グルメではない
「山腹にぽっかり開いた遺跡への入り口……ってか。人を避けてたのは間違いないだろうな」
「あるいは……悪魔を避けていたのかもしれませんね。悪魔は邪悪ではあれど、知性のある生物ですから。悪い知恵ばかり働くとも言えますが」
「この遺跡に入るにあたって、ふたりにこれだけは言っておきたいことがあるんだが」
「な、なんですか? あらたまって……」
「一番奥まで辿り着いた時……もしくは全部終わってこの遺跡から出ようとしたとき。おそらく悪魔が待ち構えてるぞ。間違いない」
「…………船に乗る時、とかも」
「そうかもしれねえな。うん」
「ま、待ってください。コーデントさんもリャッカさんも、どうしてそのようなことがわかるのですか!?」
戸惑っているシスターに、ふたりは押し殺すような声音で考えを言った。
「……これまでの経験」
「ええっと……その。もしかしたら否定しきれないのかもしれませんけれど……」
「だいたいこういう時、ことごとく悪魔の関係者と出くわしてるからな。リャッカの村に、名前忘れた生物の中、竜神様事件、妖精の里……」
「ゆ、幽霊さんとかただの幽霊さんだったではありませんか」
「そりゃそうだが。というかあれだな」
「あれ?」
「遺跡内部から響いてくる甲高い声が、あたかも亡者の絶叫のようにも聞こえ……」
「やめてください!」
「そこまで怖がらなくても……ほんとに幽霊だと思ってるわけじゃないだろ?」
「た、たとえ遺跡に入った方々の悲鳴だったとしても、そういうのなのではないかと想像する時点で嫌なのですっ」
「あーあー、悪かったから。とにかく入るとしようぜ」
「うううう……」
「……………………」
「どうした、リャッカ」
「…………かるーい」
「いつもみたくあんなにでっかい荷物しょってたら、通路を動き回るはおろか、入り口に入ることすらできないだろ」
「…………もし」
「もし?」
「…………閉じこめ、られたら。飢えそう」
「……それでもその荷物の中には、少なからず食料が入ってるはずだけどな」
「大事」
「はいはい。入り口は暗く見えるのに、中に入ると明るいな」
「これは、魔法によるものなのでしょうか」
「だろうな。というより、魔法道具……俺の専門とするところだが」
「……あの、気になったのですけど。なぜ入り口は暗かったのでしょうか。話には聞いていたので、照明はつけませんでしたけれど……」
「まあ、理由はいくつか考えられるな」
「専門的な見地というものですね」
「いや、そういうわけでもないが。まあ、雰囲気作りのためとかな。最初っから光り輝いていても、なんだか気分に乗れないだろ?」
「……ええと。この遺跡、というか建物ですけれど。もともとは研究施設なので、そのような雰囲気作りは考えていないと思います」
「ちっ。じゃああれだ。たとえ大昔の未知の技術が使われているとしても、無制限にエネルギーを使えるわけじゃないだろう。ところどころで節約してるのかもしれないぜ」
「……なんというか」
「いうか?」
「夢がありませんね」
「……。魔法道具なんてそんなもんだ。限りあるエネルギーの総量とにらみ合いながら、目的の効力を出す回路をどうやって作るかってな」
「あ、いえ。そんなつもりで言ったわけでは……」
「ふん」
視線を移すと、リャッカがもてあそぶように気軽に剣を振りながら前を歩いている。武器が、まるで棒切れのようですらある。
「………………」
「……楽しいか? 遺跡が」
「…………そこそこ」
「そうか……」
「……そう」
「って、うお!?」
「きゃあっ。な、なんですかこの巨大なハンマーは!?」
「トラップ……だろうけど。リャッカのやつ、迷わず反応して叩き壊しやがった……。おい、剣は大丈夫か!?」
「……うん」
「いや、大丈夫なのもたいがいおかしいと思うんだが……まあいいか。先へ進むぞ」
「も、もしかして、リャッカさんの剣って、魔法の武具なのですか? コーデントさんが作成したとか」
「ただの剣だよ。あんなどうしようもなく小さいものを魔法道具化できるほど、高級な材料持ってねーよ」
「あ、そういうの難しいのですね」
「だいたいの場合、材料が大きければ大きいほど大きなエネルギーを生むからな。エネルギーをどう節約して高性能を引き出すかも作る側の腕だが、剣になんて無理だ」
「ですけど……材料さえあれば、できるってことですよね。コーデントさんの腕なら。難しいでしょうけど、今後のことを考えればどこかで購入しても……」
「大陸で買おうとすればシスターの財宝が全部消し飛ぶぞ」
「…………!?」
「ま、この海じゃ見つけることすら困難だろうけどな」
「そ、そうですか……」
「ほっとせずに残念がれよ」
「誤解されやすい顔なだけです」
「確かにシスターはそんな顔してるな」
「どんな顔ですか!?」
「自分で言い出したんだろ……っと、倒れてる奴らもそこそこいるな」
「あ、では。回復魔法を……」
「…………必要ない」
「り、リャッカさん?」
「……安全、だから」
「あん……? ここにあるトラップがか?」
「…………そう」
「ですけどっ。…………たしかに、重大な怪我というほどではない、ようですね」
「へーえ。ってことは、気楽に先を目指せるってわけか」
「……どんどん、危なくなってる」
「危険度があがってる? ……最初は追い返すだけだが、それでも進む場合は、ってことか。……ふむ」
「ど、どうしました? やっぱり引き返します?」
「思わず三人でここまで進んできちまったわけだけど」
「それが……どうかしましたか?」
「ハンマーに落とし穴、その他もろもろ。ぜーんぶ物理的障害なんだよな」
「……魔法の罠とかあるよりはいいと思いますけど。歩いた瞬間雲の上に転送されて、あっという間に墜落とか……」
「自分で言っておいてなんで震えてるんだよ……。とにかく、そういう致命的な罠があったら困るけれども」
「はい」
「これ、俺が身体を細くしてひとりで進んで行ったら、簡単に突破できるんじゃないか?」
「………………。えーと」
「どう考えても、ハンマーとか落とし穴とか効かないぞ。俺」
「それは……ですが」
「そういうわけだから、リャッカとシスターは戻って……」
「ま、待ってください!」
「ん?」
「それは、たしかにこの遺跡は危険かもしれません。コーデントさんならひとりで目的地へたどり着けるのかもしれません」
「…………」
「ですけれど……ですけれどコーデントさんをひとりでおいていくなんて、そんなこと私にはできませんっ」
「シスター……」
「全部の罠を回避した後、コーデントさんはひとりで財宝を持って帰れますか!?」
「……まー、無理かもな」
「行きましょう。お宝が私たちを待っています」
「……そんなに大事か?」
「当たり前でしょう。なにを言ってるのですか。見てるだけで元気になれますよ」
「まあ、見てるだけじゃなく派手に使ってもいるようだが。高い服買ったり珍味食べたり。食べたのは俺たちもだが」
「うふふふ……。島では豪勢な生活なんてできませんでしたからね」
「そのかわり、ちやほやされてたみたいだけどな」
「あら、そんなこと」
「どーとは言わんが」
「うふふ……」
「まあなんだ。とにかく一緒に行くってことで……リャッカ、どうした?」
「着いた」
「は?」
「この罠で、最後。部屋に着いた」
「…………。おお。意外とはやかったな」
「あっけないものでしたね」
「……一応言っておくがシスター。俺たちで話してる間もリャッカが黙々と道中、罠をほとんど無力化してたこと忘れるなよ?」
「え、ええ。もちろんですとも。ありがとうございます」
「…………」
「あ、あはは……。それでは中へ入りましょうか」
「そーだな。えー……手紙に、スケッチ、実験資料、こっちも実験資料。む、これは興味深そうな……」
「財宝、財宝……」
「……………………地図」
しばらく時間がたった。
「む。悲鳴が……罠をある程度残しておいたのは正解だったかもしれんな」
「…………」
「シスター? 金目の物でも探してるのかと思ったら、なに読んでるんだよ」
「え、あ、いえ。少し気になっただけですから……」
「とか言いつつ手放そうとはしないのな」
「あはは……コーデントさんはどうでしたか?」
「おお、役に立ちそうなものが多かったぜ。魔法回路の多重接続に関する特性変化とか、結界理論に関する深い考察とかな。空中に魔法回路を固定するわけにはいかないから……」
「ま、待ってください。爆弾の排除の仕方はどうなったのですか?」
「おう。それもばっちりだ。材料さえあれば……と言っても、さっき言った魔法の武器みたいに貴重な材料じゃないが、とにかくそのための道具を作れるはずだ」
「わあ……素晴らしいです」
「ふふん。どうせこの部屋に侵入しようとしてた他の連中じゃ、資料を読んでも理解すらできなかったに違いないぜ」
「では、あとは帰るだけ……ああっ、財宝を探さないとっ」
「あのな……。リャッカはなんの紙を見てるんだ?」
「……………………地図」
「あー……ずっと地図見てたのか? そんなの見てなにが面白いってんだよ」
「……………………」
リャッカはちらり、とコーデントの顔を見た。そして視線を地図の上に戻す。
それはやはり、あまり見かけない態度だった。
最近のリャッカはおかしい。
それは、なにかを躊躇するような態度だったのだ。
「……? なんだよ」
「…………あった、よ」
「なにがだよ。チーズケーキの名産地か? 言っておくが、その地図はずっとずっと昔のもので、いまもこうやって残ってるのさえ魔法の効力なだけだ。その地図がどんなグルメマップだったとしても、もう役に立たない」
「…………立つ」
「どうしてだ?」
「…………。霧の島、あった」
「なんだと!?」