それぞれの場所で
足りないのは神器特有のいくつかの性質、そのアイディアだった。
具体的には、物質を特殊な魔法と化す、その方法だ。
地下の研究施設に入ったコーデントは、眼に入ってきた輝きに息をのんだ。
「巨大宝水晶……!」
宝水晶。
それは魔法道具を作成するために必要不可欠な、なによりも重要な道具だった。自ら魔力を生む宝水晶は、材料としても、加工道具としても使うことができる。
その、最高品質のものが、今ここにある。
下手な建物よりも大きく、オークションでも見たことがないほど純度が高い。
スターズブルーがこれほどまでに西へとやってきた理由は、この宝水晶を探すためだったはずだ。
「シスターに、高品質な材料なら街が買えるとか言ったっけな。この宝水晶は、これを奪い合うために戦争が起こるレベルだ……」
だが、今必要なのはそれではない。
「まずは資料だ……。俺のアイディアを、発想を完成させるための資料を……!」
剣気がほとばしっていた。
吹き荒れる衝撃波に地面はえぐれ壁は砕けている。人々は逃げ去り、あるいは巻き込まれて、もはやこの場に当事者以外の気配はなかった。
「強い……」
「おやおやおや。その言葉をそのままお返ししますぞ。まさかこれだけの悪魔を相手に、ここまで健闘するとは。見事なものですな」
「前戦った時よりも、手ごわくなってる気がするね。だけど……君じゃ僕たちには勝てないよ」
「………………。そう」
「ぎぎぎ。お前たち、無駄話をして神官様をお待たせするではない」
「ふふ、構わないわよ。目的のものは逃げやしないわ」
「ぎぎぎ……」
「……………………ぎぎぎぎ」
「ぎぎぎ。真似をするではない」
「……そう」
雷撃を避け、剣を構えなおすリャッカ。
エリオットが巧みに無数の短剣を操りながら、問いかけてくる。
「どうして戦うのさ。僕たちに勝てるアイディアでもあるの?」
「アイディア…………持ってる」
「どんな?」
「……。コーデントが、きっと」
「ふうん……。もし、君を見捨てただけだったら、どうするんだい?」
「ご飯」
「へ?」
「……作って、もらう」
「ええ、ええ。それもいいでしょうなあ。ですがそれは、生き残れたらの話ですよ」
アーデルが短剣を振るう。
衝撃が、リャッカの腕を吹き飛ばした。
肌が熱くてぴりぴりしている。悪魔たちを倒せと、神器が叫んでいるのかもしれない。
リャッカは、笑った。
「わたしはか弱いから……もっと、強くならなきゃ」
教会の裏手で、シスターはむすっとしていた。
遠くに逃げろと言われたが、そんな気にはなれなかったし、しばらくしてなおさら逃げる気がなくなった。
身体だけは、恐怖に震えていたけれど。
「これで、六匹……」
倒れた低級悪魔が、信じられなかった。
密かに練習はしていたものの、実際に悪魔を倒したのは初めての経験である。
疑いと手ごたえを両方感じながら、シスターは靴音を鳴らし歩いてきた男に目を見開いた。
「竜神様と戦っていた魔法使い……別働隊というわけですか」
「ほう。あの場にいた女か。なんのつもりでそこにいるのかは知らないが、すぐにその場を離れるのが賢明だな」
「……あいにく、そんなつもりにはなれませんね」
「戦うつもりかね。この私を相手に? つたない魔法使いの腕では私には通用せんよ。無駄死にというわけだ」
「ここで逃げ出したら、知り合いを見捨てることになります」
「結構なことではないか?」
「私は聖職者です。そんな薄情なこと、できません!」
集中する。
魔法とはイメージだった。意思の力で空間に描き出した魔法回路へ、魔力を通わすことで発動する。
「人の心には癖があるから、魔法回路にも同じく癖が存在する……それを才能と呼ぶわけだ。貴様の才能は退魔の力か。聖職者というわけだ」
「天と大地に埋もれ雪の中、幼き竜の抱きし微かな灯火。天に還り地に還ろう。失われぬ温もりだけを心に残し」
「だが結局、意思の力で魔法回路を構築するということは、集中力が途切れれば魔法もまた失われるということだ。その集中を呪文で補っている……」
「陽に揺らぎうねる理の歪み。聖なる火の威光をもって――」
「魔法回路の完成する前に、集中を乱せばなにもできないということだ。むっ!?」
シスターを杖で突こうとしていた男は、彼女が取り出した道具に身構えた。
とっさの行動ではない。魔法の行使中に他の行動を起こすことは、シスターにとって魔法を失敗する原因になりかねない賭けだった。
だが、それも承知してなお計画していた行動。
「魔法道具……時間稼ぎか!」
「過ちを吹き払い、優しき祈りとなれ!」
波動が空間を通り過ぎていく。
魔法使いの男の姿がぶれ、輪郭を曖昧にして周囲の霧に溶け合っていく。
「か……勝った。私が、悪魔を退治したの……ですよね」
「強力な魔法だった……素人が独力で考え付く魔法ではないから、どこかで入手したのだろう。いいものを見せてもらった」
「…………っ!? そんなっ」
「これが素人の限界だろうな。一度助かったなら、そのまま平凡に暮らしていればいいものを」
「お、同じ姿が何人も……っ。ど、どれが本体ですか!?」
「それが見抜けたとしても、貴様には為す術がないはずだがね。この手数を相手に対抗できるか?」
「う、ううううっ」
やられる。
そう思った瞬間、霧が晴れた。
「……う?」
「なんだ、これは……!?」
後ずさるシスターの目の前で、分身が両断され、すべて消えうせる。