破滅の魔剣
「ここが、始まりの島の手がかり。 妖精の里!」
「ああああ、コーデントさんがいつになく舞い上がってる……。もう少し他に言うことないんですか」
「他に言うこと?」
「ほら、枝や板、葉っぱを利用して作られた家々。それが地面にも木々の上にも作られていて、自然と一体化しているさまとか。あっちなんて、木の上に板で通路が作られてますよ。妖精サイズで全部小さいですけど」
「さて、手がかり手がかり……」
「待ってくださいよっ」
「まったく。こんな建造物だのなんだの、どうだっていいだろ」
「素晴らしい光景を前にして、もっと感動する心はないのですか」
「ない」
「うううう」
「リャッカ、お前からもシスターになにか言って……」
「素敵……」
「…………」
「…………」
コーデントとシスター・アンジェリカが、揃って黙りこくった。
「な、なんだろう。リャッカがまるで、普通の女の子みたいに……」
「もっと言い方を見つけましょうよ、言い方を。純真な少女みたい、とか」
「それは、普通の女の子、よりもましな言い方なのか……?」
「分かりませんけど……純真という響きはいいと思いませんか?」
「響きだけならそうかもな。もしかしたら、リャッカも子供のころはこんな感じだったのかもしれん」
「幻想的な光景の前に、幼児退行を起こしたと言いたいのですか?」
「むしろ、俺との契約を果たすだけの現状に飽きていたのが、興味のあるものを見つけたことで気力を取りもどしたのかもしれん」
「それってコーデントさんが原因じゃないですか」
「両者にとって納得のできる条件を交換しあったんだ。俺が責められる理由はない」
「それはそうかもしれませんけど……」
「契約を交わす前のリャッカは、少なくとも今よりは元気だったものな」
「……そのころ、リャッカさん死にかけてたみたいな話をしてませんでしたっけ」
「間違いなくその時のほうが、言葉に力があったぞ。はきはきしゃべってた」
「…………。はきはきしゃべるリャッカさん、想像がつかないのですが」
「悪い、言い過ぎたかもしれん」
「いえ……」
「おい、リャッカ」
「…………なに?」
「なにじゃなくて。どうしたんだよ、熱心に眺めたりして。そんなに妖精の里が楽しいか?」
「……昔。絵本で、見た通り」
「なる、ほど……?」
「…………すごい」
「まったくそんな絵本を読んだ記憶はない……。これが地域差ってやつなのだろうか」
「ところでおふたりとも」
「どうしたシスター」
「なんだか……妖精に見られているみたいなのですが」
「そりゃあ……お、なんか近づいてきた。近づいて……」
「あ、ああああ! 私のものを盗んだあの妖精!」
「シスターもしっかり覚えてたか。落ち着け、いいから落ち着け」
「どうしてですか、邪魔をしないでくださいコーデントさん!」
「お前はこの大量の妖精を、真正面から相手する気かよ。いくらなんでも面倒だろ」
「なんでそんな弱気なのですか! 危険を見たら逃げてばかり。ほんっと臆病なのですね!」
「ほっほーう。別に俺は妖精たちに喧嘩売ってもいいが」
「え」
「妖精一匹の魔法であたふたすることになるシスターが、いったいいつまで生き残れるか……」
「ごめんなさい。私は臆病です。臆病でいいです」
「わかればいい。……なに笑ってやがる、妖精」
「ぶっ、くすくす。だって変なこと言い合ってるんだもん」
「その変なことの原因は、お前だってことを忘れるなよ」
「はーい。あなたたち、今朝あたしと遊んでくれた人たちだよね」
「あそ……!?」
「シスター、どうどう。落ち着け落ち着け」
「くすくす。ねー。あなたたち、妖精なの?」
「は? どっからどうみても人間だろうに」
「だよねー……。新種?」
「あほか!」
「あほじゃないよ。んー、そっか、人間なんだね」
「だったらなんだってんだよ」
「いやほら、ここって、妖精しか入れないように迷いの魔法がかけられてるし。だったら、ここにくるのは妖精かなー、って」
「……………………もしかして、なんだが」
「なあに?」
「妖精だったら、合言葉も特別な動作もなしに、無条件でこの場所に入れるのか?」
「うん。そうだね。じゃなかったら不便だよ」
「そりゃそーだ。人間と交流があるんだから、スターズブルーの遺産は知ってるな?」
「神器のレプリカでしょ?」
「……なに?」
「神器って知ってる? 人間なんだから知ってるよね?」
「知ってる。むしろお前が知ってることに驚きだが、自信満々な表情までして残念だったな」
「むう。つまんない。島のみんなは知らないのに」
「まあ、神器を知ってるなら話は早い。俺はそれを使って、半妖精化というか……まあ似たような性質を持ってるんだよ」
「ほー。だから森を抜けられたんだね。まあうん、神器じゃしょうがないよ」
「こいつらふたりとも変な方向にばっか進もうとするとは思ったが、俺だけまともだったわけか……」
「人間なんでしょ。それが妖精っぽくなってるんだから、変なのはあなたのほうだよね」
「そういうことを言ってるわけじゃないっての。ところで……」
「んー?」
「なんで、お前は神器を知ってるんだよ。知ってるんだよな?」
「そりゃそうでしょ」
「なにがだよ」
「神器。神様からの贈り物。神様が作った魔法道具。私たち妖精のお母様は、神様にほど近いところにいるし」
「……。スターズブルーの行った島を知ってるな?」
「…………。知らない。なにそれ。スターズブルー?」
「いまさらそこまで知らないふりして通用すると思ってるのか!?」
「飽ーきーた」
「お前らが、スターズブルーが神器を作った島を知ってるってのは、島のやつから聞いて分かってるんだよ! きりきり答えろ!」
「答えてもいいけど」
「いいけどなんだよ」
「んー。なんでそんな島が気になるの?」
「俺も神器を作る」
「おおっ……おおっ。おお?」
「最後の疑問形はなんだ!?」
「いやいや。ちょっと確認しただけ。ところで」
「……。ところでなんだよ」
「実は魔王を復活させようとか、新しい魔王を召喚しようとか、世界を滅ぼそうとか、ついでに世界を支配しようとか、あたしたちに嫌なことをしようとか、思ってない? 最後のは切実だよね」
「魔王が復活しても世界が滅んでも、お前にとっては切実だと思うが」
「そうかな。うん、答える前に、こっちの子を紹介するね」
「なんだよ、また新しい妖精か?」
「よろしくー……」
「ろくな妖精には見えないが」
「ろくな妖精なんているわけないよ」
「お前も妖精だろう!?」
「え、ろくな妖精に見える? いやー、照れるねー」
「そういう意味で言ったんじゃないんだが……で、この妖精を紹介してどうするつもりだ」
「神器を作るなんて人間、あたしははじめて見たんだよ。だから、興味は尽きないんだけど」
「尽きないんだけど?」
「いやほら、いっぱい話したし。疲れた。飽きたよ」
「お前はなあ!?」
「それでねー……」
「ああ、この妖精を身代わりというか、話し相手にさせようってわけか。もっと話すのがうまい妖精でもいないのかよ」
「得意だよー……」
「どこがだよ」
「わたし、精神感応系ー……」
「……は?」
「あなた、妖精にいたずらぐらいならしてもいいって、思ってるー……」
「おいシスター」
「なんですかコーデントさん」
「この妖精、心を読みやがるぞ」
「なに言ってるんですか、コーデントさん。変なこと言わないでください」
「そういう魔法使いって、貴重なのではありませんかー……?」
「コーデントさん。この妖精、心を読みますよ」
「さっきそう言ったはずだが……。そうか、この妖精で俺たちを監視しようってわけだな?」
「監視、したー……」
「は? いや、するつもりなんだろ?」
「魔王は復活させないし、妖精にはいたずらするだけー……。いい人ー……」
「そのいい人の基準は適当すぎる……。それ以上の監視がないってんなら、俺はありがたいが」
「監視するっていうなら、このままとっ捕まえて人質が、楽だなー……」
「と俺は思ってるわけだ。このぶんだと捕まえようとしても逃げられそうだな」
「ほんとに、神器を作りたいと思ってるー……」
「だったらどうした。悪いか? ああ?」
「魔王を復活させない、いい人ー……」
「それはさっき聞いた……ああ、そうか。スターズブルーの遺産は、魔王の瘴気に対抗するために作られた魔法道具だっけな。その技術を使って、魔王を復活されたくないってわけだ」
「そのとおりー……」
「……だが、なんでだ? スターズブルーの遺産、その技術に思い入れでもあるわけじゃなかろうに。なんだかお前の話しかたには妙なところがある」
「ま、そうかもね」
「……お前、飽きたつって話をバトンタッチしたはずだよな?」
「いや、ほら。黙ってるのに飽きた」
「………………」
「あ、人間が奥のほうに行こうとしてる」
「リャッカとシスターか。話に飽きはじめたな」
「えー」
「なんだよ」
「他の人に飽きられちゃったら、あたしの存在感、薄くならない?」
「飽きっぽいことに存在価値を感じるな!」
「まあまあ。あれだね。あっちには、妖精にとって大事なかたがいるんだよね。大妖精様」
「……だから、勝手に入られちゃ困るってか?」
「大事なかただし。見てもらって自慢しようかと」
「あのな……」
「どしたの?」
「いや、まあいい。スターズブルーの遺産の話は、大妖精と会ったあとってことか?」
「ううん。そこで話したらいいんじゃないかな」
「……大事なかたなんだろ? 大妖精様に話してもらうってことか?」
「違うよ。ほら、大妖精様、目の前で話をしようと、喧嘩をしようと、気にしないだろうし」
「大妖精様がどんなやつかは知らないけど、お前らほんとに大事にしてるのか……?」
「してるしてる。ほら、このかたが大妖精様だね」
「…………」
「どうしたの?」
「なんか、眠ってるように見えるが。こんなとこで話をするつもりなのかよ、おい」
「大丈夫、絶対に起きないから」
「絶対って……ほんとかよ」
「ずっと昔から眠り続けてるからね」
「ほほう、具体的には?」
「あたしが生まれる前から?」
「寝すぎだろうそれは!?」
「あはは。くすくす」
「もしかして、俺をからかってるのか……? そうだとしたら容赦せんぞ」
「してないよ。ほんとに寝てるし、あたしは大妖精様と話したことない」
「……なんでそんなに眠ってるんだ」
「眠かったんじゃないかな」
「…………」
「怖い顔しないでよ。スターズブルーの話をしてあげるから」
「本当か!」
「あ、すっごいきらきらしてる。気になって仕方ないんだね」
「おい……」
「分かってるって。あたしも容赦してほしいし」
「それで、スターズブルーの話ってのは……」
「ん、どこから話せばいいのかな。こちらの大妖精様とも関係のある話なんだけど」
「あん? だからこの場所で話すとか言い出したのか。それで、この大妖精がどうしたって?」
「大妖精様はね、神降ろしの儀式によってずっとその時から眠り続けてるいるの」
「神降ろし……?」
「分かってるとは思うけど、時代は魔界から魔王が降臨したころ。東の大陸が恐怖で包まれた時代」
「ああ」
「それで収まればよかったんだけどね。その恐怖は大陸から漏れ出して、瘴気となって西の海へも余波をまき散らしつつあった」
「それでスターズブルーは……」
「待った。まだその話は早すぎるよ」
「なんだと?」
「この島も例外じゃなく瘴気の影響を受け始めた。この島の場合、黒っぽい巨大……巨大?」
「大きさでつまずくなよ……人間にとっては大きくないってことか?」
「黒っぽいトカゲが魔物として現れたんだけど。ほら、あなたが両手で抱えるぐらいの大きさだね」
「まあ、そこそこでかいな。それっくらいの大きさの小型ドラゴンが人を食い殺した、なんて話は多く聞くし、数がいるんなら厄介だろう」
「うん、人間にも犠牲者が多く出て、討伐隊とか組まれたらしいよ」
「へぇ」
「その頃、あたしたち妖精は……その頃あたしはいなかったんだけどね」
「そこはどうでもいいっての」
「うん。妖精はまあ人間に関わって怪我するのも嫌だなと思ってはいたんだけど。ちょうど、大いなる力を……それこそ母にいつの日か追いつくのではないかってくらい大いなる力を持った、大妖精様がいたの」
「そ、そんなにすごい妖精かよ……」
「大妖精様は、人間の友達がいたの。とっても仲良しだったみたい。名前はボトランタス」
「名前聞いてもなぁ。……いや、待て、なんかどっかで聞いたことある気がするぞ。ボトラン……?」
「そぉお?」
「ああ……。まあいい、話を進めてくれ」
「はーい。それはそれは心の優しい少年で、大妖精様に招かれてこの里にも来たことがあったのね」
「妖精に招かれれば、自由にこの場所に入れるってことか」
「あなただって、他のふたりを連れてきたでしょ?」
「そりゃそうだ」
「優しいボトランタスは、瘴気にやられる無力な人々や、傷つき帰ってくる討伐隊を見て、自分も戦いたいと思うようになったの」
「ほほう」
「もとより、ボトランタスには天性の才能があった……たぐいまれなる直観力や、大妖精様と遊べる程度の身体能力」
「それは、大妖精とやらと遊んだから鍛えられた身体能力なんじゃなかろーか」
「そうかもしんないけど。とにかく、戦士としての才能にあふれていたのよ。学んだことをすぐ覚えるような、天から祝福されたような子供だった」
「ああ。それで」
「大妖精様は言いました。この地の瘴気を振り払っても、また瘴気は襲ってくるでしょう」
「そりゃそうだな。瘴気の原因は、大陸にいる魔王なんだから」
「だから魔王を倒しに行きなさい」
「待てい」
「なに?」
「なに? じゃない。なんだその頭のおかしくなったような発言は」
「だって、魔王を倒さないと瘴気は止まらないし」
「そりゃあそうだが。本当に友達だったんだろうなそのふたり。む……?」
「友達だったよ。だから、大妖精様は、ボトランタスをただ旅立たせるだけとはしなかった」
「それは……」
「天から祝福されたような、じゃなくて、ボトランタスに本当に神の祝福を与えようとしたの。それが、神降ろしの儀式」
「…………」
「神様を地上に降ろすなんてとてつもないこと、大妖精様の力だけじゃできなかったけど。偶然島に立ち寄った魔法使いに手伝ってもらって、なんとか神様に降臨していただけた」
「だが、その時に力を使い果たすかなにかして、大妖精は眠りについた……」
「うん」
「祝福ってのはどうなったんだ」
「神はボトランタスに祝福を、神の力を授けた。具体的には、神の魔法道具を」
「……っ。じゃあ、やっぱり」
「与えられたその力の名は、神器『破滅の魔剣』」
「破滅の勇者! そうだ、ボトランタスは破滅の勇者の名前か!」
「あのー……コーデントさん?」
「なんだよ、シスター。いいところなのに」
「いえ、おふたりの共通認識が生まれたところで、私も隣で聞いていてどうにか理解していた話が、遠くに飛んでいきそうで。破滅の勇者とか、破滅の魔剣とか、それってなんなんです?」
「……破滅の勇者を、知らないのか?」
「初耳だと思います」
「…………」
「なんだかなぁ。ちっ。悲しい……たとえようもないくらい悲しい」
「そうだよね。どれだけ世界のために頑張っても、こんな扱いだよね」
「そういうなって、妖精。こんな、せまい島で引きこもってたやつには分かんないってだけさ」
「うううう。しかたないじゃありませんか。教えてくださいよ、おふたりとも」
「あのな、シスター。破滅の勇者ってのは、大陸に降臨した魔王を討伐して、世界を救った勇者のことだ」
「そ、そうだったのですか! ……なぜ救世の英雄の二つ名が、破滅の勇者などと物騒な名前なのですか?」
「持っていた武器が、破滅の魔剣と呼ばれる神器だったからさ」
「よく分かりませんけど……。すごい武器だったんですよね? 大妖精様というかたが、その身と引き換えにしたほどの力なのですから」
「……歴史上最強の剣だ」
「さ、最強?」
「周囲の魔法や魔法道具、神器の力に至るまですべての魔法的なものを無効化し、使用者の身体能力を極限まで高める。なおかつ傷を負ってもすぐさま再生したとかなんとか……もちろん、その速度や傷の限界は、リャッカの比じゃない」
「……なんだか、すさまじすぎるように聞こえるのですけど」
「最強の剣って言っただろ。ひとたび勇者が近くを通れば魔法で動く製粉施設が壊滅し、ひとたび勇者が剣を振れば山が崩れる……」
「あ、歩く災害じゃないですか!」
「そもそも魔王のせいで農業どころじゃなかったからな。そこまで問題視はされなかったようだが。まあとにかく破滅の勇者は魔王と激闘を繰り広げ、そして勝利した。世界は救われた……」
「魔王を倒す……素晴らしいことです。すごいかただったのですね」
「むしろ俺は、そんなでたらめな剣を持った勇者と何日も激闘を繰り広げた魔王がすごいと思うが。魔法無効化されながら同等に戦えるとか、なんでだよと」
「あ。魔王復活させようとしてる?」
「してない! さっき試したばかりだろ、この妖精!」
「世界になんか、滅んでほしくないー……」
「勝手に心を読むな!」
「というわけで」
「というわけで? なんだよ」
「大妖精様は、この世界を救った偉大なかたってこと」
「なるほど……。待て」
「なーにー?」
「なにじゃない。大妖精様の自慢話で終わってるじゃねえかよ。スターズブルーはどうした」
「出たじゃない」
「は?」