急加速
「ほほう……つまり、俺たちを消してしまうつもりだから、なんでも話して構わなかったってわけだ」
「ええ、ええ。そういうことでございますな。どうやらわたくしたちの見解は一致した様子。始まりの島、それは西の彼方にある霧の都が目印となっている」
「万が一間違ってたら困るから、ご親切に自分の情報を教えてくれてたわけだ。せっかくだから嘘でも教えてやればよかったな」
「おやおやおや……悪いことを考えますな」
「けっ。人を殺して口封じ、なんてことを考えてるやつに言われたかねえよ」
「おや、人聞きの悪い。わたくしは、口封じにあなたがたを殺すつもりはありません」
「というと?」
「わたくしもあなたがたも、始まりの島を追い求める者同士」
「そーいうことになるな?」
「……わたくしはあなたがたをライバルと認め、敬意をもって殺して差し上げようというのです」
「ちっ。くだらねえことを!」
「人の厚意を、くだらないなどと言わないことですな」
「やかましい。お前がどうしてそんなに余裕でいられるのか、その理由はわかってる」
「おやおやおや。それはどんな理由でしょう」
「どう見てもおっさんは凄腕の戦士じゃあない。あのリャッカに、見た目でさえ負けちまうぐらいだ」
「ええ、ええ。可憐な少女ではありますが……至極健康そうに見えますな」
「それに比べておっさんは……まあ、ひょろっとしてるというか、いまにも倒れても不思議ではないというか、なんでこんな生物がこの世に存在できるのかと思うほどだ」
「……心を揺さぶろうとお考えでございますね?」
「なんのこったか。ともかく、戦士じゃない。かと言って……魔法使いかというと」
「おやおやおや……偉大な魔法使いとたたえてくれてもよろしいのですよ?」
「俺とリャッカが二手に分かれて走り出せば、それで終わりだ。あんたがどっちかに対処している間に、もう片方があんたを倒すことができる」
「ふたりまとめて、倒せる魔法というのも考えに入れたほうがよろしいと思いますよ」
「……それで本当にふたりとも倒せるならな。どちらかを仕留めそこなうことを考えたら、どうしたってそこまで余裕ではいられないはずだ」
「おやおやおや。わたくしが、自分の魔法に自信を持っている、ということもあり得るとは思いますが……それではあなたの考えはなんでございましょう」
「魔法よりも容易で。そして素早く攻撃できる手段を持っている」
「つまり?」
「スターズブルーの遺産……だろう」
「ふ、ふふふ……。ご明察、でございますなぁ」
アーデルが、懐から短剣を取り出す。
「その短剣がスターズブルーの遺産か……。だが、能力次第だ」
「ほほう」
「俺とリャッカのふたりがかりなら、あるいは付け入る隙が……」
「お持ちになっている、そのフライパンでですかな?」
「う、うるさいっ……。なっ、短剣の一振りで……」
「おやおやおや……。フライパンは半分になってしまわれたようですな。これでも、まだ、立ち向かうおつもりですか?」
「衝撃波かなにかなのか……? 魔力の収束? こんな遠距離から攻撃だなんて。まずい、まずいぞ」
コーデントは小声でつぶやいた。
「あんな物騒な攻撃、俺が喰らったら一撃で死んじまう。だからって、リャッカもまっぷたつにされたら、元に戻るまで時間にさらに攻撃を受けちまう……なにか、なにか策はないのかっ」
「……。覚悟はお済みになりましたでしょうか」
「ふ、ふざけんな。……、くそっ。リャッカ、頼んだ!」
「…………。うん」
「おやおやおや……。女性にばかり戦わせようとは、感心しませんな。ですが、しかたないでしょう」
「ん……。いくよ」
「なかなかに素早い身のこなし。遠距離ならたしかに、避けられてしまうようですが……」
「………………」
「そう、私を倒すためには、近づいて斬りつけるしかない」
「む」
「これで終わりです」
「わたしは……かよわいから」
「……?」
真正面から迫る斬撃。
リャッカには避けようのないタイミング。
だが。
「リャッカが……加速した!?」
「これを避けるのですか!? しかしっ」
「あ……」
「これで……終わりですな。おやおやおや……すこしばかり、冷や汗をかいてしまいましたよ」
「うん、これで終わり。……刺すべきじゃ、なかった」
「……っ。なんで、なんで身体に大穴があいて、平然と動けるというのですっ……。なぜっ……まさか人間では、ないと……ぐふっ」
「…………。そう、だね」
「リャッカ、よくやった!」
「うん。……あれ?」
「なっ、巨大生物が大きく動き出した……。くっ、おっさんが動きをとめてたのか、それとも……。ああくそ、やっぱりこの、短剣の攻撃が体内でばかすか放たれたからか!? ぐ、おっさんの荷物がこの揺れで……!」
「…………っ」
「リャッカ、違うっ。短剣は拾いに行かなくていいっ。本を!」
「……取った」
「よし、行くぞ!」
「……うん」
「くそっ、全然出口が見えないっ……まずいぞ、消化液が」
「……こっち。くるね」
「平然と答えるなぁ!」
「……うん」
「っ。あれは、口か!? 出口か!?」
「…………」
「歯が邪魔だ……どうする。リャッカ、もしかして斬れるか!?」
「……たぶん、無理」
「っ。ここまできて……。げっ、短剣を持ってこなかったのがあだに!?」
「……。これ、使える?」
「それは……船転覆装置。さっき急な加速をしてたのは、それが理由か!」
「いちか、ばちか」
「運すぎるだろうそれはっ。……またその運に頼ろうとしてる俺の言えたことじゃないが! こい、リャッカっ」
「……まっくら」
「とか言いつつくつろいでるだろ、人の身体の中で」
鉄と化したコーデントが、球体となってリャッカの身体をまるく包み込んでいる。
「どう、するの?」
「このまま転覆装置で加速して、鉄の身体でぶち破る! ……歯が柔らかいことを祈ってろ!」
「…………うん」
「行くぞ! げっ」
「……あたま、うった」
「ほ、方向を失敗した……。さすが転覆装置。ええい、もう一度だ!」