙なんて出したのは、まあ……あんな悪人面の一般町民が町をうろうろしてたら通報されるからか?」
「魔法使いって、山賊は知ってた。なんで?」
「……? お前だって魔法使いだって気づいただろ。山賊も山賊で、奪ったもの売りさばきに他の島へ行って魔法でも見たんじゃねえのか」
「落石や火事は、竜神様のたたり」
「ってことになってるな。今度はなんなんだよ」
「竜神様の正体は、山賊」
「見てのとーりだあな」
「……。落石や火事。山賊の、しわざ?」
「あ……?」
「…………」
「待て。待てよ。あの落石の規模で、あの見通しのいい崖から……そんなことしたら絶対に誰かの目につくぞ。そもそも町中で落石だの火事だの何度も起こせるようなら、それをネタに脅迫してシスターを生贄に捧げさせる理由がない。そのまま誘拐しちまえばいいだけだ」
「……きっと、そう」
「ど、どーいうこった!?」
コーデントの叫びが四方の山にこだまする。
その声に気づいた山賊たちが、ぎょっとしてコーデントたちを向いていた。