リャッカの葛藤
「…………どうした、リャッカ?」
「……どうも、しない」
「そうか?」
「そう」
「…………ならいいが。体調が悪い……とかはありえないだろうが、なにかあったら言うんだぞ」
「うん」
「…………」
「…………コーデントは」
「あん?」
「……海に、きたこと。本当に、後悔してない?」
「さっきのシスターとの話を聞いてたのか。まあ……そうだな。結局この海にこようと思ったんだろうから、しかたないってことなのかもな」
「…………そう」
「じゃあ、俺は船室のほうにいってくるから」
「…………うん」
「…………」
「わたしは……」
甲板に残され、リャッカはひとりごちる。
自分は、巨大な敵を相手に回してまで、故郷の村を守ろうなどと思っていただろうか。
「…………なんのために。過ごして、るんだろ」
それは、コーデントとの約束に従って旅をしている現在は、意味のない考えなのかもしれないが。
「……………………」
「リャッカさん、リャッカさん」
「…………いい匂い」
「新しい料理に挑戦してみたのですよ。この間釣った生き物を蒸したものです。せっかくなので食べていただこうかと」
「食べる」
「それは良かった。……どうです?」
「おいしい、よ」
「うふふ。リャッカさんは本当においしそうに食べますよね」
「…………そう?」
「ええ」
「……おかわり」
「は、はやいですね……」
「おいしい、から。…………む」
「これ、は……! なんですかあの船の数!?」
「敵……」
「そ、そうとは限らないのでは」
「きっと、敵」
「そう思う理由は?」
「…………いままで、そうだったから」
「……。これ以上ない説得力ではありますけど。できれば現実から逃避していたいなー、なんて」
「この世から」
「え?」
「この世からも…………逃避、することになるけど」
「……リャッカさんって、時々おっかないことを言いますよね」
「…………そう?」
「おい! どうした!?」
「あ、コーデントさん。見てください、あの船」
「危険感知装置が反応したのはあれか……なんなんだあの船の数。巨大な船だけでも、三十以上はあるぞ……」
「リャッカさんは敵だろうっておっしゃってましたけどれど……」
「そりゃそうだろ。これまでもそうだったし」
「…………。偶然出会った可能性は?」
「あの船団にか? 偶然あの数の船が出かける用事があって、偶然この広い海でおれたちと遭遇した、ってのは考えがたいが」
「う、うううう」
「もしかしたら、……というか、ほぼ間違いなく居場所を特定されてるな」
「居場所を特定?」
「誰かが意図的に俺たちを狙ってるってことだ。十中八九、あの悪魔だろうが……」
「つ、つまりあれらはその組織の船ということですか!?」
「たぶん違うんじゃないか? どちらかというと、うまくエサを提示され情報を流され利用されている、といったほうがしっくりくる」
「たしかに……訓話に出てくる悪魔らしい陰険さではありますね」
「それは分からないけど……やっぱりこっちに向かってくるぞ。さすがにあの数を相手にするってのはまずい……」
「とか言いつつ距離詰められてますよ。砲撃されそうですよ!?」
「あまりにも機動性が違う……お宝でも捨てるか」
「なにを言っているのですか!?」
「お宝でも」
「なにを言っているのですか!?」
「まあいいが……船の性能が違うんだろうな。このぽんこつじゃだめだ」
「そんな、大事な船になんてことを言うのですか」
「つったって、ただのもらいものだしな」
「もらったのですか?」
「無理やりもらったとも言うが」
「…………海賊ですものね」
「そーだな」
「ですが、もらったものだからこそ大事に扱うべきなのでは」
「……残念ながら、シスターほど人間ができてないんでね。それにしても」
「な、なんですか、その目は」
「いや、砲撃されたら砲弾がぶつかるわけで、まあこの船は傷つくよな」
「攻撃されているのですから、それはそうですよね」
「で、その傷が致命的になったら耐えきれずに、この船は沈む。それは困る」
「もちろん困りますけど……どうしたのです」
「沈んだら困るから砲撃は防がなきゃならない。ならないが」
「が?」
「シスターは帆の操作ができたりは……」
「しません」
「必死にリャッカが帆を操作したりはしてるけど……こりゃ無理かもしれんな」
「ど、どうするのですか」
「すぐさま追いつかれるわけじゃないから、いまのうちに作戦を考えとかなきゃならんが……リャッカもリャッカで、なんだか調子が悪そうなんだよな」
「うううう、そちらも心配ですけれども……」