巻き戻らない島
悪魔との戦闘の場所でそのまま倒れながら、コーデントは顔をそちらへと向けて呆れた声を出した。
「まさか生きてやがるとは……てっきり死んだもんだと思い込んでたぞ、俺は」
「わたしもその……もうすっかりあきらめてしましたね。あの悪魔の神官にやられてしまったのものかと思っていました」
「…………。おなじく」
答えてつぶやいたのはリャッカだった。
ちぎれていた手足が身体につながったらしく、拳をにぎにぎとして調子を確かめている。小首をかしげ、短く黒い髪がさらりと揺れた。
「いや……リャッカもたいがい、やられちまったんじゃないかと不安にはなったが。まあ無事そうでなによりだな」
「…………。うん」
ひとつうなずいて、リャッカは天使を見上げた。
「………………」
「無事なにより」
「だから、なんでお前は生きてるんだよ。光の粒になって消えていくところをはっきりと見たぞ。精霊」
「空間操作得意」
「特技は死んだふり……と」
「コーデントさん」
「どーしたシスター。顔色悪いぞ」
「それは魔法を使いすぎたからですが……そうではなく」
「ああ」
「結局、コーデントさんたちも精霊も、死ぬ気で戦っていなかったってことのように思うのですが……」
「いやいや、危うく死ぬかと思ったって。俺もさすがに」
「消滅寸前」
「ほら、精霊もこう言ってるし」
「うううう~……」
「シスターだって死ぬ気はなかっただろ?」
「死にそうな恐怖の中ずっと見守ってましたよ!」
「……あー、悪かったって」
「別にいいです……」
シスターが静かに息を漏らす。
横になったままのコーデントには、彼女の胸で隠れてしまってその表情までは見えなかったが。
「なにがどうなっても……次が最終決戦だろうからな。どうにか倒す方法を考えないと。考え出すだけでも至難の技だろうが……」
「始まりの島はもうすぐそこ……ですからね」
「……ああ、そうだな。おい、精霊」
「なに用」
「さっきの話は聞いてたんだろう。お前の力さえあれば、きっとあの大幹部の強化だけは止められるはずだ。……任せてもいいのか?」
「それ無理」
「ぬ……理由はなんだよ」
「疲れた」
「ふっざけんなよ、とどめ刺すぞとどめ」
「消滅寸前」
「知ってる」
「回復困難」
「……そんなにか?」
「コーデントさん。あの大幹部の話を聞くに、精霊さんはずっと昔に戦った頃の負傷を抱えたまま、また無理をしたみたいですし……」
「ずっと昔、ね……。たしかにその頃の影響がまだ残ってたってことは、そりゃあとんでもなく時間がかかるんだろうな。回復には」
「約千年」
「かかりすぎだろそれは!? 時空を操作するとかどうするとかより先に、自分の回復時間を短くすること考えろよ」
「聞こえない」
「ふさぐな耳をっ。だいたい別に、耳なんか使わなくたって聞こえるだろお前。精霊なんだから」
「加勢難しい」
「ちっ……役に立たない」
「物資援助できる」
「なぬ」
「わたし次第」
「あのな……役立たず呼ばわりは悪かったっての。で、なんだよ物資って。魔法道具か、魔法道具なのか!?」
「コーデントさんが急に生き生きと……」
「魔法道具違う」
「…………。魔法道具じゃないんなら興味はないな……そろそろ俺たちも船戻るか。悪魔どもに先こされてるし。言っておくが、また同じ場所に巻き戻したりしたらただじゃおかんぞ」
「無理。力ない」
「そーだったな。やっと脱出ってわけか。ったく、さっさと行くぞ……」
「ああああ、コーデントさんが一気に……あ、ほら、コーデントさん。なんかすっごいきれいな宝石ですよ」
「この状況でそんなもんもらってどうするつもりだよ。シスターが勝手に……寄こせ!」
「え、ちょ、コーデントさん!? なにするんですかっ。独り占めなんてずるいです。分かち合う心が大切なのですよっ」
「知ったことか、ここにあるものは全部俺のものだ!」
「ええええ、いったいなにが……」
「争い見苦しい」
「うっせ。よくもまあこれだけ高純度の……くれるってんなら喜んでもらおうじゃないか」
「わたし役立たない」
「悪かったよ。お前は立派だ! さすが精霊じゃねーか」
「いきなりコーデントさんが手のひらを返していますが……。リャッカさん、解説お願いできますか……?」
「………………。精霊の」
「精霊の?」
「…………役に立たない?」
心のまったくこもっていないようなリャッカの言葉を聞いて、支援物資を物色していたコーデントは納得した。
「そういうことか。精霊が役に立たないんじゃなくて、精霊の役に立たないってわけだ。この物資の山が。なーるほど」
「正しい」
精霊が肯定してくる。
シスターがまぶたをぎゅっと閉じ、また力を緩める。
「いえ、私がリャッカさんにお願いしたのはそういう解説ではなく……」
「………………。……?」
「くっ、くっくっくっくっ、……これだけの材料があれば多少はましな道具が作れるはずだ。なにがいまいちな魔法道具だ、大幹部め!」
「あ、え……? それが、魔法道具の材料になるのですか?」
「おうともよ。高品質な材料がこれだけあれば、多少はあの悪魔どもにも嫌がらせになるはずだ」
「それで急に欲しがったのですね。………………ええと、その。コーデントさん?」
「どうしたシスター」
「いえ……嫌がらせ、にしかならないのですか? 高品質な材料なのですよね?」
「神器使いがふたり揃って死に掛けてる状況を見て、人間程度の作る魔法道具とやらがどれだけ役に立つものか理解できそうなもんじゃないか?」
「よーく理解できました……うううう」
「さて、行くか。リャッカも大丈夫だろうな?」
「……歩ける、よ」
「うっし。悪魔どもに先行かれてるからな、さっさと出発しないと。時間さえあればいろいろできるかもしれんしな。それじゃ」
宙に浮く天使のような女に向かって、コーデントは拳を掲げた。
「世話になったな、精霊」
「さようなら」
それぞれ挨拶を交わし、コーデント達はその場に背を向ける。
そして、天窓から差し込む暖かな日差しとともに、精霊の最後の言葉が聞こえてくる。
「あの悪魔たちの力は強大で、わたしはもう戦えないけど、あなたたちならきっと勝てるって信じてる。だから、頑張って」
呆然とコーデントは振り返った。シスターも同じ様子ではあったが、リャッカは興味がなさげだ。
もはやなにもいなくなった虚空を見上げながら、コーデントは叫ぶ。
「お前普通にしゃべれるんじゃねーかよ!?」