大幹部
「なんだか日差しがまぶしいです……」
「いくら遺跡の中が明るいったって限度があるからな。それより、また遺跡の中みたく人に囲まれる前に、さっさと材料を確保しよう。霧の都はもうすぐだからな」
「あはは……。材料のあても教えてもらえましたし、よかったではありませんか」
「前向きだな。なんだっていいさ、この島を出られるんならな。ほら、リャッカいくぞ」
「………………」
「どうした?」
「…………。へん」
「……っ。なにか、気配でもあるのか!? 悪魔の襲撃か!?」
「…………ううん。わたしの、からだ」
「な、なに?」
「ぜんぶ……ぴりぴり、してる。熱い」
「病気かなにかか? それだったらシスターに」
「…………。え?」
「なんだよその顔は。俺じゃどうしようも…………ああ、わるい。取り乱した。リャッカが病気なんて、そんなはずがない」
「…………、うん」
「神器が、不調ってことなのか? なんでこのタイミングで……他に変なところはあるか?」
「……木、とか」
「木?」
「…………。手当たり次第に、斬ったら。楽しいかも」
「いや、それは、不調なのか? お前が単純にやりたくなっただけではなくて?」
「ほんとうは……」
「ほんとうはお前の願望だったと?」
「暴れたい」
「やめろ!?」
「あの、コーデントさん? やはり病気なのではないでしょうか。熱に浮かされてわけが分からなくなっているとか……」
「そんなことあってたまるものかよ。リャッカの身体と同化した神器は、どんな時だってこいつの体調を健康に保ってるんだ。まっぷたつにされたって元通り、なんで食事が必要なのかすら分からないほどだ。それだってのに……」
「どうしま……しょう。な、なんですか今のは!? リャッカさんが剣を振ったら、振ったら、衝撃波で地面がえぐれて樹木が折れましたよ!?」
「の、能力が暴走している……?」
「………………。これくらい、は。いつでも、できる、よ?」
「それは人間の能力越えてると思うぞ、おい。じゃあ暴れたくなってるのだけが異常なわけか」
「……む」
「どうした」
「…………。治った」
「……………………は?」
「元気」
「も、もうなんともないのですか? 身体がぴりぴりしたり、熱かったり、暴れたかったり……」
「……うん」
「それは……よかった、のでしょうか。もちろんリャッカさんが元気なのは素晴らしいですけど」
「よかったと、思うしかないだろうな。今の俺たちじゃ手も足も出ないんだ」
「ううううっ。ですが……どうするのですか、このあと」
「そりゃあ……決まってるだろ」
「というと?」
「せっかく状態も落ち着いて治ったことだし、気兼ねなく始まりの島へ俺の資料探しだ。余計な邪魔が入らないうちに急がないとな、くっくっく」
「リャッカさんのことが心配ではないのですか!?」
「ああん、しるかよ。始まりの島が先だ」
「コーデントさん!」
「…………いいの」
「り、リャッカさん……。無理しなくてもいいのです。そんなだから、コーデントさんはつけあがって横暴になるのですよ?」
「海賊なんてのは横暴なもんだ」
「コーデントさんは黙っていてください」
「………………ずっと、思ってた」
「え? な、なにをです?」
「……始まりの島が見つかれば。コーデントは。…………わたしのこと、必要ないだろうって」
「リャッカさん……」
「…………わたしも、それでいい」
「だ、だめです。もっと……もっと自分を大切にしてくださいよ!」
「うん、そうする」
「え? ……え? ですけどいま、切り捨てられてもいいみたいなこと」
「……思ってた、よ」
「なら……。……もしかして、いまは違うということですか?」
「コーデント。心配、してくれた……から」
「えっ? ど、どういうことです?」
「…………リャッカのやつがなにを勘違いしてるんだか分からねえけど、さっさと行くぞ。こんなとこで話をしてるのが一番の無駄だろ」
「う……でも」
「…………チーズケーキ、食べたい」
「おい、今までで一番シスターが疲れ切った表情してるぞ。お礼ぐらい言っておいたらどうだ」
「……。ありがとう」
「いえ……。その、チーズケーキ、あるといいですね。霧の都に」
「…………うん」
歩くことしばし。
「…………ち、沈黙がつらいのですけど」
「シスターがわめきちらした反動じゃないのか?」
「う、ううううっ。ですけど」
「それに今の俺は、始まりの島への期待に満ちているからな。スターズブルーの遺産が生まれた場所。そこにあるはずの資料さえ手に入れれば、俺は……くっくっく」
「…………約束」
「ああん? 悪魔の話か?」
「……ちがう、よ?」
「じゃあなんだってんだよ。気分に水を差しやがって」
「全自動、お菓子作り機」
「おお、おお。そういえばそんな話もしてたっけな。気が向いたら作ってやるって言ってたっけ。一瞬で出来上がるより、いっそ疑似人格を作って料理を作らせるのも面白いかもしれん」
「…………、どうして?」
「いつでもまったく変わらない味を、待ち焦がれる時間もなく生み出してくれたほうが満足か?」
「……………………。わかんない」
「ま、いまのうちに考えておくといいさ。なにをどう作るかは俺の気分次第だが。面白そうなアイディアなら取り入れないこともないしな」
「うん……」
「どうした、シスター。渋い顔して」
「いえ……ちょっと思うところがあっただけです」
「全自動お菓子作り機か?」
「違います。いえ、完全に違うわけではないのですが……」
「なんだよ」
「もしもそのように財宝まで作りだせたとしたら、財宝の価値っていったいどうなるのかと思いまして」
「まあ、貴重だからこそ価値があるってのはわかる気もするが」
「なんでも手に入る道具から苦労もなく財宝を手に入れたとして、それで楽しむのは本当に楽しいことなのでしょうか」
「仮にそんな道具があったとして、道具作る側の俺には苦労があると思うが。それと一応言っておくが、研究所にあった貴重品を運んで苦労してるのはリャッカだが」
「……か、感謝はしています。感謝」
「別にいいけどな……。どうせリャッカもなんとも思ってないだろうし」
「…………。……」
「ううううっ。……リャッカさん? どうしたのですか、足を止めて。お、怒ってます?」
「…………きた」
「きた?」
「……。悪魔」
「……っ、本当にか!? ほとんどただの軽口で言ってただけだったのに!?」
「コーデントさんが変なこと言ったから、期待に応えようと思われたんじゃないですか!?」
「そんな馬鹿な……」
木々の中……開けた空中から、ふたりの人影が降りてくる。
ひとりは小さな少年。ひとりは大人の女性。
子供がしゃがれた声で言った。
「ぎぎぎ。我らが組織に仇をなす愚か者どもよ。恐れ、震えるがいい。こちらは我らが組織の偉大なる大幹部、神官様である」
「神官だと……? この女が大幹部……?」
「きっと邪神ですよ、邪神。この世に災厄をもたらす神を崇めているのです」
シスターの言葉に、女は妖艶な微笑を口元に浮かべた。
落ち着いた声音で言ってくる。
「それは、あなたがたにとってのことね。神々に対立はあれど、正邪の区別は意味がないわ……」
「この世を滅ぼそうなどと思っているあなた方が崇拝する神。それは人間にとってでなくても邪悪ですっ」
「その認識は……正しいわ」
「へっ?」
「だけど、あなたの信じる神はなんと言うかしら。世界と比べて、圧倒的に少ない私たち。そんな少数に対して、弱いものいじめをしろと?」
「え、そ、それは……。ですけどあなたがたは邪悪ですし」
「考えが違うから、圧殺してもいいと?」
「う、ううううっ?」
「なんでやり込められてるんだよシスターは……」
「で、ですけど」
「その少数でもこの世界を滅ぼせると考えたから、魔王と一緒になって魔界から攻めてきたんだろうが。そっちから生命を根絶やしにしようとしておいて、なにが考えが違うから弱い者いじめだ。あほか」
「ふふ……。その認識も、正しいわ」
「そうかい、ありがとよ」
「そして……私たちの考えは、そのころからちっとも変っていないの」
「………………考え?」
「ええ、お嬢さん。その少数でもこの世界を滅ぼせると、今でも考えているのよ」
「お前達はそのための準備をしている、ってわけだな?」
「そうよ。もしもあなたたちに組織へ入る気があるのなら、その後の世界へ連れて行ってあげてもいいわ?」
「あいつみたいなこと言うんじゃねえよ。あいつ……えー、あいつ……」
「コーデントさん……。あの、エリオさんのことですか?」
「それだ。エリオット。妖精の里の」
「そう、あの子も誘ったのね。断られるなんて残念だけど、気は変わらないのかしら?」
「あいにく、魔法道具は人の役に立てるためのものだ。魔法道具を作る側の人間が、世界破滅に加担してたまるか」
「コーデントさん、そんなこと考えていたんですか……?」
「悪いかよ、ああ?」
「い、いえ」
「残念ね。たとえ、ここで死ぬことになっても?」
「ま、魔法回路が見えない……!? 特殊能力でもない、ただ魔法の生成が速すぎるだけだ!?」
「コーデントさん!」
「……………………」
「……た、助かった。魔法の光球をリャッカが切り払いやがった」
「腕のいい剣士さんね。だけど……平然としているのはどういうわけかしら」
「ぎぎぎ。神官様……あれは肉体再生の神器使いです」
「そうだったわね。面白い人たちだこと」
「なんだ……? なにか、あの球に効果があったってことか……?」
「…………もしかして」
「なにかしら、お嬢さん」
「…………海の、爆弾」
「私が作ったものだわ」
「…………海賊さんの、魔法」
「私が埋め込んだものだわ」
「…………チーズケーキの売り切れ」
「私が買い占めたものではないけれど」
「…………そう」
「ええ」
「……チーズケーキ、食べたい」
「食べさせてあげたら、仲間になってくれる?」
「…………。ううん」
「残念ね」
「リャッカの戯言は置いといて、神官……悪魔たちの大幹部。全部の黒幕はお前か」
「そうなるわね。この海における組織の行動のすべては、私の意向で動いているわ」
「ちっ……」
「それを知って、どうするつもりかしら。この場で私たちを亡き者にしようとでも?」
「どのみち、そっちだってそのつもりじゃねえのか」
「心外ね。ただ、挨拶をしに来ただけよ」
「挨拶?」
「ええ、いずれ戦いの時へ向けて、あらかじめね」
「今戦う気はない……ずいぶんお遊びが好きなんだな」
「知り合いには、無駄もそっけもない悪魔がいるわよ。あんなのと知り合いだと、余計にお遊びが欲しくなるものなの」
「ふんっ。いずれ、覚悟してやがれ……」
「あなたたちも、私の期待に応えてくれると嬉しいわ」
「ひっ、コーデントさん!?」
「ぜ、全方位をさっきの光球が……見た限りだと、さっきの魔法よりも威力があるぞ」
「これもお遊び……ではさようなら」
コーデントたちを取り囲む数百もの魔法の球が破裂する。
爆風が周囲を揺るがした。