巻き戻り島の決闘
「……死ぬ……というかシスターに殺される……」
「ば、場所が転移してコーデントさんがいなくなってたことに気付かなかっただけですっ……ごめんなさい。あと、もし死んでも悪魔のせいなので、私はたたらないでください……」
「……治癒してる側から、俺が幽霊になった場合の話とか聞きたくないんだが」
「あっ、ええっと、その……ごめんなさい。怒ってます?」
「まあ、いいけどよ……」
「うううう、コーデントさんがいかめしい顔を……」
「師匠が」
「はい?」
「師匠がさ、変な古代民族の服を着て踊り狂ってるイメージが、さっきから思い浮かぶんだ」
「ええっと……し、しっかりしてください」
「変な道具ばっかり作ってる馬鹿は、些細なことで騒いでてよ。計測器なくしただの、トンカチ落っことしただの」
「コーデントさん……?」
「俺はそれを、呆れた顔で眺めてて……なんだろうな。今からでも、大陸に戻ればまたそういう日々に戻るんだろう」
「……。心配しなくても、治りますから」
「そうじゃない。負けた、ってことについてだ」
「それは……」
「わかっちゃいたが……あの悪魔は強すぎる。俺じゃ手も足も出ない、シスターはそもそも戦えない、リャッカは……まあ、か弱いし」
「ちょっと納得しづらいのですが……最後の部分が」
「あのな……だが実際、どうだ。大幹部を前にしたら、リャッカもか弱い存在なんじゃないか?」
「それは、そうなのかもしれませんけど……」
「帰ってなにか魔法道具の実験でもして、世界の危機はどこかの誰か知らない奴に救ってもらって、万事うまくいくってな」
「それは……、本気でおっしゃっているのですか? そんな弱気はコーデントさんらしくないような、逆にらしいような、不思議な感じがしますけれど」
「弱きには強く、強きには弱いのがこの俺だからな」
「自分でそういうこと言うのは、よくないですよ。もう」
「そーかい。……可能性を考えてたんだ」
「可能性、ですか? あの悪魔たちを倒せる可能性、とか?」
「そうじゃない……戦ったらどうなるとか、逃げたらどうなるとか、海に出なかったらどうだったかとか」
「そ、そこからですか?」
「手に入るものと、失うものがある」
「え?」
「例えどれを選んでもそうだ。選べなかったものは失うしかない……どこにでも後悔が転がっている」
「……で、ですけど、どこにでも喜びだって転がっているはずです!」
「かもな。そういう考え方は好きかもしれねぇな。ありがとう、シスター」
「え、あのその、へ、変なこと言わないでくださいよ」
「シスター」
「は、はいっ。なんでしょう……」
「もう治ってる。魔力の無駄だぞ」
「え? あ、気づいてませんでした……」
「さて、リャッカはなにやら平然と食べまくってるが……。どうやってあの大幹部を倒すか考えないとな」
「あ、あれ? 大陸に帰るとか言ってませんでしたか?」
「可能性について考えてただけだ。誰も帰るとは言ってない」
「え、ええー……?」
「俺が手に入れるはずの知識や力を使って、あの悪魔どもが世界をいいようにするってのは気に食わないからな。どっかのわがまま女がまた埋められるのも気分悪いし」
「……どなたです? それ」
「別にいいだろ、誰だって。なんにしろ、どんだけ敵が強大だろうと進むだけだ。報酬はなんてったって、もう世界の誰も手にしていない神の力だってんだからな。こんなチャンス、誰にだってあるもんじゃない」
「なんか、そう聞くとすごそうですね。神の力とか」
「いや……最初から凄かったと思うが……。シスターの実感が足りなかっただけで」
「うー……。そ、そういえば」
「なんだ?」
「失うものもあると言っていませんでしたか? どの、選択肢を選んでも。この場合は……」
「挫折とかか? 天才につきものだと思ったんだがな。また乗り越えてしまいそうだ」
「コーデントさん? もう、冗談ばっかりじゃありませんか」
「…………シスター、とか」
「リャッカさん!? どうしてそういうことを言うのですかっ!?」
「これからの戦いは厳しくなってくだろうしな。リャッカの言う通り、惜しい人物を……ああ、いや。惜しい回復用魔法道具をなくした……」
「…………。お、怒りますよ……?」
「そのぷるぷる震える拳を俺に叩き込んだところで、痛くなるのはシスター自身だが」
「うううう……私も、私もいつかスターズブルーの遺産を……」
「それで俺を殺す気かよ、おい」
「あ。そうです、始まりの島に着いたらコーデントさんが作ってくださいよ。コーデントさんを倒せるようなすごい道具を!」
「なにが悲しくて自分で自分を倒すための魔法道具作らなきゃならないんだよ!? ったく、このシスターは」
「うふふ、楽しみにしていますからね。コーデントさん」
「そーかい。なんか意外だがな」
「なにがですか?」
「そりゃあ……まあ、いいか。このまま逃げるんだったら、精霊と悪魔の決着がつくまでその辺で待ってればいいだけなんだがな」
「それもそれで嫌というか……主にあちらの巨大生物のせいですけれど」
「近寄らなければ無害だろ。だが、まあ。リャッカは行く気満々みたいだしな」
「…………。うん」
「腹いっぱい食って元気でたか?」
「…………うん。これ」
「どうした?」
「…………。食べる?」
「……。おう」
そして、悪魔たちがいる場所まで戻ってくる。
「……さすがに、低級悪魔はいなくなってるみたいだな。精霊相手じゃ戦力にはならんか」
「というか、コーデントさんたちで大量に倒していましたから。その影響もあるのではありませんか?」
「だったら飽きるほど戦ったかいがあったってこった。どうやって浮かんでるのか分からないが、すごい身のこなしだな、精霊。どう考えても翼は使ってないが」
「妖精と同じ原理なのでは? 妖精がどうして浮かんでいるのかも、私には分かりませんが……」
「………………。ぐ」
「コーデントさん?」
「シスターに、シスターなんぞにそんな指摘をされるとは……不覚」
「ええっと……なんとも声をかけづらい感じですけども」
「なまじ、俺が空を飛べないから盲点だったか……。にしても、すごい攻防だな。斬撃に突きを織り交ぜて精霊が攻撃してるが、その剣を大幹部が見て避けてやがる。逆に大幹部は左右に回り込むように動きながら微妙な認識のずれを作って攻撃してる……のか? 分からんが。とにかく、それも剣で受け流されているようだが」
「そう、なのですか。あ、魔法が……消えた?」
「精霊の力ってやつか。あの魔法一個で俺たちは大ピンチだが……時空精霊とかって言ってたっけか? 別の場所に悪魔の魔法だけを転移させたってことかもしれん」
「す、すごいじゃないですかっ」
「人間からしてみたらな。だが……それで悪魔を圧倒できるってわけではなさそうだ。どーしたもんか」
「あの、小さな悪魔は戦闘に参加していないようですね」
「ふむ……邪魔になったんじゃないか? もしかして」
「てっきり私は、あの悪魔も強いのではないかと思っていましたけど」
「…………強い、よ」
「リャッカさん……」
「気配かなにかで察してるんだろーか。俺には理解できない領域だな。ともかく、邪魔ってのは戦力的な意味じゃなく……」
「…………。一騎、打ち?」
「かもな。お遊びがどうのって言ってたし、そういうことをしそうな女だ」
「正解」
「戦ってる間に話しかけてくるとか、余裕あるな精霊」
「余裕ない。加勢欲しい」
「俺たちじゃ邪魔になるだけだろ」
「あら、数が増えればそれだけ楽しみも増えるというものじゃないかしら?」
「なんで悪魔側も加勢を歓迎してるんだよ!?」
「せっかくここまで来たのだから、見物だけだなんてつまらないわよ。一緒に遊びましょう」
「……ま、そうかもしれんな。せっかくだし遊ばせてもらうとするか」
「コーデントさん、なにかいい作戦とかありますか?」
「……一応、魔法の言葉を用意してある。負けないための」
「よく分かりませんけど……信じていいのですよね」
「たぶんな。行くぞ、リャッカ!」
「…………、うん」
「っ、きゃあああ!? って、あれ……? コーデントさんが貫かれたように見えたのに……身体の形を変えて避けてる」
「すかさず魔法道具……は弾き返された!? リャッ……」
「……面白いことをするわね。けほ。魔法道具の効果、ではないでしょう?」
「まったく違うな……空間の操作か。精霊ってのは便利なもんだ」
「む…………」
「残念ね、お嬢さん。一撃一撃は良い攻撃になっているけれど、もう少し立ち回りを意識しなきゃ」
「………………。いい」
「どういうことかしら」
「……いい、練習相手」
「ほんとにリャッカを尊敬しそうだ……徐々に剣速まで上がってやがる。だが……どういうわけだ……? あぶねっ」
「……少しだけ認識を改めましょうか。今の魔法を無傷で弾けるとは思っていなかったわ。素敵ね」
「そりゃどうも……。俺だって多少は成長してる……つもりだったんだがな」
「していないわけではないでしょう。身につけた力は、誇るべきだわ」
「お前こそ、本当の力を隠しているんじゃないのか?」
「……否定はしないわ」
「精霊とリャッカの剣を受けて、余裕もなくなってきてるはずだ……なのにその様子も見せない。そもそも、リャッカのことをすぐさま倒せるはずだ。その気になれ、ば……っ」
「叩きつけてきた腕の中に魔法道具……発想がいいわね。その魔法道具がいまいちなのが、残念」
「くっそ……」
「そうね、そろそろいいかしら。ある程度楽しんだし、あなたが気にしていた力を見せてあげる」
「っ!? 精霊が……! やられ……なんだこの力は。魔力が、増大しているのか……? 魔力だけで空気が震えてる……!?」
「そうね、魔力よ。分かるかしら」
「なにが、だよ」
「この魔力はいったい、どこから現れたのか。なんと言ったかしら。海の爆弾、海賊の魔法……チーズケーキ、は関係ないけれど」
「う……あ、お前」
「答える自信はある?」
「魔法回路を刻んだほかの道具や生き物から、魔力を吸い上げてやがるんだな……!?」
「その解答は……正しいわ。人間にしては、かしこいものもいるみたいね。褒めてあげましょう」
「いらねえよっ。くっ、こんなのどうやって……」
「吸い上げると壊れて使い捨てになってしまうのが、難点かしら。わざわざ魔法回路を埋めなおさなければならないから。そのための生き物はいくらでもいるから、構わないのだけれどね」
「リャッカ、精霊をかばえるか!?」
「………………やって、みる」
「そんな死にぞこないに期待を?」
「リャッカ……!? ぐっ、こんにゃろ……っ」
「あら、手加減を間違えちゃったかしら」
「く、この、やろ……。精霊が……光になって、消えた……」
「精霊にこだわるのね」
「精霊が空間をゆがめることができるなら……お前の魔法のつながりだって遮断できたはずだ。他の場所と、ここにいるお前が魔法でつながっていなければならないこと……それが弱点だ。だから精霊を真っ先に始末したんだろう」
「その考えも正しいわ。だけど、つながりが断たれていたとしても、あなたたちに勝機がなかったことは……考慮しなくちゃね?」
「ぐっ……覚えてやがれ……。必ず、お前をぶちのめしてやる……」
「……………………」
「く、お……っ」
「……いいわ。これで終わりじゃつまらないもの。次に会う時こそ、私の期待に応えてくれると嬉しいわ」
「悪魔が消えた……コーデントさん!」
「ぁ…………」
「治癒を……治癒を……ああああ、酷い怪我。リャッカさんはもっと……だけど、コーデントさんを先にしないと。大丈夫、ですよね……?」
「…………」
「そんなっ、どうしてですか。こんな、散り散りに離れていっちゃう……どうにかしないと……どうにか……」
気を抜けば手からすり抜けてしまいそうな、不確かな感覚。
それでも紙一重でそれらを押え込めていたのは、かつての幽霊船での経験があったからに違いない。
「スターズブルーの遺産を使用したコーデントさんの肉体は……半分が、幽霊とよく似てる……大丈夫、私なら大丈夫……大丈夫だから……」
「ぅ……ぁ……」
「…………あ、ああ……コーデントさんっ」
「………………」
「しましたっ、成功しましたよっ。もう、大丈夫ですから」
次第に、状態が安定していく
「負けた……」
「生きてさえいれば次があります。言っていたじゃないですか、覚えてやがれって!」
「…………そう、だな。だが、あの強さは……」
「あ、動かないでください。まだ……。そ、そういえば、魔法の言葉ってどうなったのですか? よく分からなかったのですけど……」
「……? 言ってただろ」
「どのような言葉だったのですか?」
「覚えてやがれ、って」
「……………………え?」
「次こそは負けないからな、という雰囲気を出すことでとりあえず今は見逃してもらおうという魔法の言葉だな。生きてさえいれば次がある。いいことだ」
「そんなことを、戦う前から……。あの」
「どうした?」
「いえ、その……リャッカさん、まったく動きがないのですが。まさか」
「なんだと? そんな簡単に……リャッカ、おい、リャッカ!」
建物の中に、静けさが漂う。
響くのは、コーデントの声だけだった。
「おいこら、返事しやがれ!」
「………………。なに?」
「…………。ええと。大丈夫、そうですね」
「ただ単に無口なだけかよ……」