夢の終わり
「ここに来てたのが魔法のスペシャリストでさいわいだったな。他の悪魔だったら面倒だったかもしれん」
「こ、コーデントさん!」
「よう、シスター。離れておいたほうがいいって言ったはずだが」
「そ、それは…………その剣は、なんです?」
地下から出てきたコーデントは、剣を片手にぶらさげたままにやりと笑うだけだった。
見たことのない速度で踏み込むと、剣を振って悪魔を両断する。
「うううう。黒い光沢の肌……尖った爪、あちこちにねじれ生えた角……これが正体……?」
「人の姿を保てなくなったってことなのかもな。ふん」
「こ、コーデントさん!」
「ちっ。さらに雑魚悪魔どもがぞろぞろとってわけか」
翼の音が響く中、コーデントが剣の柄をきつく握りしめていた。
「……む」
街の中、リャッカは悪魔たちと戦いながら、なにを失敗したつもりもなかった。
それでも、限界は訪れる。
「腕を斬られても再生し、足を斬られても再生する。そのうえ本体が人間離れした身体能力と勘を持っている……が、再生しないものもあるよね」
「ええ、ええ。コーデントさんが置いていった魔法道具、ですな。我々をさらに弱体化させていたその道具がもう壊れてしまった」
「………………」
剣を下ろそうとしないリャッカへ、神官が告げる。
「ねえ。あなただけでも我が組織へ入らない? 歓迎するわ」
「…………どう、して?」
「どうしてって? あなたほどの強さなら、悪魔避けの霧がなくてもこいつらに敵うかもしれないわ。戦力はあるにこしたことはないでしょう?」
「…………あなたたち。世界を滅ぼせるはず」
「……? 言っている意味は分からないけれど……そうね。我々の敵は人間だけではないの。大きく動くよりは、静かに動いたほうが確実だわ。そして、夜を呼ぶの」
「…………。金色の?」
「ええ、そうよ。我々の目的を知っているなんて、勉強熱心なのね」
「…………」
「…………?」
「…………わたしの、村」
「村?」
「…………。世界、滅びたら。わたしの村、は?」
「滅ぶのは止められないけれど、住民だけはその後の世界に逃がしてあげてもいいわ」
「……悪魔の……奴隷?」
「あなたの奴隷にしたっていいわ。そのぶん活躍してもらわなければならないけれど」
そこまで会話して。
リャッカは剣先を下した。
「…………疲れた」
「よくここまで戦ったものだわ。疲れるのも当然」
「…………? 会話に」
「え?」
リャッカと悪魔の大幹部は、ともに首をかしげた。
「お腹、すいた」
「……私をからかっている、と受け取ってもいいのかしら」
「…………からかって、ないよ?」
「では」
「時間、稼ぎ。それがわたしの役目だから」
「なら残念ね。あなたが我々の側についてくれるなら、とても楽しいだろうと思っていたのに」
「光の球……たくさん」
神官の魔法がリャッカを次々と取り囲んでいく。
曲線を描きながらリャッカの身体をうがって、穴をあけていく。
すぐさま肉体は再生するのだが、それよりも損傷の速度が速かった。
このまま、再生できないところまで削っていくつもりだろう。
「…………」
なるべく避けようと穴だらけの身体を動かしながら、思い浮かぶのは料理のことだった。
お腹、すいた。
余計なことを考えなければよかったなどと思える自分が、リャッカは滑稽に感じられた。
「…………」
自分の無力を、か弱さを、嘆くでもない。
ひとりで挑みかかって海賊に殺されたあの時とは違う。
そして。
「お腹、すいた」
「この期におよんでそんな言葉がでてくるお前にびっくりなんだが。食べ物のことしか考えてねーのかよ」
光球の半分が消え失せ、コーデントの言葉が響いた。その手には剣。
「近づくな! いいか、リャッカ。絶対にこっちへ近づくなよ」
「…………近づかない」
「よし、その場でおとなしくお腹を空かせてろ。俺のほうから近づくから」
「…………お肉食べたい」
「本当になんでそんなこと考えてられるんだ……もうちょっと危機感持てよ、危機感」
「……。どうして?」
「危機だったろ。お前ひとりでこの場を切り抜けられたか?」
「コーデント、くるから」
「…………。そりゃそーだ。ひとりで切り抜ける必要はねーってわけか」
「……そう」
「そうか……」
コーデントが、リャッカに剣を手渡してくる。
「この剣を使え。後は任せた。シスターと一緒に後ろから応援でもしてる」
「うん」
コーデントが離れていく。
誰もが剣を見ていた。
「その剣は、なに? 私の魔法を打ち消すためのものかしら。無駄なあがきだけど」
「違うみたい」
神官が別の魔法を使おうとしたらしい。けれども魔法の予兆すらなくなにも発生しない。
「これは……これは……私の魔力が吸われている?」
「おやおやおや。面倒なことになりそうですな。すぐに決着をつけさせていただきましょう」
「あっ、ばかっ。やめなよ、アーデル!?」
「………………。速い」
弱体化が解け、加速したアーデルよりもなお。
リャッカは身体が軽く感じられた。
「アーデルを細切れに…………ってリャッカ。やりすぎじゃない? 僕怖いんだけど、そんな性格だった?」
「……斬っても、復活した」
「さすがにそこまで切り刻まれちゃ、アーデルのおじさんも再生しないなぁ」
「そう」
「うわっ、こっちきた。……!? た、短剣が動かない! 数が増えない……そんな!?」
「……ふたり目」
「ぎ、ぎぎぎ。神官様、お逃げください。あの剣は間違いありますまい。ここは足止めをいたしますゆえ」
「それほどの能力がお前にあったかしら。魔王様を打ち倒した、憎き魔剣……」
神官の言葉に、コーデントが笑った。
「神器『破滅の魔剣』、ってわけだ。本家にはおよばないがね」
「まさかこの短時間で……あなたの本質を、見誤っていたようね。すごい才能だわ」
「くっくっく。大物の悪魔からそんな言葉を聞けるなんてな、学友どもにでも自慢してやるか。リャッカ!」
「……うん」
すべての魔法は消失し、肉体は極限まで強化される。
発動者自身の神器は停止していないようだが。
悪魔の目に、大幹部の目に、凶暴な色が浮かんでいた。それは追い詰められたゆえか、魔王を倒された恨みか。
「ぐぅあぁああああああぐあっ!!」
「…………終わり」
人の姿を捨て、黒く異形の獅子のような姿で飛びかかってきた悪魔の神官を、リャッカは切り捨てた。
続けて、その従者までも。
「……おなか、すいた」