いってらっしゃい
周囲には薄く霧が漂っていた。
街の雑踏の中を歩く。
「リャッカ、離れるなよ」
「……。離れない」
「食べ物の匂いにつられて行ったりするなよ」
「…………」
「さきに言っておくが、俺ごと引っ張って食べに行くとかは駄目だからな」
「…………。残念」
「やっぱり考えてたのかよ、お前は」
「……うん」
「…………」
「ついてきてる、よ」
「っていうのは、悪魔か」
「……うん」
「ま、しかたないだろ。あいつらだって俺たちの行動を監視して、スターズブルーの研究施設を見つけたいんだ」
「悪魔たちを、むざむざ研究施設へと案内してしまうことになるのではありませんか?」
「だろうな」
「そんな!」
「いつまでもにらめっこしてるわけにはいかないし、しょうがないだろ。俺の狙いも悪魔たちの狙いも同じところにあるんだぜ?」
「それは……ひっ」
「…………、こんにちは」
律儀に挨拶するリャッカ。シスターは縮こまってその後ろに隠れたりしている。
神官と呼ばれていた大幹部を筆頭に、何人もの悪魔が近寄ってきていた。
「ふふ、こんにちは。三人とも元気そうでなによりだわ」
「敵になによりとか言われてもなぁ……神官様にその従者、死んでなかったらしいアーデルのおっさんに、エリオット。あとは見たことないのが数人。下手すれば国でも滅ぼせそうな面子だな」
「滅ぼす気があれば、ね」
「世界を滅ぼそうとしてるんだから、国なんて興味ないってことか。考えが大きいな」
「こここ、コーデントさんっ。ど、どうするのですか!?」
「慌てんなって、シスター。こっちにいるリャッカだって、その気になれば小さな国のひとつくらいどうにか攻め落とせるさ。たぶん。きっと」
「ほ、本当ですか?」
「うまくやればな。で、あんたらはなにをしに出てきたんだよ」
コーデントは悪魔たちに問うた。
「どうせあなたたちに追っ手を振り払おうという気がないのなら、一緒に歩いていたって同じことでしょう?」
「………………。緊迫感、ってのがなくなると思わないか?」
「それがなにかの役に立つのかしら」
「あー……。どっちが勝つにしろ負けるにしろ、なんだかよく分からない空気の中で死んでいったら浮かばれないだろ」
「なおのこと必要ないわね。あなたは自分たちがまけると思っているのかしら」
「……確かに必要ないかもな」
沈黙。
嘆息して歩きはじめる。シスターも慌ててそれにならった。
しばらくしてから、コーデントは興味本位で悪魔たちに声をかけた。
「お前らほどの力があれば、スターズブルーの遺産なんてなくても世界を滅ぼせるんじゃないのか。いったいなにに使う気だよ」
「…………? そうね、もしもできるならば。探し物をする魔法道具を作るのもいいかもしれないわ」
「その言葉を聞くと、神器が目的じゃなさそうに思えるな」
「どうかしら。あなたこそ、こんな無理をしてまでスターズブルーの遺産を手に入れる理由はあるの?」
「俺は絶対に、神器が人の手でも作り出せることを証明してみせる!」
「…………」
「なんて大口叩いて国から飛び出してきたからな。このまま手ぶらで帰れるもんかよ」
「だけど、すべてを忘れれば平穏無事に生きることができるのではなくて?」
「世界を滅ぼそうとしてるお前らがなに言ってやがる……。きっかけが見栄だろうとなんだろうと、魔法道具のことをあきらめて生きていくなんて、そんなのごめんだね。目の前に可能性が見えてるならなおさらだ」
「では、その意志に感謝をしましょう」
「感謝?」
「その意志のおかげで私たちは、労力を省いて研究施設を見つけ出すことができるのかもしれませんから」
「ふん……お前らは、実際問題どのくらい強いんだ? こないだの島のことで余裕を見せてるのかもしれないが、ここには……」
「さあ……。悪魔避けの霧を受けても、あなたたちに負ける気がしない程度にかしら?」
「ちっ。リャッカ、あれ出せ」
「…………。出す」
大きな荷物の中から、リャッカがきれいな細工の施された箱を取り出した。
頭よりも大きい箱である。
「……で、それを地面に置いて」
「置いた」
「ボタンを押す」
「押した」
「あとは任せたぞ、リャッカ!」
「…………うん。いって、らっしゃい」
発光を始める箱を背後に、リャッカは剣を抜き放ち悪魔たちと対峙する。
アーデルが驚愕の表情を浮かべる。
「これは……悪魔避けの霧を強化している!?」
「……勝負」
コーデントはシスターの手首をつかみ、走り始めていた。
「ちょっと、ちょっとコーデントさん!? このままリャッカさんを置いていくつもりですか……!」
「あの悪魔はリャッカの敵だ。リャッカの村ももろともに世界を滅ぼそうとしてるらしいからな。あいつも本望だろ!」
「そんな……わ、わたしたちもあそこに残って、戦うべきです!」
「べきですってお前、戦えるのかよ。昔ならともかく、今のリャッカの強さじゃ俺だって足手まといになるだけだ。相手が悪魔たちだってんならなおさらな」
「そんな……」
「ここだ!」
教会の裏手。
くりぬかれた地面に階段が作られ、錆びついた扉が見える。
「魔法回路で封印されている……これじゃだれも入れないわけだ」
「そう、ですか……よかったですね」
「ああ、ああ! 俺なら……よし、開いたっ。いくぞシスター!」
しかし、シスター・アンジェリカは手を振り払った。
「行くなら、おひとりでどうぞ。私は行く気にはなれません」
「……入る気がないのは構わないが、それならできるだけ遠くに離れたほうが安全だと俺は思うね」
「あなたは結局……リャッカさんのことを便利な道具としか見ていなかったのかもしれません。私は聖職者です。そんな薄情なことは、できません」
「ふん……勝手にしろ」
コーデントは、遠い過去から閉じられ続けてきた扉を押し開き、奥へと進んだ。
後ろを少しも振り返らずに。