巻き戻り島の遭遇
「困り、ましたね」
「シスターのその台詞、前にも聞いた気がするんだが……」
「島に上陸する前にも言った気はしますけど……。ああ、コーデントさんの気力が尽きかけてる……」
「おかしいだろ。絶対おかしいだろ……。なにごともなく謎の島を探索していただけなのに、どうしてまた船の上なんだよ。そもそも船に乗ってなかったってのに」
「ええと……始まりの島に近づくのとは、関係、なかったということでしょうか……。この時この場所、この船の上に巻き戻っているみたいですね。前と同じ謎の島が見えますし、海の爆弾も同じ位置に……」
「…………む」
「どうした、リャッカ……」
力ない声で、コーデントが聞く。
「…………ごはん」
「あのなぁ」
「…………減った」
「食べりゃ減るだろ。ああもう、どうすりゃいいんだよ俺は。なんで始まりの島を目前にしてこんなことになってるんだよ。うっがああ!?」
「き、奇声をあげなくても……。そうだ、まだまだ謎の島も調べていないところが多いですし、また行ってみましょうよ」
「行ったってなぁ……」
「うううう。コーデントさんの気力、本当に尽きかけていますね……。って、あれ? がばっと立ち上がったりして……ど、どうしたのです?」
「ついさっき、始まりの島に結界がどうのこうの話していたが」
「あ、していましたね」
「始まりの島に関係なく巻き戻されてるってことなら、これは結界じゃないってことだ。原因を見つけさえすれば、案外簡単に解決できるんじゃないか!?」
「それは、私にはなんとも……あ、いえ、そ、そうかもしれませんね! がんばりましょう!」
「おう! くっくっくっ、待ってろよ、始まりの島ぁ!」
「…………もぐもぐ」
ひとりだけ無関心に、リャッカがごはんを食べる音などが響いていたりもしたが。
それからしばらくして。
「と、ゆーわけで。またこの謎の島にやってきたわけではあるんだが」
「あるんだが、どうしたのです?」
「なにかこう、戻される条件とかあるもんなのかと思ってな。ある場所に行くと戻されるとか、時間が経つと戻されるとか。時間ってのはなさそうな気もするが」
「というと?」
「始まりの島に行った時と、この島を探索した時。あきらかに始まりの島へ行ったときのほうが時間かかったからな。時間で戻されるなら、もっとこの島を探索できてたはずだろ?」
「そう、かもしれませんね……。うーん」
「まあ、とりあえずは調べてないところをしらみつぶしにするしかねぇのかな。さっき戻された場所を調べなおすのは論外だが」
「あ、それでしたら」
ぎゅ、と拳を握ってシスターが言ってくる。
「私、調べてみたいところを見かけたのですが」
「わかった。宝物庫かなにかがあったんだな。シスターの財宝集めに付き合ってる場合じゃあないが、巻き戻す道具が置いてある可能性も……」
「ま、待ってください。どうして自然に宝物庫で話が決まっているのですか。荘厳で神聖な感じの部屋が見えましたから、見てみたいと」
「ああ、違ったのか。だって、なぁ」
「……………………うん」
「リャッカさんまで……ううううっ。私っていったい」
「じゃあたとえ、宝物庫を見つけたとしても」
「行きます」
「はい。んじゃ、とにかく出発するか。どっちだ?」
「…………さあ、どっちなのでしょう」
「あのな……」
「し、仕方ないではありませんか。この建物広いのですから……あ、リャッカさん」
「……最初は、こっち」
「そーだった気もするな。まあ、そのうち迷いそうな気もするが。とりあえずシスターに任せるとするか」
「が、頑張ります」
「シスターに、神のお導きとやらがあるかどうかはっきりするな」
「私のためを思えばこそ試練をお与えになってくださるのです。きっとそうです」
「顔そらすなよ。というか迷う前から言い訳始めるなよ、おい」
「うううう……う?」
「シスター、どうした?」
「あ、いえ。着きましたね」
「ちっ……」
「なぜ舌打ちするのですか。どうです、やはり神は私を見ておられるのです」
「さっきまで疑ってた人間の台詞とは思えねぇなぁ」
「そ、そんなことありませんよ。どちらに転んだとしても神の思し召しと言ったまでのことです」
「便利だな神様」
「失礼なことを言わないでくださいよ、コーデントさん……。それにしてもこの辺りは雰囲気が違いますね。他と違って、清潔さのようなものが……こちらは礼拝堂でしょうか」
「なんだか、大した発見がないな。見れば見るほど観光してるだけって気分になってくる」
「そうですよね、宝物ぐらい見つかってくれてもいいものですけど」
「……シスター、わざわざお導きくださった神様に謝ったほうがいいんじゃないか?」
「別にそんな……なにをしているのですか?」
「いや、鍵がかかってるから解除してるだけだが。っと、開いた。……たいしたものなさそうだな」
「小器用ですけど……そんなことしてると罰が当たりますよ、罰が」
「いまさら海賊になにを言ってるんだよ」
「それもそうかもしれませんけど。なんというか、こう、こういう神聖で清浄な場にいると心が洗われた気持ちになったりはしないのですか?」
「そんなこと言われてもなぁ……。お、絵があるぞ。絵が」
「……なんで絵の前でポーズなんかとってるんですか」
「いいだろ別に。リャッカ、お前もするか?」
「…………」
「無理にリャッカさんまで巻き込まないでくださいよ。困って立ちつくしてるではありませんか」
「とるポーズが思いつかないだけにしか見えないが。まあいいか」
「まったく、もう」
「そろそろこの辺りも探索し終わったな。あっちの扉で最後か」
「こういう雰囲気の場所って好きなので、なんだかもったいない気もしますけどね。それでは、開けましょうか」
「おう」
「それでは……、…………っ!?」
「神聖で、清浄な、ねぇ……」
「ななななな、なんですか今のは!? 思わず扉を閉めてしまいましたけど、変なのいましたよ。うじゃうじゃと。黒くて、異形で、翼が生えていて。顔なんて尖った逆三角みたいでしたしっ」
「なにって……悪魔じゃないか、悪魔。大陸で学園に通っていたころあんな感じの低級悪魔の絵を見たような見せられたような巻き込まれたような……」
「なにを言っているのかは分かりませんけど、あまりいい思い出ではなさそうですね……」
「クラスメイトに魔法道具が大好きすぎて仕方ない奴がいてな。そいつに無理やり……」
「魔法道具が大好きすぎて、って。コーデントさんではありませんか」
「違うんだよ! あれは……なんというかこう、方向性が。俺が高級レストランを目指しているとしたらあいつは庶民派の菓子屋なんだよ。そのっくらい違うんだ」
「分かるような、分からないようなですが……」
「…………おなか、空いた」
「とか言いつつ、食べているではありませんか。リャッカさん」
「うん。おいしい」
「こいつのことは置いておいて……悪魔だらけだな、この海は。都合よく神様でも天使でもやってきて、聖なる力でぱーっと悪魔をやっつけてくれないもんかね」
「あ、それでしたら……いえ、なんでもないです」
「うん?」
「ど、どうしましょうか、これから。最後の部屋も悪魔だらけなだけでしたけど」
「むしろ、悪魔だらけってところが怪しいような気もするよな。なんか原因につながるものがあるかもしれんし」
「なるほど……」
「…………もぐ。扉、あった、よ?」
「扉? ……悪魔だらけの部屋の中にか?」
「…………。うん」
「むしろ、どうしてあの一瞬でそこまで見えたかが不思議なんだがな……」
「さすがリャッカさんですね……でも、だとすると、どうしましょう」
「あの程度の悪魔だったら蹴散らせるだろ……リャッカが食べ終わりさえすればだが」
「…………もぐもぐ」
それからしばらくして。
「では開けますよ……」
「おう」
「開けますよ……」
「…………」
「開け……」
「とうりゃ」
「こ、コーデントさんなにをするのですかっ」
「やかましいっ!? シスターがいつまでも開けないから、かわりに開けてやったんだろ!?」
「ですけど心の準備というものが」
「だったら、準備できてから開けますよとか言い出せよ」
「直前になったらまた怖くなったのです」
「それじゃあいつまでたっても……とか話してないで、俺たちは悪魔と戦うべきなんだろうが」
「リャッカさんだけでも、大丈夫な勢いではありますよね。あと、たちって言わないでください」
「……楽でいいな。ただ、リャッカが言ってた扉から、際限なく悪魔が増え続けてるわけだが……」
「うううう。ど、どれだけいるのでしょうね。リャッカさんがやられるとは思えないので、こうして見てはいられますが……気持ち悪いし逃げ出したいです」
「あのな。まあ多少はリャッカを手伝ってやるか……暇だし。…………む? 今、なんかシスターしようとしたか?」
「ふぇっ、い、いえ。なんでもありませんよ」
「魔法を使おうとしてあきらめたような……」
「なんでもありません。なかったことにしてください」
「……まあ、そこまで言うなら、なかったってことでもいいけどもよ」
そしてすべてが、なかったことになった。
コーデントたちは、いつの間にか、いつもの船の上に立っている。
「シスターの呪いが……!?」
「ち、ちがいますっ」
シスターの声が、海にむなしく響いた。




