巻き戻り島の近海
船の上。
「ありのままの自分ってなんだろうな……」
「いえ、そんなことを聞かれましても……。でも、そうですね。私はいつでも、皆さんのために貢献できればと思っています。それがありのままの自分でしょうか」
「それはすでにありのままじゃないと思うが。というかさらりと嘘ついたな、シスター」
「し、失礼な。嘘なんてついていません」
「ほう」
「ただちょっと、全部を語らなかっただけです」
「……それはありのままなのか?」
「全部を語るなんて不可能だと思いますけど……日が暮れてしまいますよ。その日その日の出来事を、ひとつずつ語るのですか?」
「うーむ……そういうもんだろうか。リャッカはすでにありのままだろうけど」
「…………そうでも、ない、よ?」
「そうなのか?」
「…………。たぶん」
「そうか……」
コーデントはそれ以上言葉を続けなかった。
最近リャッカの態度がよく分からないのは、彼女にも思うところがあるからなのかもしれない。考えても、しかたないのかもしれないが。
「コーデントさんはどうなのです? そもそも、どうしてそんなことを考え始めたのですか?」
「昔、師匠からとんでもなく難しい課題を出されてくじけそうになった時があってな。なんで課題をこなせないんだろうかとか考えてたんだが、そのうち、自分の存在意義についても揺らぎ始めたんだよ」
「ほ、ほほう」
「魔法道具を作れない俺に価値はあるのか、この課題をこなせないとしたら俺はいったいなんなのだろう、と」
「……こう言っては失礼かもしれませんけど、大げさではありませんか? ただの、その、勉強の一環だったのですよね?」
「それまでろくに、難しそうな経験をしたことなかったからな。やろうと思ったことはなんでもできた……魔法道具に関してはだが。天才だったしな」
「ああ、なるほど……。初めての挫折、みたいなものだったのですね……。それで、どうなったのですか?」
「そのことを知ったクラスメイトが、ほがらかに話しかけてきてな。無理に強がったり、自分の存在意義なんて探す必要はない。ありのままでいいんだよ。と」
「素晴らしいお友達ですね。思い詰めているコーデントさんを、気遣ってくれたわけですよね?」
「そうなのかもしれんが。困った時は友達に相談するなりなんなりすればいいんじゃないのかと言われて、まったく納得できなかった覚えがあるな」
「な、なぜですか?」
「友達なんていないし」
「……………………そ、それは大変ですね」
「そのクラスメイトに友達はいるのかと聞いてみたら、コーデントのほかにいると思うのかって目をそらしながら聞き返されたので、魔法道具製作者の交友関係なんてそんなもんなのかもしれん。うん」
「相手の方はコーデントさんのこと、お友達と思っていたのですね……」
「とりあえず課題を相談してみたものの、まったくなんにも役に立たなかったがな。あの役立たずは」
「い、いけませんよ。そういう言い方は。せっかくのお友達なのですから」
「ありのままの言い方ってことだな」
「時と場合によると思います。……ありのままは分かりましたけど、課題はどうなったのですか?」
「一度して相談することに慣れたのか、どうにか偉い魔法道具の製作者に相談に行ってみたんだがな。国でも有名な」
「はい。…………というか、その頃からコーデントさんの行動力すごいですね」
「そうか? まあそれはともかく、聞きに行ったら、その偉い奴にもまったく分からないと言われてアドバイスすらもらえないしまつ」
「え? それでどうなったのですか?」
「うん。仕方がないのであきらめて師匠のところに話を聞きに行ったんだが、自分にも分からんとか師匠が言い出したのでぼっこぼこにして帰って寝た。四日間徹夜してたしな」
「うわぁ……それはなんとも、大変でしたね」
「ほんとにな……。だが、まあ、課題の意味はあったのかもな」
「ど、どういうことですか? お師匠さんにも課題は解けなかったのでしょう?」
「なんというか……あきらめずに頑張ることの大切さとか、人に相談してみることとかを教えたかったのかもしれないぜ。今となって考えてみれば、だが」
「な、なるほど……」
「……………………。いいこと」
「どうした、リャッカ。唐突に」
「…………コーデント、は」
「おう」
「だから…………この海に、来た?」
「……そーなのか? まあ、自分の部屋や図書館に閉じこもってちゃ仕方ないってのを学んだのは確かかもな。そういう意味じゃ、俺がこの海にきたのもおんなじ理由か」
「わあ……す、素晴らしいですね。ちゃんと、教えが息づいているのではありませんか」
「素晴らしいか……?」
「…………そして」
と、リャッカは言った。
「コーデント。…………帰ろうと、してる」
「……ああ。今なら大陸に戻って、ありのままの自分が見つかるかもしれん……」
「え? え? ちょ、ちょっと待ってください。いきなりなにを言っているのですか」
「うん、だからな。無理に強がったり、自分の存在意義なんて探す必要はない。ありのままでいいんだよ、シスター」
「…………。あきらめてるだけじゃないですか、それ!? 無理しましょうよ、存在意義を手に入れましょうよ! ありのままの自分じゃなくて、頑張らない自分を見つけようとしているだけじゃないですかっ」
「だってなー……」
「だってなじゃありませんっ。始まりの島はもうすぐそこですよ! コーデントさんっ」
「んなこと言ったって……なぜだか知らんがこの船に戻されるし、悪魔の部屋はもう一回行ったけど悪魔だらけで変化なかったし」
「うううう……本当にコーデントさんの気力が……。もうちょっと頑張ってみましょう、ね? 少しずつでも、なにか変わるかもしれませんし」
「ううむ……。まあ、そうか。おい、リャッカ」
「…………。……?」
「どっか行きたいところでもあるか? さっきはシスターの行きたいところに行ったしな」
「…………行きたいところ」
「おう。もういっそあれだ。もしかしたらその辺にあるかもしれない、未知のチーズケーキ島を探しに行ったって構わないぞ」
「コーデントさん……」
「……………………」
「どうした、リャッカ。考え込んだりして」
「…………あれ」
「海の爆弾、……ですか?」
「…………。壊したい」
「別に構わねーけど。悪魔部屋みたいに、どうせまた巻き戻るだけなんじゃないのか?」
「…………」
「いや、いいって。やりたければやればいいだろ。なんだかなぁ……」
それから、しばし。
「だいぶ爆弾の数も減ってきましたね。リャッカさん、頑張っています」
「なにが楽しいんだろうな。まあ、せっかく作った道具を使ってもらえるのはいいことだが……」
「なにか、達成感を感じているのかもしれませんよ。これだけ壊した、みたいな。数を数えているとか」
「そーいうもんかね」
「ふふ。私も昔は、友達とマフラーを作ったりして、その数を競い合ったものです。楽しかったですよ……」
「…………ふむ」
「ど、どうしました?」
「いや、シスターに友達がいるとは思えんから、また見栄を張っているのかなぁと」
「ありのまま話しているだけですっ。いますよ、友人ぐらい」
「その割にはあっさり生贄にされたような」
「……ちゃ、ちゃんと友人は反対してくれました」
「その割にはあっさり島から逃げ出したような」
「……この話はちょっとやめにしましょう」
「……別にいいけどな。む、なんだ?」
「き、危険感知装置が作動してますよっ」
「言われなくたってそのくらい分かる。だが、なんだって今回だけ……この場所にとどまってたからか?」
「に、逃げましょう」
「……そうだな。リャッカ、……リャッカ?」
気づけば、リャッカが身を乗り出して、海をのぞき込んでいる。
「ちっ、まあいい。さっさとこの場を離れるぞ」
「……は、はい!」
「…………で。だいぶ離れたものの、遠くに見えるあの黒い影、なんだか嫌な予感がするんだが」
「それは……得体の知れないものを見たら、普通は嫌な予感がするものではありませんか?」
「得体が知れないというか、なんだか見覚えが……」
「す、水面から出てきましたよ。なんですか、あれっ」
「……ええっと、なんだっけ、あれ。ちょっと待ってくれ」
「そ、その本に書いてあるのですか?」
「ええとたしか……これだ、このページだ。ナアナクシトン!」
「……っ。それって、コーデントさんやリャッカさんが飲み込まれたっていう……」
「それだ。だが、急に出てきやがったな。いったいどーいうわけだ……?」
「…………爆弾。壊したから」
「それがどうして……いや、海面が安全になったことを察して出てきたってことか。あなどれないな」
「……そう」
「リャッカは、こうなることが分かってたから爆弾を壊したのか」
「………………」
「首を横に振って……じゃあなんで壊したんだ? 別に楽しかったからでも怒りはしないけどよ」
「……ごはん」
「あのな。怒ってもいいか?」
「減ってた、から」
「……なに? どういうことだ?」
「…………」
「その荷物が……」
リャッカが、自分の荷物をコーデントに見せようとする、その瞬間だった。
見えていた景色が、立っていた場所が変わる。しかし、またもやそこは船の上だ。
「また巻き戻った……どうした、リャッカ」
「…………。爆弾も、減ってる」
リャッカが海を指さす。
「まさか……失われたものは、元に戻らないってことか? いや、それは、当たり前の事なのかもしれんが。減ってないように見えた悪魔は、ただ単に大量にいすぎて分からなかっただけか? ということは……」
「ということは、どういうことでしょう。コーデントさん」
不安そうなシスターに、コーデントは神妙にうなずいてみせた。
「……っ、爆弾がないからすぐにナアナクシトンがあがってくる。逃げるぞ!」