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幽霊

「つよいぱーんち」

「ぐっはあああああ!?」

「鉄のぱーんち」

「ぐおおおおおっ」

「硬いきーっく」

「ぎゃあああああっ」

「……………………」

「いてえ、いてえよおおおっ」

「平和だ……非常に平和だ。殴ったり蹴ったりするだけで、敵の海賊を壊滅できる。なんて素晴らしい。エリオ……あの悪魔に翻弄されたのが嘘のようだ」

「……そう」

「あのー……」

「お、シスター。どうした?」

「い、いえ。静かになってきたので、そろそろ戦いが終わったかと思いまして」

「見ての通りだな」

「そのようですね……。ほんと、戦いは恐ろしいです」

「それより恐ろしかったのがあの悪魔だが」

「う、それはそうですけど。いつ短剣が飛んでくるかと思うとびくびくしてましたけれど。ですが、それはそれ、これはこれで怖いのです」

「そういうもんかね。リャッカは怖いか?」

「…………なにが?」

「うん、なんでもない」

「あなたがたおふたりはそうかもしれませんが……。こう頻繁に海賊に襲われていたら、身が持ちませんよ」

「……そうだよなー。まったく、今日だけで二戦目だぞ。ここ最近、やたらと海賊に襲われやがる。そういう地域なのか、それともなにか原因があるのかしらないが……」

「やはりコーデントさんも、おかしいと思いますよね?」

「ああ。このままじゃまずいな」

「ま、まずいですか」

「たびたび他の海賊に襲われ、当然のように返り討ちにし、当然のようにシスターが財宝を敵船から分捕り、当然のようにこの船は重くなってそのうち沈没する。どうにかせにゃならん」

「へ、変なことおっしゃらないでくださいっ」

「しごくまっとうなことを言ったつもりだったが……。だいたい出会う海賊がこれだけ財宝を溜めこんでるってのは、どんだけ無法の海なんだよ。ここは」

「言われてみると、たしかに……」

「魔王なんていなくても、すでに世の末かもなー」

「あなたが……こほん、わたしたちもその海賊ですけどね」

「おお、シスターにも自覚が」

「ちゃかさないでください。……コーデントさんは思いのほか、むやみやたらに略奪のようなことをしませんから。私も心に折り合いをつけて、慣れてきたというだけです」

「今のところする必要がないからな。その気になったら、リャッカにもなにも言わせたりはしないさ」

「……なぜここで、リャッカさんが出てくるのですか?」

「あいつ、海賊に襲われて殺さ……あーっと、致命傷を負ったり村を失いかけたりしてるからな。深く話をしたことはないが、思うところはきっとあるんじゃないか?」

「…………。コーデントさんが他者の心を思いやるなんて。ああっ、神よ……っ」

「やかましい!? リャッカが荷物持ってもどってきたから、財宝の勘定でもしてろ」

「はい!」

「な、なんて活力に満ちた返事……」

「あ、いえ。私だけ戦いを見守っていただけでしたし、このような場面ぐらいは頑張っておこうと思っただけでして」

「今さら取り繕う必要もないとは思うが……」

「…………。おなか、すいた」

「相変わらずだなお前は……って、リャッカ。なんでいきなり食料を食い始めてるんだよ。前からそんなだったか?」

「…………ううん」

「一応、その場で食べずに席に座るぐらいの姿勢はあったからな。……どうした」

「…………なにか、へん」

「へんってなにがだよ……と聞いてもあれか。なにか、しか返ってこないのか」

「…………ううん」

「お?」

「……。あっち」

「…………!?」

 晴れ渡っていたのに、見れば一部分だけ霧がかっている。

 その霧は急速に、こちらの船へと近づきつつあった。

「リャッカ!」

「……うん」

「そっちの食い物よこせ、俺も食っておかないと」

「……うん。おいしい」

「ええい、幸せそうに食いやがって!」

「おふたりとも! ……って、え? どうして勢いよくお食事をなさっているのです?」

「向こうのほうから変な霧がきてるから、食えるうちに食っておこうと思ってな」

「それなら教えてくださいよ!? 私、あわててその霧のことを伝えようと思ってきたのに!」

「そりゃ悪かったな。シスターもなにか食うか?」

「いりません! そんなことを言ってる間にも、霧が!」

「この霧を抜けたら始まりの島だった、とかないもんかね。大助かりなんだが」

「唐突すぎるでしょう!?」

「この霧自体唐突だったと思うが……」

「…………おいしい」

「霧の中に入っても、まだこいつ食ってやがる」

「とか言いながら、コーデントさんのほうからも食べる音聞こえてますよ。ところで、あの」

「どうしたシスター?」

「な、なんだか寒気がするのですが」

「そりゃあ霧は冷たいもんだろ」

「そういうのではなくてですねっ。……きゃああああ!?」

「…………船。おっきい」

「船だなー。あんなぼろぼろの船に乗りたいとは思わないけど」

「なにを落ち着いているのですか! あ、ああああ、あれって幽霊船では!?」

「……なんで幽霊船ごときであわててるんだよ」

「どうしてあわてないのですか!?」

「悪魔のほうがよっぽど怖い。そもそも、幽霊を発見できなきゃ幽霊船じゃないよな」

「…………いた」

「いた? なにがだよ」

「……。幽霊?」

「…………。きゃあああああっ!?」

「またかよ、シスター……」

「だ、だって、いたじゃありませんか幽霊っ。幽霊ですよ!?」

「見つけたのはリャッカだけだろ。見間違いかもしれないしな」

「どうしてそうまで落ち着いていられるのですかっ」

「信じられないようなものを見た目で俺を見るのはやめてくれないか……。あれだろ。幽霊なんて、妖精と似たようなもので」

「似てません!」

「浮いていて、ある程度形はあるものの不定形で、掴みどころがない。なにが似てないってんだ」

「そうですけど! そうですけど、そうじゃなくて……もっとこう、根本的なところでですね」

「お、あれが幽霊か」

「………………っ!?」

「すでに恐怖が声にもならないって感じだな、おい」

 霧は巨大な廃船の大きく外側を囲んでいて、近くまでは入り込んでいないようだった。

 甲板の上に幽霊らしい人影が見えたように思えたが、その姿はすぐに船体で隠れてしまう。

 聞こえてきたのは声だった。

「天使よ、天使よ、降臨なさいませ~!」

「…………、天使?」

 リャッカのつぶやく小さな声が、コーデントたち三人の間にしばらく漂った。

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